元町議会議員で政治評論家・フリーライターの木伏茂さん、新潟の2つの選挙戦などに熱視線


全国や地元の政治家や会社経営者らに対して、携帯電話を使って直撃インタビューをする木伏茂さん

半身まひの身体障がいに負けずに、風刺マンガを配信継続中……。新潟市秋葉区在住の政治評論家・フリーライターの木伏(きぶし)茂さんは、新卒で勤務した株式会社新潟日報社(新潟市中央区)で培った「記者魂」を今でも燃やし続けている。

「熱き魂は消えることはない」と木伏さん。新潟県内の政治問題などを巡って、風刺マンガを長年に渡って紙で配布し、新潟県内の自治体の担当課や政治家のポストなどにポストインを続けている。新潟県内の多くの政治家や自治体の職員は「木伏さんから責められると困る。不正は一切できない」と口を揃えて言う。

木伏さんは、「シャープ株式会社が製造したワープロ専用機を使い、アウトプットした文章に加え、マンガのイラスト集をめぐり、ハサミやノリで切り貼りするなどして、お手製の原始的な風刺マンガを配信している。意外と人気があるし、まだまだ配信をやめることはない。継続をますます楽しみにしていてほしい」と話す。

また木伏さんは、「新潟県立新津高校などを卒業後、新潟日報社での勤務をスタートとし、家電メーカーのシャープ株式会社や損保会社代理店の営業マンなどで働いたほか、新潟市内のかつての小須戸町では町議会議員を1期半にわたり務めた。また、小須戸町の当時の町長の佐藤太加志さんと私については、特養ホーム新設の実績争いを巡る喧嘩騒ぎもあり、これが全国報道で大きく報じられた。おそらく、私は新潟市でも目立つ存在かもしれない」とも話す。

さらに、木伏さんは、「新潟日報社には、私の情熱と根深いコネクションにより入社できた。新潟日報社の安達や保科などの苗字である2人の私の親戚関係の男性たち(いずれも新潟市秋葉区の小須戸地区の矢代田エリアの出身)に加え、新潟日報社の『マツイK』による推薦が私の入社をプッシュしてくれた。まさに早稲田大学の卒業生などの関係が、私を新潟日報社に巻き付けた格好だ。当時、新潟日報社では、早稲田大学の学閥も強かったが、新潟大学の学閥に続き、早稲田大学の学閥は今も強いのでは。ジャーナリズム観点からすれば、新潟日報社はまだまだ新潟県を動かしている。そして、いまは新潟日報社の印刷工場では、読売新聞社、朝日新聞社、日本経済新聞社、聖教新聞社などの大手新聞社などの印刷物も印刷されていると聞く。製造部門ではインクで手が汚れまくり、いったん新潟日報社から逃げた私。だが、新潟日報社は負けずに、新潟県の権威であり、山形県で根強い山形新聞社と同じレベルで普及率の高い地方新聞社だ。一方で、いろいろなインターネットニュースのメディアが結成され、ニュースが配信されているが、発展的な統合の動きも見え隠れしている。新潟毎日新聞や新潟新聞などの統合もあったわけで、私は、そんな統合についての鋭い分析もある。ところで、新潟市長を16年も務めた篠田昭さん(新潟日報社OB)をめぐっては、連節バス(BRT)という負の遺産を築いた面もあるが、結果的には新潟交通株式会社(新潟市中央区)の生き残りが図られ、大したものだ。篠田昭さんは最近、新潟青陵大学(新潟市中央区)の理事長を務めているが、可能なかぎり、オンライン大学への移行をさらにすすめてほしい。篠田昭さんといえば、長男の篠田陽一郎さんが弁護士をしているが、次の新潟市長選挙に出馬するのも良いかと思う。つまり、現職の中原八一さん、弁護士の篠田陽一郎さん、ジャーナリストの佐々木伸浩さんらで争えば、新潟県佐渡島についての世界遺産への登録の話題などで沸いている新潟県に対して、さらに注目が集まり、これが観光振興などにもつながるだろうだから。これらのいろいろなアルゴリズムなどを盛り込んだニュースについては、私の今後の風刺マンガに盛り込んでいくので、乞うご期待。私が配信する風刺マンガを読みたい人は、私に対して電話、手紙、ファクスなどでご連絡を」と語る。

一方、木伏さんは自身の家族や親戚関係などについて、次のように語る。「私の息子はナミックス株式会社(新潟市北区)に勤め、私の願いを継承している。また、私の娘は秋田県横手市の歯科医院に嫁ぎ、私に似ていて良いお顔だ。なお、私の妻の系統の木伏ファミリーの、親戚関係である内藤ファミリー(新潟市秋葉区善道町、旧・内藤呉服店など経営)については、いま私らが住む、新潟市秋葉区の小須戸地区の矢代田エリアにある新潟県立新津南高校などがある広大な土地などをすべて所有していた時代もあった。栄枯盛衰、世の習しだ。そして、その内藤ファミリーは、娘の1人である内藤昌子さん(新潟市秋葉区秋葉1にある新潟県立新津高校の化学室の実習助手など歴任)が、新潟市秋葉区の新津地区などにおける新潟日報などのほぼすべての日刊の新聞などの販売を担う『NIC新津』(かつては『有限会社新津新聞販売センター』が運営)の経営一族だった、錦織ファミリーの錦織比佐夫さん(実父の錦織豊松さんとともに、かつては新潟市秋葉区本町の東洋館印刷所、東洋館書店なども経営)と結婚し、一世風靡した。内藤昌子さんの実妹である内藤寿子(としこ)さん(現・青木寿子さん)については、次男の青木智明さん(妻はデザイナーの青木靖子さん)がエフエム新津やエフエムポートなどで技術や制作などでかつて活躍し、最近はBSN新潟放送の社屋の中などでメディアクリエイターの松井弘恵さんらと一緒にデジタル配信などに貢献していると聞く。なお、青木智明さんのおじである青木善明さん(新潟市秋葉区の小須戸地区の出身および在住)は、新潟明訓高校を首席クラスで卒業し、早稲田大学政治経済学部を卒業後、新潟日報社では名前を音読みした『ぜんめい』さんの愛称などで活躍し、1967年の羽越水害などの取材などで手腕を発揮し、最終的にはデジタル関係の部署の局長まで務めた。また、青木善明さんは新潟日報社を定年後、有限会社五泉市民新聞社(新潟県五泉市駅前1)の編集長の村上宗之さんの69歳での急死を受け、五泉市民新聞社の編集長を10年ほど務めた。なお、村上宗之さんは東京都出身で、新潟日報社では首相の田中角栄氏のバンキシャなどを担当し、新潟県日中友好協会の会員なども経験し、新潟県阿賀野市の京ケ瀬地区の『駒林会』の会員としても活躍した人だ。話は青木ファミリーに戻るが、この一連の青木ファミリーが頭脳明晰であるのは不思議ではない。なぜなら、青木善明さんのおじのような人は東京大学などを卒業した人だったからだ。スマートな青木善明さんといえば、惜しくも不合格となった東京大学の本郷キャンパスでの授業をもぐりで受講するなどし、株式会社ヤマト運輸の自転車配達のアルバイトなどをしながら、早稲田大学を卒業した苦労人でもある。そういえば、青木善明さんといえば、義理の父親である須貝重一さん(新潟日報社の整理部では上司と部下の関係)についての最近の死去も気の毒なことだ。また、青木善明さんの実弟である青木英明さんは、新潟県立新津高校の普通科、二松学舎大学(東京都千代田区)を卒業後、新潟市内にある赤塚中学校、横越中学校、新津第五中学校、小合中学校(新潟市秋葉区)などで書道と国語などの教員を定年までつとめたが、書道の『雅号』(がごう)もあるという。この青木善明さんと青木英明さんの2人兄弟は、父親を戦死で失ったが、アルバイトをしながら、東京都内の大学を卒業した苦労人であり、私の目標とする人生の先輩たちでもある」。

6月に投開票予定の参院選の新潟選挙区に対しては、今のところ、新人の小林一大さん、現職の森裕子さん、新人の遠藤弘樹さんの3人が出馬予定。これについて、木伏さんは「小林一大さんは、私の親戚だ。森裕子さんも魅力的。遠藤弘樹さんも頼もしい。でも、私は誰を応援すべきか分からない。選挙はフタを開けてみないと分からないから。コロナ感染も厳しい状況だし、まずはネット投票も可能になってほしい」と話す。

5月29日投開票の新潟県知事選に対しては、木伏さんは「現職の花角英世さん、新人の片桐奈保美さんのどちらもたくましい人。とにかく、投票所に行ってほしい。期日前投票もすばらしい。いずれはネット投票などにより、具合の悪い人たちを含め、誰でもが投票できるようになっていく。ご承知の通り、コロナ感染で世の中の構造は大きく変わった。恥ずかしくて投票所に行きたくなければ、マスクなどで顔を隠すのも1つの手立てだ。日本ではその国民性からマスクは必需品となった」と語った。

木伏さんの風刺マンガの一部

(文・協力ライター佐々木伸浩)



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