第8回『Anything You Want』 一歩を踏み出す(蔡紋如「MAHORA西野谷」代表)

MAHORA 西野谷 耽読庵

車を運転するとき、私は音楽でもラジオでもなく、台湾のインタビュー系ポッドキャストを聴くことが多い。さまざまな人の考え方や失敗談に触れることが、良い刺激になっている。

今月、その流れで手に取ったのが、デレク・シヴァーズの著書『Anything You Want』(邦題例:『すぐれたビジネスはシンプルに表せる』)だ。2011 年に 米国で出版され、2022 年に改訂、そして今年 2024 年に日本語版が出たばかり のこの本は、“起業のハウツー本”というより、生き方の哲学に近い。

著者のシヴァーズは、音楽配信サービス「CD Baby」を立ち上げ、後に約 2,200 万ドルで売却した人物。その過程で得た学びを通じて、シンプルに働 き、シンプルに生きる態度を私たちに示してくれる。彼にとって、会社とは実 験し、創造し、思考を現実に変えるための「遊び場」であるべきなのだとい う。余計な装飾のない言葉が、静かに、そして力強く背中を押してくれる。

この本には、心に残るメッセージがいくつも詰まっていた。特に印象的だっ た 3 つの言葉を紹介したい。

アイデアは“実行”と掛け算して価値になる

アイデアは、実行という「乗数」をかけなければ価値にならない。よく「アイデアを人に盗られるのが怖い」という人がいるが、実行しなければ、そのアイデアはゼロのままだ。以前にもお話ししたように、手元にある道具と時間で、まず一歩動くこと。完璧を求めるのではなく、「1 ミリの前進」を積み重ね てきた。小さく動き出せば、必ず学びが生まれる。そして、その学びが次の行 動を軽くしてくれる。

お金がなくても最初の一歩は踏み出せる

「資金がないから始められない」という言葉は、しばしば言い訳になりがちだ、という指摘に深くうなずいた。壮大なビジョンを一度脇に置き、その 1%を 「今、ここ」に縮約して、無料や低コストで試してみる。例えば、世界中に学 校をつくりたいのなら、まず目の前にいる一人に教えることから始める。地域 を良くしたいのなら、近所の行事に積極的に関わってみる。誰かに頼ったり、 誰かのせいにしたりするのではなく、当事者意識が身体を動かすのだ。

寛大さは最良の戦略になる

良いサービスは、相手の事情に寄り添い、約束は少なく、実行は多く。これは、宿の運営も同じだ。自分がゲストならどうしてほしいか、という基準で物 事を決める。事業を広げるかどうかも、「スケールするから」ではなく、「お客さんが確実に喜んでくれるから」で判断する。人が何に喜ぶかを知るには、財 務諸表を眺めていてもわからない。日々のルーティンに埋もれず、観察し、試し、面白さを更新し続けることが、事業の核となるのだ。

余白に書き足していく

この本は 1 時間で読める薄さなので、ぜひ手に取って読んでみてください。 余白が大きく、現場で学びを書き足していく余地がある。「アイデア×実行」 「1%から始める」「お客さんの喜びを基準にする」。この 3 つの言葉をポケットに忍ばせて、どんな仕事場であろうと、今日の一歩を軽く踏み出していきたい。

蔡紋如(サイ・ウェンル)

台湾出身。2014年に結婚し、夫とともに妙高へ移住。独学で総合旅行業務取扱管理者の資格を取得し、妙高市観光協会に積極的にアプローチしてインバウンド専門員として採用される。主にアジアの華僑系顧客をターゲットにプロモーションを展開し、企画制作を担当。また、FacebookなどのSNSを活用して日本での生活をPRする活動も行う。コロナ禍で観光業が大きな打撃を受けたことで、地域のために何ができるのかという強い危機感を抱くようになる。2023年、農業と観光業を通じて地域を活性化することを目指し、合同会社穀宇を設立。2024年には京都大学経営管理大学院観光経営科学コースを卒業。同年4月に築120年の文化複合施設「MAHORA西野谷」を開業する。

 

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