【記者ノート】県内サケ来遊数激減にしなやかに対応 〜大盛況の能生川サーモンフィッシング〜

孵化放流事業用に採捕された鮭を運搬する田島さん
県内に産卵のために来遊するサケは近年激減している。サケ資源を維持するために孵化放流事業に取り組む県内各河川の内水面漁業協同組合は、どこもその対応に苦慮している。このような状況のなか、糸魚川市の能生内水面漁業協同組合は、今年8月に能生川鮭有効利用調査委員会を設立し、全国から鮭釣り愛好家を釣獲調査員として集め、高額な設置費用を要する簗場(ヤナバ)を用いない方法で孵化放流事業を継続しようとしている。
釣獲調査は「能生川サーモンフィッシング」という通称で、国道8号線「能生大橋」から北陸自動車道「能生川橋」までの約1.3㌔の範囲に1日最大30名の調査員が入って実施されている。調査期間は、サケの遡上の多い11月10日〜30日までで、初開催の今年は延べ約500人の調査員が集まった。釣獲調査への参加費は1人当たり1日6,000円で、この費用は孵化放流事業の経費に充てられる。連日20人前後の調査員が朝7時半に同漁協事務所に集合し、約20分間のミーティングの後に釣り場へ散開している。訪問した日は連休3日目ということもあり、全国から24人が集まり調査に従事していた。調査員はゆったりと釣り糸を垂らしているように見えても、同漁協事務所には調査員から次々と釣り上げたサケの回収要請の電話が入っていた。
釣獲調査と並行して、調査エリア外の能生川支流では、11月上旬から同漁協組合員の投網によるサケの捕獲が始まっている。この日、そのなかに最年少組合員の新潟県立海洋高校の1年生の田島耶麻斗さん(15)も大人の組合員ら3~4人に混ざり、捕獲後のサケの運搬作業等に取り組んでいた。田島さんは同校水産科の1年生で、「漁業の仕事がしてみたい」との強い想いで埼玉県秩父市から今年県立海洋高校に入り、寮生活をしている。今年10月、同漁協の3日間のインターンシップに同級生3名と参加し、水産資源保護をしながら遊漁の管理を行う内水面漁業に興味を持ち、同漁協に組合員になることを決めた。県の特別採捕許可が得られていないため、田島さんが投網でサケを獲ることはできないが、夏のアユと秋のサケを獲ることを目指して投網の練習を重ねている。この日、業務が終わって投網の自主練習をする田島君に練習成果を聞くと、「継続するうちに、今は8割くらい網が広がるようになってきた」と顔をほころばせた。
能生川鮭有効利用調査委員会の委員長である松本将史さん(46)は、県立海洋高校教諭を経て鮭魚醤「最後の一滴」を製造する株式会社能水商店を創業した経歴があり、現在は同漁協の組合長として組合経営も担う。「海水温の上昇に伴うサケの来遊数減少には抗えない。少ない水産資源を活用しながら持続可能な内水面漁業を創っていくしかない。今回、全国各地から調査員が集まったことは大きな希望です。」と話す。
また、地元糸魚川市からのバックアップも功を奏している。釣獲調査の運営に欠かせない参加者管理や会計を担っているのが、今年7月に長野県から移住してきた地域おこし協力隊の金山亜希さん(48)だ。金山さんの長女も寮生活をしていた海洋高校卒業生で、現在は市内海鮮料理店で包丁を握る。「糸魚川の地域資源を活用して、おもてなしの規模もクオリティーもどんどん高めていきたい」と、残り2年半の任期への抱負を語っていた。
サケ来遊数激減という課題を乗り越えるために始まった「能生川サーモンフィッシング」の運営を良くみてみると、市外からプレーヤーを集める漁協と県立高校、地元自治体の取組の成果が芽を出し始めている“まちおこしの好例” であることが分かる。小さく始まったこの催事がどのように発展していくか楽しみである。
竜 哲樹(にいがた経済新聞顧問)
昭和25年新潟県上越市吉川区生まれ、新潟県立高田高等学校卒業。昭和48年3月富山大学文理学部卒業(教員免許取得)。元産経新聞社記者、元上越市議会議員。にいがた経済新聞社顧問。
