【第二回新潟文学賞受賞作掲載】ショートショート・エッセイ部門佳作「主語の時間」高遠みかみ
今年5月に決定、発表された第二回新潟文学賞の受賞作を大賞、佳作ともに掲載します。
ショートショートエッセイ部門佳作
「主語の時間」高遠みかみ
引用文献 https://www.city.tainai.niigata.jp/shokai/kensyo.html(胎内市市民憲章より)
胎内市は言った。『四季の変化に富んだ櫛形山脈、飯豊連峰の山並みや清らかな源流を集
めて流れる胎内川などの豊かな自然に恵まれ、先人たちが築きあげてきた歴史・文化を背景
に発展してきました。』
私は言った。「すごい名前の町だね」
あなたは言った。「川の名前から来てるんだ。その奥の由来は知らないけど」
私は言った。「ここに住んでたんだね」
あなたは言った。「うん。母親と5年ぐらい。もうあんまり覚えてないな」あなたは川面
を見つめている。川面はあなたの容姿を認識できない。あなたは見つめることしかできない
。
私は写真を取り出す。あなたが写っている。あなたは写真を撮った私を見つめている。写
真ではない私が、写真のあなたを見つめる。
夏は多くの子どもを足の冷たい場所に集める。中学生の女の子が私を視界に入れる。女の
子の認知は私を通り抜ける。私は写真を持つ腕を前方に差し出す。写真の風景は現実に重な
る。川の姿は過去と変わらない。水は変わっている。
女の子は近づいて言った。「こんにちは」
私はなにかを言った。
女の子は言った。「知り合いかと思って。ごめんなさい」女の子は去らなかった。「なん
か、だいじょうぶですか」
私は腕を下ろした。「親友の故郷で」私は言った。
「そうなんですね」少女は言った。
私は言った。「去年死んだ」
少女はなにも言わなかった。風が子どもたちを噛んでまわった。光が水にとりついた。
私は言った。「親友のいない写真がほしくて、ここに」
少女は言った。「変わってますね」
私は笑ったような気がした。私は言った。「あのときと同じ角度、同じ時刻、同じ状況で
撮るために」
写真はあなたを中央からわずかに右にずれたところへ配置している。背景は川になってい
る。木の緑が後ろに見える。私は目を前に向ける。子どもたちが水遊びをしている。浅い岩
は子どもたちに踏まれている。
少女は歩いた。少女は写真のあなたと重なる位置に立った。「この辺ですか」
音はしゃわしゃわと再生されている。日光はあらゆる場所を貫いている。子どもたちがあ
なたの後ろを通った。
「動かないで」私は言った。少女は足場のわるさにふらついた。私は肩から下げたバッグか
らカメラを取り出した。カメラはきえていた。
私は言った。「忘れたみたい」
少女は言った。「また、来たらいいですよ」
時間と土地は、私を待つことに決めた。