第7回 「人」が動かす地域づくりの力—— 前編 (蔡紋如「MAHORA西野谷」代表)

写真(台湾・新北市金山区)

日本で 2015 年に導入された DMO(観光地域づくり法人)は、地域が主体となり持続可能な観光を進める仕組みとして注目されています。近年、台湾でもこの概念が広がり、地方創生の重要な手段として活用されつつあります。特に今年、台湾は超高齢社会に突入し、高齢化や地域の空洞化が深刻化する中、観 光を通じた地域活性化への期待が高まっています。

そうした中、私は台湾・新北市金山区を訪れ、地域主導で観光づくりを進め る「金山漫遊 DMC」の取り組みを視察しました。民間の力で立ち上がり、地域の人々を巻き込みながら持続可能な観光モデルを築いてきたその歩みには、私たちが目指す観光づくりにも通じる多くのヒントがありました。

金山区の現状と課題

金山区は新北市東北部に位置し、人口は約 2 万 600 人。年間観光客数は 30 万~50 万人程度ですが、隣接する野柳地質公園には 200 万~300 万人が訪れま す。多くの観光客は野柳で足を止め、金山地域の奥まで足を運ぶ人は少ないの が現状です。さらに、冬は温泉客で賑わう一方、夏は閑散とするなど、季節変動の課題もあります。そんな状況の中、6 年前に民間主導で設立された「金山 漫遊 DMC」は、地域全体を巻き込みながら観光のあり方を模索してきました。

人をまとめる「対話の時間」

特に印象的だったのは「人をまとめる力」です。代表の頼氏は、組織立ち上 げ前の 3 年間、毎月ワークショップを開催し、地域の事業者や住民と粘り強く対話を重ねてきました。立場や考えの異なる人々が一堂に会し、まず「金山という地域への共通認識を持つこと」を目指し、信頼関係を築いていったのです。

そして 3 年後、地域住民の理解を得た上で、地域の信仰の中心であるお寺の 前で「金山漫遊」というブランドを発表。地域全体でブランドへの誇りを共有する機会となりました。

合意形成には時間と労力がかかりますが、一人ひとりの理解と納得がなけれ ば地域は動きません。現在では地域のキーパーソン約 300 人が同じラインクグループで情報を共有しており、こうした柔軟な仕組みも台湾らしい取り組みだと感じました。

メンター制度と体験型プログラム

さらに、DMC はメンター制度を導入。地域に移住した人や新たに事業を始め たい人々が、食・宿泊・遊び・買い物・温泉・景色などのテーマどとに地域事 業者からサポートを受けられる仕組みを整えました。

また、地域資源を活かした教育旅行・企業向け SDGs プログラムの造成にも 力を入れています。たとえば、海のゴミ拾い体験では単なる体験だけでなく、 地元食材を使った特製弁当をツアー参加者限定で提供。さらに、ガイド制度も 設け、ツアーには必ず地元ガイドが同行することで地域の雇用創出につなげて います。地元案内人を増やすため、研修の仕組みも取り入れています。

やはり「地域を動かすのは人」であり、業種が異なる人々が適度な距離感を持って集まり、信頼関係を築くことが重要です。既存の利益関係者を尊重しつつ、新たな取り組みをプラスすることでウィンウィンの関係を作る——金山漫遊DMC の取り組みは、そんな未来へのヒントを示してくれました。

次回は金山区のさらなる体験コンテンツの取り組みについてご紹介します。

 

蔡紋如(サイ・ウェンル)

台湾出身。2014年に結婚し、夫とともに妙高へ移住。独学で総合旅行業務取扱管理者の資格を取得し、妙高市観光協会に積極的にアプローチしてインバウンド専門員として採用される。主にアジアの華僑系顧客をターゲットにプロモーションを展開し、企画制作を担当。また、FacebookなどのSNSを活用して日本での生活をPRする活動も行う。コロナ禍で観光業が大きな打撃を受けたことで、地域のために何ができるのかという強い危機感を抱くようになる。2023年、農業と観光業を通じて地域を活性化することを目指し、合同会社穀宇を設立。2024年には京都大学経営管理大学院観光経営科学コースを卒業。同年4月に築120年の文化複合施設「MAHORA西野谷」を開業する。

 

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