【梅川リポート19】「顔が浮かぶ仕入れ」 糸魚川で50年の歴史を誇る地域に根ざす衣料専門店
新潟県糸魚川市の老舗衣料専門店「バンビ」が地域密着型の小売店として独自の存在感を示している。全国的にアパレル業界が二極化し、大手量販店と高級ブランドに市場が集中する中、同店は顧客の顔が浮かぶ仕入れを徹底し、顧客との信頼関係を軸に堅実な経営を続けている。
「顔が浮かぶ仕入れ」
50年続く同店の大きな特徴は、顧客一人ひとりの顔を思い浮かべながら仕入れを行う点にある。有限会社ひがしの(糸魚川市)の東野恭行代表取締役は、「この人にこれを着てほしいと考えて仕入れている」と話す。仕入れはアパレル大手「ワールド」を中心とした展示会受注型。問屋を通じて在庫を最小限に抑え、補充もこまめに行う。
「バンビ」は長年の固定客が中心だ。社長の母が運営する体制で、母は中学校の家庭科教員免許を持つ。パッチワーク教室を開き、裁縫やお直しにも対応するなど、地域の「暮らしに寄り添う店」としても親しまれている。
コロナ禍・大火を乗り越え地域密着を貫く
「バンビ」の店は、9年前の糸魚川大火の際、風向きが幸いして難を逃れた。147世帯が被災した大火の直後に改装を終えたばかりで、「あの風が逆だったら」と東野代表は振り返る。以後も地震、コロナ禍、物価高と試練は続いたが、地域の顧客との絆を頼りに営業を続けてきた。
「皆さんお金は持っているが、使う意欲が落ちている。マインドを喚起する政策が必要だ」と指摘する。糸魚川市内の電子通貨「翠ペイ」など地域通貨事業にも注目しており、「民間だけでは限界がある。行政と一体で消費を活性化していきたい」と話す。
50代から80代、上質を求める顧客層
一方、有限会社ひがしのが展開する新潟県上越市のイオンにあるショップ「ジオスポーツ」では、さらに毎月発行する自社の小冊子が販促の柱となっている。A3判を折りたたんだ形の手づくり冊子は「今回で192号目」(取材時)を数え、発行から16年を超えた。スタッフが撮影した写真と東野代表のコメントを添えて仕上げるもので、新作や季節の提案を紹介する。約50人の固定客に郵送し、LINEでも告知を行う。「印刷や郵送に経費はかかるが、顧客とのつながりを保つ大切なコミュニケーションツールだ」と東野代表は語る。
冊子を持参した来店客には小さなサービスを付加する工夫もある。「持ってきてくださること自体がうれしい」と話す東野代表の言葉に、地域の信頼がにじむ。
「ジオスポーツ」の主要顧客層は50代から80代の女性。カットソーやパンツ、ブラウスなど、日常使いできる上質な商品が中心だ。平均単価は8千~9千円と高めだが、顧客の満足度は高い。「お客さんの感覚が若い。テイストで選んでいる」と店側は話し、コンサバティブ(保守的で上品)なスタイルを基本に提案している。
接客の核心は「名前で呼ぶこと」
「バンビ」「ジオスポーツ」のもう一つの強みは「お客の名前を覚える」接客である。スタッフは来店時に必ず名前を呼んで挨拶する。社長の妻は「名前を覚えてくれていることが、お客さんにとって一番うれしい」と話す。
顧客の購入履歴を記録したリストを活用し、過去のコーディネートを踏まえた提案を行う。「この間のスカートに合うトップスを」といった相談にもすぐ対応できる。顧客の好みを理解し、会話を重ねて信頼を築く姿勢がリピーターを生む。「新規客はほとんどいないが、常連が支えてくれている」と語る。
「箪笥のお掃除サービス」で衣類に新しい命
上越市の「ジオスポーツ」では年に2回、「箪笥のお掃除サービス」と題したキャンペーンも実施している。顧客が手持ちの衣類を整理する際に協力し、不要となった「ワールド」製品を引き取って次回の買い物に使える金券を発行する仕組みだ。引き取った衣類は再利用のルートを通じて「ありがたや」へ送られる。
「環境にも優しく、思い出の服を次につなぐ活動として好評」と社長。単なる販売にとどまらず、衣類を通じた地域循環を意識した取り組みである。
近年の猛暑で季節の変化が早まり、販売時期にも影響が出ている。社長は「8月は最も厳しい時期。秋が短くなり、売るものが難しい」と話す。現在は「今着たい服」を求める傾向が強く、即時性の高い商品構成が求められている。
それでも季節行事を絡めた販促を続けている。イオンのショップでは、ハロウィンには糸魚川市内の和菓子店の練り菓子をプレゼントする恒例企画を10年以上続けており、顧客に好評だ。「お客さんに楽しんでもらうことが何より」と話す社長の笑顔が印象的だった。
「人間関係」こそが専門店の生命線
アパレル業界では「ユニクロ」や「ワークマン」などのファストファションと、「ルイ・ヴィトン」などの高級ブランドの二極化が進む中、仕入れ型の専門店は苦境に立たされている。だが東野代表は「生き残る道は人間関係しかない」と断言する。
「どんなに時代が変わっても、顧客と信頼を築き、人としてのつながりを大事にすること。これが私たちのやり方だ」と語る。パッチワーク教室やお直しサービスなど、店を媒介としたコミュニティの場づくりもその延長にある。
【記者メモ】
「バンビ」は創業から半世紀を越え、「ジオスポーツ」1は16年間小冊子発行を続ける。東野代表は「これからも地域のお客さんに喜ばれる店でありたい」と語る。「一番親切なお店であること。それがうちの目標です」と締めくくった。人の顔が浮かぶ仕入れ、顧客の名を呼ぶ接客、小冊子での発信。地域に根ざした「バンビ」「ジオスポーツ」はいわゆる大規模店ではないが、その実践は時代の変化を越えて輝いている。
(文・撮影 梅川康輝)




