【コラム第6回】言語化することで、未来が動き出す(蔡紋如「MAHORA西野谷」代表)

服部米蔵、春の田植え体験
最近、NHK 新潟放送局の「新潟の挑戦者たち」や、ラジオ番組「ART MIX JAPAN RADIO」 など、取材の機会が続いています。人と話すことが好きな私にとって、取材はとてもありがたい時間であり、「なぜ古民家をや っているのか」「これから事業をどう育てていきたいのか」を改めて見つめ直すきっかけに もなりました。
普段は言葉にしない想いや考えも、誰かに話すことで初めて気づくことがあります。 そのプロセスが、自分の進むべき道をよりクリアにしてくれるのだと感じています。
原点にある「WHY」と向き合う 取材を受けながら思い出したのが、サイモン・シネック氏が提唱する「ゴールデンサー
クル理論」です。
WHY(なぜ)→ HOW(どうやって)→ WHAT(何を)という順番で、本質を掘り下げてい くという考え方。
「なぜ自分はこの古民家で宿をやろうと思ったのか」。 この“WHY”の問いは、企業の経営理念やビジョンにも通じるものですが、実は、企業だけ のものではありません。
むしろ、小さな個人事業だからこそ、ぶれない“WHY”を持ち続けることが重要だと感じ ています。 心からの「なぜこれをやるのか」という想いは、迷ったとき、立ち止まったときに戻れる 原点になります。
振り返れば、古民家再生の準備期間には本当に多くの方と出会い、 そのたびに「どんな宿を目指しているの?」「なぜこの場所なの?」と問われてきました。 そうした問いに何度も向き合う中で、少しずつ今の自分の軸が育っていったのだと思いま す。
外に開かれた心で地域と関わる
各地の先進事例を見て、「これは取り入れたい」「これは自分には合わないかも」と感じ たことをひとつずつ整理しながら、自分なりの宿のかたちを模索してきました。 その過程で強く感じたのは、自分の視野を外に開いておくことの大切さです。
新しい気づきは、閉じた世界の中からはなかなか生まれません。 地域を元気にしていくには、外からの視点が必要です。 ただし、それは「外部の人」からの意見というだけでなく、自分自身が“外に開かれた心” を持てるかどうかにもかかっているのだと思います。
以前、ある地域を視察したとき、 「古民家を運営するなら、草刈りや江さらいだけでなく、もっと集落と深く関わるべきで は?」と、少し上から目線で考えていた時期がありました。
けれど実際に自分で始めてみると、地域というのは長い時間と人と人との信頼関係で成り立っていて、思い通りに動くものではないという現実を知りました。まずは、自分が地域の一員として認められること。そのことの大切さを、今も日々感じています。
「地域との関わり方」は今も悩み続けているテーマです。 でも最近は、あまり難しく考えすぎず、“まずは楽しいことからやってみる”という気持ち を大切にしています。
現場の声と、グローバルな旅人の感覚
宿を運営していると、日々のお客様との会話から、本当に多くの学びがあります。 特に海外からのお客様と話すと、日本とは異なる旅のスタイルや価値観に驚かされること もしばしばです。
たとえば、英語圏の方にとって 2 週間の滞在は当たり前で、東京〜大阪〜金沢〜妙高〜 東京といった長距離の移動もごく普通。 日本に暮らす私たちから見ると驚くような旅程でも、彼らにとっては自然な旅の流れで す。
そんな中で、わざわざ妙高の山間にある「MAHORA 西野谷」を選んでくださることは、 私にとって本当に励みになります。 ここで古民家宿をやる「意味」や「価値」が、旅人たちにも届いているのだと感じられる 瞬間です。
田舎の日常を求めて訪れる人たち
妙高のグリーンシーズンは、インバウンドにとっては閑散期かもしれませんが、 私にとっては一年の中でいちばん暮らしやすく、自然の豊かさを感じられる季節です。
春には水が張った田んぼ、夏は青々とした森、秋には稲穂が風に揺れます。 そんな何気ない風景の中にこそ、旅の価値があると感じています。
私が届けたいのは、特別な観光ではなく、田舎の静かな日常。 「また帰ってきたい」と思ってもらえるような場所を、これからも丁寧につくっていきた いです。
挑戦は、これからも続いていきます。

蔡紋如(サイ・ウェンル)
台湾出身。2014年に結婚し、夫とともに妙高へ移住。独学で総合旅行業務取扱管理者の資格を取得し、妙高市観光協会に積極的にアプローチしてインバウンド専門員として採用される。主にアジアの華僑系顧客をターゲットにプロモーションを展開し、企画制作を担当。また、FacebookなどのSNSを活用して日本での生活をPRする活動も行う。コロナ禍で観光業が大きな打撃を受けたことで、地域のために何ができるのかという強い危機感を抱くようになる。2023年、農業と観光業を通じて地域を活性化することを目指し、合同会社穀宇を設立。2024年には京都大学経営管理大学院観光経営科学コースを卒業。同年4月に築120年の文化複合施設「MAHORA西野谷」を開業する。
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