【第二回新潟文学賞受賞作掲載】ショートショート・エッセイ部門佳作「にいがた総おどりの親子」矢鳴蘭々海
今年5月に決定、発表された第二回新潟文学賞の受賞作を大賞、佳作ともに掲載します。
ショートショートエッセイ部門佳作
「にいがた総おどりの親子」矢鳴蘭々海
にいがた総おどりのワークショップで、レンタル用下駄の管理をしていた俺は、妙な親子連れの姿を見つけた。若い母親と幼い男の子らしい外見だが、二人とも緑がかった金属光沢のお面をかぶっているのだ。面の中央に、こぶし大の黒い円が連なって二列に並んでいる。一昔前の仮面ライダーっぽい紋様で、森に溶け込みそうな緑色の着物も揃いで着ていた。
母子は小足駄(こあしだ)と呼ばれる、踊り専用の下駄を他のスタッフから受け取っていたが、二人とも履かずに突っ立っていた。サイズが合わないのだろうか。運営の立場上、俺は無視できなくて二人に声をかけた。
「踊りのレクチャー始まってますけど、大丈夫ですか?」
「すみません、この下駄の出来が素晴らしくって、つい」
母親の方がお面のまま頭を下げた。先端から伸びる二本の長い触角が、俺の前髪をすっと掠った。間近で見たそれはお面も含めて、映画の小道具並みに精巧な造りだった。
「それはどうも。そちらは虫のコスチュームですか? 綺麗な柄ですね」
「お兄さん、ありがとう!」
と、あどけない男の子の声で返事があった。母親の横にいた子が言ったのだ。その子のお面にもついている触角が、風も無いのにひょこひょこと左右に揺れた。
「これはフチグロヤツボシカミキリの模様だよ。森の学校でも先生や友だちにいっぱい誉めてもらえるの」
「へえ、よく知ってるね。お面はお母さんの手作り? かっこいいね」
「手作りじゃないけど嬉しいな。下駄ももらえたし」
男の子は小足駄をぎゅっと胸に抱きしめて言った。レンタルだよ、と言いかけた俺を、母親が手で制した。
「祭りが終わったら、返しに来ますね。今日は学校の社会科見学で来ていて、私たちの生活に欠かせない物が、どんな風に外の世界で使われているのか調べに来たんです」
集合時間が迫っているからと、母親は男の子と共に足早に去って行った。小足駄は手に持ったままで。
気になったのでフチグロヤツボシカミキリについて検索してみると、お面の模様にそっくりだった。
ホオノキの葉を好んで食すとのことで、小足駄の桐台の差し歯に使われている木と同種だった。
「本物の虫? まさかね」
狐につままれたような気分で、振り付けに合わせて手を鳴らす人々を眺めた。「総おどり祭」にふさわしい、色とりどりの衣裳が陽気なかけ声と一緒に舞っている。どれもみんな、森に棲む個性的な生き物に見えなくもなかった。