【第二回新潟文学賞受賞作掲載】ショートショート・エッセイ部門佳作「まわる、まわる、たらい舟はまわる」阿蒙瞭

今年5月に決定、発表された第二回新潟文学賞の受賞作を大賞、佳作ともに掲載します。

ショートショート・エッセイ部門佳作

「まわる、まわる、たらい舟はまわる」阿蒙瞭

乗っていた観光バスが港に徐行しながら進入して停車した。ガイドさんの誘導で順番に降りる際に「佐渡島たらい舟体験」のパンフレットを手渡され、私、妻、息子と順に受け取った。
天候に恵まれ晴天のもと、目の前には濃紺の海が広がり穏やかな波が寄せていた。丸い樽のような舟が何艘も浮かんでいる。佐渡の金山探訪の次はたらい舟。案内されてコンクリートの岩壁が低くなっている場所から三人で乗り移った。妻は息子と手を繋いでいる。紺絣の着物におさげ笠を被った女性の船頭さんが笑顔で挨拶してくれる。
「まず、わたしが漕ぎますね」船頭さんが櫂を巧みに動かすと舟が波間を前進した。やってみますかと言われて、まず私が櫂を握った。教えられたとおり動かしたが、一向に進まない。息子が声を出して笑う。前傾姿勢になり櫂を左右に動かして漕いだが、素人には難し過ぎる。意地になって力を込めた。前に進むどころか、丸い舟自体が回ってしまう。こいつ、舐めるな、この程度の舟ぐらい……。櫂を胸に引きつけて、目まぐるしく左右に漕ぐ。海面は静かに波が揺れていたが、たらい舟は激しく揺れて更に回り始めた。全力で漕ぐ。額から汗が滴り落ちた。舟が更に回る。うぉー、全身の力を振り絞る。舟が回る。もっと回る。もはや回転は止まらない。ぐるぐると回る。舟の回転に波がうねり白波が立つ。舟は回り続ける。視線を上げると、周囲の港や遠くの山の景色がぐんぐんと目の前を飛び去っていく。舟はますます回る。「お父さん、怖い」息子が腰にしがみついてきた。
もう周囲の景色が溶けて灰色の壁にしか見えない。舟の回転に海水が巻き上げられ、空高く昇る猛烈な渦となった。竜巻の中心部にいるような様相だ。最初は呆気に取られていた船頭さんが顔面蒼白になって「替わってください」と駆け寄ってきたが、動かした肘に当たって、よろけて回転する渦に接触すると、たちまち飲み込まれて「あれーっ」という悲鳴を残して上空高く舞い上がっていった。
白い渦巻きはなおもぐんぐんと高く伸び、回転も目に止まらない速度に達した。
気が付くと、家族三人、たらい舟の底に倒れていた。船頭さんの姿はない。最初に妻が、次に息子が意識を取り戻した。
目の前に巨大な帆船が停泊していた。船体が黄金色に眩く輝いている。遠くに港が見え、黄金の瓦で葺いた家屋が並んでいる。船首から船員がこちらを見降ろしていた。
「ようこそ黄金のジパングへ」

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