大河津資料館

大雨の被害に遭った九州北部。報道によると、今日も救出・捜査活動などが行われたようだが、本県も、平成10年「8.4水害」、平成16年「7.13新潟豪雨」水害、平成23年7月新潟・福島豪雨など、幾度となく水害に襲われてきた。

 そして日本で一番長い川、信濃川もかつては、度重なる水害によって越後平野に甚大な被害を与えてきた。

 

この被害をなくすためには、増水した水が越後平野に入る前に、一部を日本海へ流す必要があった。

そのために作られたのが大河津分水だ。

通水以降、大河津分水は越後平野を潤し、水害から守り続けている。また、治水安全度の向上は、信濃川最下流部の下流の埋め立てを可能とした。そして埋立地には、万代シテイや朱鷺メッセなどが作られ、政令指定都市・新潟市の賑わいのエリアとなっている。

 

大河津資料館は、そんな大河津分水を学び、見ることができる施設で、災害時には、地域住民の避難場所や緊急災害対策本部としても使用することができる。

 

また周辺には、魚道観察室や、体験水路などもあり、大河津分水を学ぶ総合学習の場などになっている。

(上写真)2000年5月通水した洗堰水門ゲートの開閉に全国で初めて「油圧シリンダー自走式」が採用されるなど、最新技術が用いられている。 

(下写真)1922年に通水した旧洗堰。現在の洗堰が通水するまでの78年間稼働し越後平野の発展を支えてきた。2002年に、登録有形文化財に登録された。

洪水氾濫シミュレーション「もしも大河津分水がなかったら」。1982年9月に発生した大洪水のときに、もし大河津分水がなかったら越後平野はどうなってしまうのかを画像で疑似体験できる。

大河津分水ができる前の越後平野の米づくりを紹介するコーナー。

模型などで大河津分水を学ぶことができる。 

上写真は、明治40~昭和2年の工事の模型。下写真は、旧可動堰模型。

4階展望室。1/2000の大河津分水模型が設置されている。

パンフレットより