「自分に都合の悪い歴史をないことにしようとすれば日本全体が国際社会の信頼を失いかねない」(元NHKヨーロッパ総局長大貫康雄)


「佐渡島の金山」の世界遺産登録申請を一旦見送った岸田政権が2月1日の申請期限ぎりぎりに推薦を決め、ユネスコに「世界遺産暫定一覧表」の推薦書正式版を提出しました。

一旦表明したのを180度撤回する、何とも腰の定まらない政権、との印象を世界に広めた感じです。どうも歴史の都合の良い面だけを表に出して、自分たちの気に入らない歴史の暗い面は無視して声高に叫ぶ安倍晋三議員ら一部の議員配慮したようです。

岸田総理は「聞く耳を持つ」と宣伝していますが、自民党内の右翼議員たちの声は聞いても、政治の基本である、生活や仕事で困っている人たちの声は無視するもので「聞く耳」の方向が間違っています。

岸田氏には一体無難に登録に漕ぎつける勝算があるのかどうか極めて疑わしいものです。

ユネスコの世界遺産登録は、世界遺産条約締結国の中から選ばれた21カ国によって構成される「世界遺産委員会」で最終的に審議され、決定されます。「佐渡島の金山」の場合は、その前に非政府組織の「国際記念物遺跡会議」(ICOMOS)が推薦された文化遺産を調査し、専門的評価を行います。これにはおよそ1年半かかります。

ICOMOSは評価の結果を世界遺産委員会開催の半年前までに勧告します。それを受けて最終的に冒頭述べた21カ国でなる世界遺産委員会が登録の是非を決定します。

ICOMOSの調査は、「人類の創造的な資質を示す傑作」、「建築や技術、記念碑、都市計画、景観設計などにおいてある時代や文化圏での重要な価値観の交流を示すもの」、「ある文化を代表する伝統的集落や土地・海上利用の顕著な見本」など歴史、文明、技術、自然環境、などの登録基準があります。

前の投稿でも触れましたが、佐渡金山の場合は、「明治日本の産業革命遺産」の中の所謂「軍艦島」のように戦時中、朝鮮半島出身の人たちが徴用され強制労働を強いられたという歴史を登録の際、明確に記するよう韓国などが求めてくることが考えられます。

それだけではありません。「明治日本の産業遺産」登録の際、世界遺産委員会の勧告もあって韓国の要請を考慮し、日本政府(安倍政権)が「軍艦島」の徴用・強制労働の犠牲者がいたことの事実を明記する措置を取ることで折り合いが付きます。韓国政府は、日本政府が情報センター設置など犠牲者を記憶する適切な措置を取ると表明したので受け入れた、と発表しています。

しかし2020年6月、東京新宿に作られた「産業遺産情報センター」を訪れた韓国の報道陣が「犠牲者を記憶するのではなく、強制徴用犠牲者の被害自体を否定する証言や資料が展示されていた」と報じたのを受け、韓国政府は再び、登録取り消しを求めるユネスコに送ることを余儀なくされます。

それでも日本政府(安倍政権)は「ユネスコの決議や勧告を真摯に受け止め、約束した措置を含め誠実に実行している」、「戦時徴用された朝鮮半島出身者が端島炭鉱で働いていたことが明示されている」などと反論します。

しかし2021年7月ユネスコとイコモスの共同調査団が産業遺産情報センターを訪れて視察・調査します。その調査報告に基づき世界遺産委員会は、「強制労働の記述が不十分だ」として約束の忠実な実行を促しています。その実行期限は今年の12月です。

安倍政権時とは言え、これ程までに国連機関の一つユネスコを欺き、嘘をつき続けてきた以上、その後継政権である岸田政権(日本)が「明治日本の産業革命遺産」に関し、もはや中途半端な対応では国際社会の信頼を失うことは必至です。

戦時中の朝鮮半島出身者の徴用・強制労働の歴史は「佐渡の金山」にもあります。当然ユネスコやイコモスは、この事実を重大視して審査に臨みます。

歴史は幾ら嫌なことでも否定はできません。中国共産党が幾ら天安門事件を否定しようとも消し去ることは出来ません。それは日本にも当てはまります。自分に都合の悪い歴史をないことにしよう、という身勝手な考えを公人中の公人である総理の座にある者が、政策に反映させたりすると、日本全体が国際社会の信頼を失いかねないことを肝に銘じるべきです。


大貫康雄
元NHKヨーロッパ総局長。1948年栃木県生まれ。72年東京外国語大学ロシア語科卒業後、同年取材記者としてNHKに入局し。福島放送局、横浜放送局を経て、80年に報道局社会部国際関係の担当となる。 … その後、報道局国際部デスク、広報室国際広報副部長などを経て、99年ヨーロッパ総局長に就任した。


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