「コロナ療養支援品の格差」(元時事通信記者、元衆院議員 五十嵐文彦)


五月に新潟市在住の親類一家が新型コロナ感染で自宅療養した。次にこの七月、千葉県内の親類がコロナ発症、里帰り中の娘二人も濃厚接触者として実家で療養及び待機者となった。それぞれの当事者から行政支援品の画像が送られてきた。

新潟は夫婦と幼児二人の四人、千葉は大人三人なので、支援食料品は同じようなものかと思いきや、千葉の方は新潟より数も種類もおよそ半分。なぜ違うのかを考えてみたが、合理的理由が見つからない。

そういえば、二年前に熱発した高齢男性(娘二人の父、今回は別の病気で入院中)にPCR検査を施すよう保健所に申し入れた際、千葉県の保健所は「37度5分以上が三日以上続かないとダメ」と杓子定規で冷淡な対応だったことを思い出した。首都圏は患者が多く、多忙で手が回らないせいだろうか。いや、人口81万人の人口を持つ新潟市の保健所だって負けずに多忙のはず。支援品の中身を見ても、千葉は飲み物が極端に少ないなど、心遣いが感じられない。

感じたのは、行政と住民の間で心の距離に差があるのではという疑問。新潟県は田中角栄氏が「目白詣で」による陳情政治を普及させ、一種の目安箱として住民が行政を監視しモノ言う風土を築いたのかもしれない。そこで、行政側は住民要望に敏感になる。一方、千葉都民と言われるベッドタウン住民と地元行政とでは、普段の対話どころか、関心そのものが互いに薄く、行政側に丁寧に要望を汲み取る力が育っていないのではないか。

民主主義は住民に近いところでより機能する制度だ。だからこそ、地方自治は民主主義の学校であり、市町村優先の原則があると言われている。角さん型政治が時代遅れとなった今、住民と行政、住民同士をつなぐ民主主義の要はジャーナリズムとSNSの役割だ。

 

五十嵐文彦

1948年11月生まれ。東京大学文学部卒。時事通信社政治部記者を経て衆議院議員4期。新党さきがけ政調会長代理、民主党次の内閣総務相・金融担当相、衆議院災害特別委員長、財務副大臣2期、衆議院財務金融委員長などを歴任。現在はフリージャーナリスト、ニューズ・オプエド解説委員、人権財団理事、武蔵野大学政治経済研究所客員研究員


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