【第二回新潟文学賞受賞作掲載】新潟県知事賞、ショートショート・エッセイ部門大賞「平凡な景色」齊藤想

今年5月に決定、発表された第二回新潟文学賞の受賞作を大賞、佳作ともに掲載します。

新潟県知事賞、ショートショートエッセイ部門大賞受賞作

「平凡な景色」齊藤想

お盆になると、父の実家である新潟に里帰りする。とはいえ、子供が田んぼだらけの田舎にきても、することがない。
「おーい、ポチの散歩にでかけるか」
祖父が自分に声をかける。ポチは祖父が可愛がっている雑種犬だ。祖父の朝は早い。自分は眠そうな顔をこすりながら、暇つぶしにポチの散歩に付き合う。ポチと祖父は、何の変哲もない脇道に入っていく。
ポチが二匹のトンボを追いかける。その姿を見ながら、祖父は、山裾と田んぼに挟まれた砂利道を指した。
「昔はここに蒲原電車が走っていてなあ」
どこにでもある平凡な風景。何の感慨も湧かない。
そういえば、祖父は若いころに運転士をしていたと聞いたことがある。祖父は長袖をまくると、腕時計に目を落とした。
「そろそろ、くる時間だなあ」
だれかと待ち合わせをしているのか。そう思っていたら、山の向こう側から、レールが軋む音が響いてくる。電線も線路もないのに。
「えっ」
自分が驚きの声をあげると、祖父は嬉しそうに微笑んだ。ほどなくして、山裾からチョコレートの箱のような小さな電車が顔を出す。1両のかわいい電車は、まるで重い荷物を背負っているかのように、小刻みに揺れながら近づいてくる。
電車は祖父の前に止まった。運転席から顔を出した運転士が、祖父に敬礼をする。祖父も敬礼を返す。いつもの祖父と違い、カッコよく見える。
「さあ乗車するぞ」
自分も祖父の後に続く。
車内は板張りで、古いバスのようだった。窓際は赤色の横長シート。座席の前にはつり革。天井には等間隔で3台の扇風機が設置されている。
目をこすると、ぼんやりと乗客たちの姿が浮かんできた。扇風機は、満員の乗客に生暖かい風を送り続けている。祖父が前方に足を伸ばす。
「懐かしいなあ。これこれ」
祖父は嬉しそうに、手書きの運賃表を撫でた。
「蒲原電車に乗れるのは、孫のおかげだな」
「なぜ?」
「夢を見るのは子供の特権だ。大人になったら、子供の夢のおこぼれをもらうのさ」
祖父は、柄にもなく片目を閉じた。
電車がゆっくりと動き出した。車内にいたはずなのに、気が付いたら電車を見送っている。自分は祖父と一緒に手を振った。電車が遠ざかり、山裾に消えた。いつもの静かな風景に戻る。
ポチが短く鳴いた。祖父はポチの頭をなでる。
「そろそろ帰るか」
「もう少し、いようよ。また電車がくるかもしれないから」
自分がそういうと、祖父は嬉しそうに目を細めた。平凡な景色は、どこにもなかった。

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