【第二回新潟文学賞受賞作掲載】純文学部門大賞「スプリング・エフェメラル」ような恵

今年5月に決定、発表された第二回新潟文学賞の受賞作を大賞、佳作ともに掲載します。

純文学部門大賞

「スプリング・エフェメラル」ような恵


本が降ってくる。本、読みかけの本があちこちにある。
何か探している。ことば?ちがう返事、問いかけ「やあ」という挨拶だろうか。とにかく何かのリアクションだと思う。今日もその音を探している。
こころざしはすぐに打ち砕かれる。ほんと枝がしなる、ぽとん、という音と共に次を待っている。つぎ?次なんて、あるわけないのに。
ここが秋だと知る。虫の声で、雨のせいで桜が狂い咲いた道を知っている。
「ほんとは桜の方が実際なんだ」あなたは当たり前のように呟く。

2
輪郭が光るから、秋を知った。ずっと前から好きだったから、秋が痛んだ。
扉が外れた。正しくは「外れていたのを認めた」。立てかけてある扉はもう埃を被っている。また朝。朝ばかりが多すぎる。朝が好きだけどそれは夜があるからなんだってこと、きみには知っててもらいたいから。
文学が好きだって気づいたのは、ずっと後になってからだった。ひとりになるには、ある意味で時間が必要だってことも。幸運にもそれにはやく気づく人もいるので、きみはいつも不機嫌だった。そりゃだって、立ち止まってしまったきみが追いつくことは、もう二度とできないみたいだから。
とかげの美くしい色がある廃庭  尾崎放哉
泣くほど好きだと思えることばに出会ったことがあるだろうか。今はもう泣くことはできない、けどそれをそらで言うことができる。なぜならそのことばの温度を信じているから。気持ち悪いくらい私を見ている、体をどろどろに溶かしてしまうそのことば。それはちょうど幼虫が蛹になって体をどろどろに溶かしてしまうあれに似ている。あの時幼虫は一体何を思うのだろうか。本当は蝶になんてなりたくないと思っていて欲しい。
机ひきよせこの距離これを恋と思おうと思った。
こんな朝、きみはなにも疑わずに人生を愛してしまうのだった。都合の悪いことは何ひとつ忘れて風、乾いた箒で床をはく音、私は。わたしは疑わない過去を疑わない未来も月もたった一つ。あれは月、ここにあるのは私、金木犀のにおい。
きみがふだん捨てているものの方に、素晴らしいことが起こっているということ。注いだお湯から昇るあのにおいも、飽きたジャムを塗る朝食と、何度も見ていた白昼夢を自覚した瞬間から消えること。かたん、とん、とん、雨の音が、今夜も遠くで扉の向こうにいる気配がする。
『あのさ。色々あったけど、楽しかったな。雨の道もまだ新しくて、歯医者の待合室、会うたび買ってくれたドーナツ。うん、悪くなかった。あの日のことを思い出すなんて、思わなかったな。だってなんてことなかった。なんてことなかった日々なんだもの。本当に何にもなくて、これから先なんだってあるだろうって信じるとか信じないとかそんな次元にもいなかった雨、雨が降ってた。聞こえてる?今日みたいに寒くも暑くもなくて、網が破れてたからそこからみんなで忍び込んで。昼でも、夕方でもない、だってここには時間がなかった。ねえ煩わしいことなんて何一つ覚えてない。はやく大人になりたかった。大人になれば私の体は海を孕んだ川になり、ねそべって、手を洗う石けん。ああきみが使う石けんが好きだ
私。あなたのお母さんが使わせた石けん。お母さん、愛されるとはわからない。一生分からないでいたい。今ここ以外のところへ居られる可能性を、殺さないでいられればそれで』
〈波線〉文学をしようと思わないで。

3
これは私に向けて言っている。紅葉がはじまるのにきみは、一生尾崎放哉にはなれない。そんなことはわかってる。苦しいほど季節は美しいのに、今は何ひとつ思い出せない。
自分がわからないのに、自分以外の何かになりたいなんて思ったことが一度もない。電灯が赤っぽくて助かる。落ちるように眠って、見るたび静脈瘤が増える。
仕方ない、嫌いじゃないなんて、そんなふうに思えるようになったきみをユニットバスで抱く。
窓から洩れる音を見ている
姉はどうしているだろうか。多分死なない、死ねないで死ぬまで苦しむかもしれない。苦しめと思う。でもすぐに抱きしめて撫でてやりたい気持ちに駆られる。
きみは姉が大嫌いだった。「双子みたいね」痛いほど似ていた彼女がつく嘘も、一体何を考えているのかさっぱり分からないところも。ただ祖母が去ったその日
だけは、同じことを考えていた。不在よ存在よ。何も思い通りにいかないね。袖はいつだって汚れていた。
借金は幾らくらいだろう。細い指も、長い脚とピアノの音、愛らしい丸顔と上手な絵も何でも持っていたのに。たび重なる小さな死の中に仙人掌を抱いて、彼女はこんな夜でも死にたいと思っているに違いない。

このバスに乗ってたどる帰路が、あなたに会うためならどうしよう。どうしてあなたに会えないんだろう?この音の隙間のほんの刹那に私、あなたの瞳を見る気がする。
死んだ詩破り捨てた原稿の上に投げ入る鶏卵のからものすごい歌は、どうしても音楽が喋りだすし、詩の音がきこえてくる。このパラドックスにきみはもう気づきはじめている。ただ雨の中メールを待ってた。楽しかったの、好きでも嫌いでもなかったひと。でも会えば「恋人」だという意識が、きみの顔を赤面させた。だからあれは恋だといい。
いつまでもこうして坐って居たい  谷川俊太郎
きみが詩を読んで泣いてしまった、という話をしても笑わない友人はできるから安心して。嘘だと思った?そんな顔しないで。
でもそれは突然やってくる。たぶんはじめから決まっていたのかもしれない。雪降り頻る中であなたを孕んだまま橋を渡る。ああさびしいこれが、否定することができないこれが、別の人間の中にあるかもしれない、という予感。うれしくて、また泣いてしまいそうになって、死んで欲しい人々を思い出して私、ほっとした。そうやっていつも季節は先にいて、目の端で裾を見たと言ってしまうしかなかった。
鎌倉に着く電車の中で思った。そこに祖母がいて戦争、その子の父と母が出会ってきみが4番目に発生したこと。十月の終わり、コロナに罹って亡くなった知人を祖母は指折り数えていた。「みんな死んでしまった」
時々笑って、苦しそうにも楽しそうにも見えなかった祖母は細く、しっかりと時を享受していた。きみは今(2024/11/04 11:43:25)気づいた。彼女のそばで誰よりも満ち足りていたことに。でも黙っていた。ひどく眠かった。明日の生のためにきみは眠りたかった。
誰も教えてくれなかった。要はあなたはマイペースだということ。他の人間から発生することばは、どうもフェアじゃない。きみが発生するそれより、何十倍もそのまた二乗三乗も力があるのだから。でも言葉が、他人を介してこそ力になることも、きみはまだ信じることができない。
母親になることは怖い。これはでも私の問題で、きみの問題ではない。

4
迷いない煙がこんなにも細いここから発生した人間を、きみはどう思うだろうか。血の繋がった人間に言う「かわいい」は何か淀んだものを孕んでいる。「かわいい」と思えないけど思おうとするきみが幸せなんだとは信じない。これが社会なんだっていうのはあまりにも早急すぎる。きみが気がつく頃にはもう笑っちゃうくらい愛が生まれる。以外の選択は、ないの?
水の音を映す舟だ。ああようこそ、いつの時代も、きみのような人間はどこにでもいくらでもいた。

赤い傘をさしたひとが手を振っている。我が子を見送るために。
そうだ、この感覚だ、と思う。
この風で昨日を思い出そうとしている。芸術はイベントだという。この道が懐かしいと思う日が来ることを予感している。昨日この時間は一緒にいて、あなたは私の知らない人と結婚すると言った。
雨でよかったという朝があった出発は雨になる。好きでも嫌いでもないミルクせんを毎日ひと袋食べる。半分かじっただけの期間限定販売のおにぎりが、トイレの汚物入れに今朝も捨ててある。
潮騒を聞いた。海と山に挟まれていると、きみは黙ってしまった。
ここは未明の生まれた町だ。
「眠い町」の蓮は、死ぬ時も美しいんだと知った祖父の命日。まだ雨が降っていて、黙っている図書館にはもう二度と知らない学生たちで埋まっていた。
「いい?せーので、指さそう」
ここにも育まれる愛があって、なんだよかった。大丈夫だ、私が愛を知らなくとも。でもきみはふいに肩を叩いて振り向かせたい衝動に駆られる。
『あなたは一体どんな人生を歩んできたのですか。どうやって人を苦しめ肯定し、どんなことに涙して、どんな夢をあきらめたのですか。食べたいものはなんですか、呑めないものは?私はもうあなたみたいに若くなくて、柔軟剤の、潮騒とプリウスが歌う町でこの石を、この石を翡翠だと思おうとしているのです』

何のための延命だろう。なんのための焦燥だろう苛立ちだろう。
きみひとりだ。たったひとり。だのにまたこれを読んでいるし、きみもあなたも、離したくないし諦めたくない。
自分がここにあることが何よりも許せなくてくやしい。
そう思う。感性だけではダメなんだってことはずっと前から気づいていた。他人の目が怖い、何もはじまらないのに終わってほしくない。私を見ないでそこから私だけを見ていて欲しい。
亡母や海見る度に見る度に 小林一茶

5
一茶の句が光るとき、きみは確かに明日を見る。過去ばかりが美しい父や母は、明日なんてまるでないみたいに眠る。愛された記憶がひとつもないのは、きみが彼女たちを愛することがどうしてもできなかったから。若い頃の彼女たちの写真を見ると、びっくりする。そっくりだからだ。ちょうど何も考えていないきみに。
「作業着の格好をして、こんなん被って自転車でビューっと行くんですわ。収穫かなんかの手伝いをしに」
「まあほとんどが仕送りするんだろうが」
「そう思うよ」
この歴史の、深い色の長さの大きさ。圧倒的な壁なのか、私たちを護る膜なのか。私たちの隔たりはどうしようもなく確実で、救いようもなく薄い。

まぶたの上にのせるアイシャドウのスピードで、あなたのことを考えたい。
海の向こう、向こうに行きたい。希死念慮だろうか?誤解をおそれずに言うならば、きみは差別されたい。強くなりたい、あなたのように舟に乗って、どこにも辿り着かないことに安心しているひとを乗せて。増やしたい、増やしたい豊かなあなたを。あなた、海の中にあるあなたに気がつくのはまだずっと先だった。否定ばかりが海だったその水が、指を広げるみたいに流れ出て、ホックニーのプールにこうやって浮かんでる。
昔から歴史がだいの苦手で、テストで18点を取ったことがあった。歴史なんて、大して信ぴょう性もないことを学んで、一体なにになるんだろう?なにを喜んでいるんだろう?今だけが本当じゃないか。
はじめはあの歌によく出てくる神さまの名前だった。歴史なんて、あったかなかったかなんてもはやどうでもいい。ここが『繋がりのない連続』で続いているんだってこと、教えてくれればそれでよかったのに。そしたらきみは気づけただろうか?今となってはなにも分からない。もちろんそんなことを教えてくれるひとは、誰ひとりなかった。
愛と恋遠い国の字意味は近いはずで
あの川の名前を知ろうともしないくせに、あなたをすみずみまで分かりたいと思う。
きみをその先まで押し進めてくれるのは音だ。立ち止まらせてくれるのはことば。早く死ねたらと思うのだろうか?どうして命は平等なのだろう?どうしてひとり1こなんだろう。
それを編んでいる時、ふと乾いた畳のにおいがするので顔を上げた。その時何もかも持っていたあなたの部屋を思い出してにわかに泣きたくなる。何で泣きたいのかもう忘れていて、そんな白昼夢にときどき、がんじがらめになって九歳にも十六歳にもなって、気づくと微笑んだまま昨日の会話を反芻してる。
「この辺りにはムスカリが咲くんだ」
それが花だと分かったのはきみが「咲く」ということばを使ったからで、それがなかったら「鳥?」と聞いていたかもしれない。季節は桜が咲く頃だったと思う。あるいはその近く。おそらく、きみの回想はこうやって、いつも古紙で作った貼り絵のようだ。
そう、本当のことばかりだとダメになってしまうので、私たちは夢想する。本当のことというのは、この世界そのものに似ている。比喩だといっていい。いいとか悪いとか優しいとか冷たいとかそういうことじゃなく、ただある。そうか、ここは星で月も朝も星で、ねえさよならのスピードって、こんな感じ?
芒が倒れるほど風が吹いた次の日、隣のベンチに男が座ってきた。彼は大きな荷物をどがっと下ろすと、てきぱきと作業着に着替え始めてもう俯いている。彼とここで出会うのははじめから決まっていたんでしょうか?ならばどうして私たちは出会えないのでしょうか。それを知るために写真を撮るのかもしれない。わかんなくなってきた。歴史が瞬間が分からなくなってきた。

6
あなたに会った時、音がした。
会ってすぐわかった。それが何かは分からなかったが確信があって、私はわたしは私は、言葉が今この場所で意味になって、染み込んでゆくのを否定したくない。
言葉はあなたの意味で理解され、殻か皮のようなものがつるんと剝けて、中が見えた。あっ!と思う、こんなところにまで届く、知らなかった。ねえ知らなかった
あなたに出会うまで、こんなこと考えもしなかった。死にたい死にたくない自分が同じ場所にいて、違う扉から行き来する、かなり近い、なにに?何が近い?答えか方法なのか、可能性が死ぬ時私は、本当の意味で消える。不思議と消えたくないとは思わない。あなたと出会えないのなら、私たちはきっと、以前の世界で出会いすぎたのだから。
十二月、この季節の高まりで、今朝はいくつの金魚が死ぬだろう。

前を歩くひとからひらりと何かがおちる、あなたは泣きながら言う「私はやっぱり美術をやらなきゃいけなくて」静かな博物館の地下で、美しい移動、ハンカチの内側で昨日の時間が息を殺している。昇るpatchouliのにおい。きみはこの香りだけを信じている。

泣いてる音?
真っ暗闇、くうに手を伸ばしてiPhoneを見ると、時刻は三時をちょっと過ぎたところだった。無遠慮な画面にひどい顔を向け、裏返しに、その腕で目を覆う。
女の声だ、と思う。壁の向こうで話をしている。でも何を言っているのかさっぱり分からない。とろとろと甘い誘惑がする。助かった気がする、夢の中のお話のような気がしなくもない。どこへいった?くつ下の片っぽ。
ごめんくださいと「ごめんなさい」のようなものが聞こえた。ほんとにそうだったろうか?
いますかと考えているとまた「おねがい」と聞こえたような気がした。ひとつしかない窓を開ける音すぐに閉める音。泣いて叫んだかと思うと、諭すような声音。起き上がって壁にはりつく。バスケットコートの真ん中で、お囃子が聞こえる。またショッピングモールの夢を見ていた。置き手紙の字であなたがこれを読んだことを知った。動揺した字、私の編んだ帽子を被ってた、わたし、まどろみのどこかでそれを望んでいたことに気がつく。何を?自分にしか分からない一瞬さで立ち止まる、また歩き出すそして喜んでさえいる、決まって神さまのにおいがする。
*
小学生の頃、隣のクラスにあさひという子がいて、ある日突然死んでしまった。
病気だったか事故だったのか、自殺だったのか今ではもう何も思い出せない。本当に突然だった。二十年も前の話だ。傷つけた植物から滴る汁のにおい。
あさひのことはもちろん知っていた。でも顔とクラスくらいのもので、話したことは一度もなかった。でもいつ見かけても、自分のことがそうであるように、死ぬようには見えなかった。

7
確かそれを知らされたのは電話だった。だからあさひの死は出し抜けに訪れたのかもしれない。なんで話してくれなかったんだよ、と思った。やめてくれよ、と思った。死ぬなんて、そんなめずらしいこと、やめてくれよ。
彼が死んで、なぜかきみはひとり教壇に立たされた心持ちになっていた。なぜなら私たちは同じ音を持つ名前だったから。
珍しいのは死ななかった私の方だ、と気がつくのはそれよりずっと後のことだった。季節はいつだったんだろう。それはでも、今日には何も影響がないみたいに見える。
それで誰が不幸になるでしょうか。なあ、ときみは言った。『また来るよ』
私は何か言って、握手をした。それで別れた。
それっきり、きみには会っていない。

冷めたお湯をもう一度焚く。
なにも持たないで三十になった日、望まなかった満員電車の中で声を聞いた。泣き声を聞いた。
*
泣くのにも理由がいる私は、ずっと泣きそうなのに泣けない日々を過ごしています。誰にも知られず朽ちていくことばとともに、泣きたくとも泣けないばっかりに、いつも悲しく存在しています。ことばばかりが多すぎる毎日に、もうずっと前から探しています。何も考えず、何も知らない、何も出来ない。あなたには、何もかもが待っているでしょう。
私はあなたのことが嫌いなのに、あなたの南半球です。どうしても悲しいのなら泣きましょう。どうしても楽しいのなら笑いましょう。私はあなたが羨ましい。生しかないあなたには敵わない。どうか幸せになんて、そんな無責任で無慈悲なことは思いません。
そう前からおかしいと思っていたんです。この疑問は誰にでもあるものではありません。私は嬉しいです。疑問が嬉しいんです。ズレが嬉しいんです。とても嬉しい。
どうか、幸せのままそこから電話をかけてください。鳴らない電話のそばで私は誰よりも生きている生きていける。その時だけはそう思います。そう思います。
日本語、日本語は。
日本語はうつくしく、たおやかで音、この音は私にしみをつくる。どうしよう、どうしようもできないことば。私はくるしむ、喜んで苦しんでいる。甕の中に水がない。
溜めてこなければいけない。時間がないなんてもう言いません。伝えすぎたあなたの日本語を追う。追ってきた追っているこなごなになって、あなたは私の蝶の椅子。
手をのばす、伸ばしたゆび先に留まる。私は罠だと思っている。それでもいい、それで死ぬなら私はあなたの殺した蝶になれる。翅が落つ、鱗粉を払う指だって、あなたわたしを覚えてる。覚えさせてやる。見えないみえない。
落ゆる葉黙る林床私は怖くて、考えないようにしていたことを今ここで言ってしまう。創作?きみが?ここにいることも、空想の中で泳ぐことも、否定することでしか肯定できないきみが?創作?いいえ笑わない。あなたの真摯に笑わない。でもそれもありきたりで、どこかでお会いしたことがあります。さっきまで誰かがいた気配をそこここに残しているのに、私はやめることができない。落ち葉を見て色を見て染みて滲んでどろどろになるふようどに、私は打たれる。
感じのなくならないうちにこれを書いてる。

8
言葉と一緒に居る時、私は一番ひとに近い気がする。
ひとに近い言葉、点だけを指で打つ。近いって一体何に近いんだろう。点だけを指で打つ。ふちのような膜のような、この想像は過去と過去の点だろうか。点以下略。
言葉のない時私は空間に似てる。空間は形なく、色は白黄色っぽい、今はシャンプーの後なのか前なのか。あのワンピースを着よう、格子の、柄のない色の思い出せないあの一枚を。髪は決まってる。だから、白くなる前に会いたい。会いたい会いたい誰に?一体誰に話してるの?それがわからないのに、私の前には誰か立つ。
私はひどく焦っている。この言葉を掴んでしまう人が私よりも先に現れるのではないか、と。
そうか私には二つある。この口と口のない私と。出口が二つ。口に手を触れる。とじこめない。すべてやめる。やりたくないことはすべてやめる。
私は言葉と一緒に住んでいるのに、あなたと一生他人で居たいと思っている。それですみずみまで分かりたい。時々頬を打って、撫でくりまわした気で見つめることがある。
美しい瞬間を待っているとはなんだろう。そんなもの訪れる訪れないか分からないのに。でも私は否定したくない電車が通る音、四つ折りの白い紙の上、その上で私は座って、何を見るだろう。手繰りよせようとするとそれは、にわかに煙になって、かすかに甘い心地がする。色も模様も、どちらが先というのでもないでしょう。
海の町の住所を二度書いた。生まれたことを否定しないということは、どんなに難しいことであるか私は痛いほどよく知っている。広がりすぎた愛してるは、ここには届かない。
きみがもう居ない事実よりも、きみが今夜も眠るための準備をしない、ということにときどき驚く。
そうか、居ないということは、今日疲れたからだを横たわらせるための入浴や歯磨き「おやすみ」が、もう二度とこの世から消えてしまったということなんだ、と。
母親に抱かれたあなたが私に笑いかける。
その差異が、差異こそが、私たちを巡り合わせる。

私が書きたいのは、どこかで見たことがあること。『発見は、想像の近似値である』平川典俊◆誤解しないでもらいたいのだが、どんなに新しいものを創っても、それは「知っている」ものだから、私たちは新しいと感じる。「こんなのはじめて」と思っても観念の根幹で、どこかで見たことがあると知っている。ウィットに富んだ得て妙がない。ごめん、今はもう何も思いつかない、でもあなた。私の無勉強をどこかで望んでいない?◆「一日スプーン一杯、舐められればそれでいいの。ほんとは
チャンクタイプの方がいいけれど」もう一度迫る椿たっぷりと死んでいる ような恵聞くけど、本当にそれでいいの?と私は一応聞いてみた。もちろん答えは分かっていたのだけれど。「だって贅沢言ってられないわよ。そうやって少しずつ死んでい
くの私。冷蔵庫の隅のすももが、己を追熟することに腐心して死んでいくようにね」机の上に広がったカードを、両腕でわっとかき集めるように得意そうに言う◆十二月、新豆のピーナッツ・スプレッドを一日スプーン一杯舐める。それが落花生のアレルギーを持つ、彼女の最後の夢なのである。
『鳥の名がつく町で飛べないでいて』 あなたの佐渡新聞  2024.12.21 より

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