糸魚川大火で酒蔵を焼失した加賀の井酒造と銀盤酒造の相関関係図

糸魚川大火で県内最古の酒蔵の大部分を焼失した「加賀の井酒造」が、同じグループ会社の銀盤酒造(富山県黒部市)の設備を借りて、2月から酒造りを再開するというニュースが流れたのは約1週間前。

 

加賀の井酒造といえば、1650年の創業。幕末まで加賀藩の本陣が置かれており、参勤交代の途中の加賀藩主・前田利常が、加賀の字の使用を許し、酒銘を「加賀の井」としたといわれている。まさに由緒のある酒蔵だ。

 

だが、2006年に、市場縮小や、過大な設備投資(株式投資の失敗ともいわれている)から2006年に事業を停止せざるを得ない事態に追い込まれた。

 その後、食品関連の持ち株会社であるジャパン・フード&リカー・アライアンスの傘下に入り、事業を再開した。

 

現在はジャパン・フード&リカー・アライアンスの100%子会社で、ソニー創業者・盛田昭夫の実家である盛田株式会社の子会社となっている。

なお図の通り、ジャパン・フード&リカー・アライアンスと阪神酒販は資本的なつながりがある。

 

一方、富山県黒部市にある銀盤酒造は2016年、当時の社長の体調不良を機に、阪神酒販の100%子会社となっている。 

 

なお報道によると、加賀の井酒造は、いずれ焼失前に蔵があった場所で再開したいとのことだが、早期の完全復活を願うばかりだ。