【データサイエンス座談会:前編】県内データサイエンス企業×新潟医療福祉大学 地域企業と共に描く、データサイエンス教育の未来

(左から)株式会社BSNアイネット・中村高明副部長、INSIGHT LAB株式会社・黒岩淑香部長、新潟医療福祉大学・大河正志教授、株式会社アイセック・木村大地代表取締役CEO、株式会社コルシー・堀口航平代表取締役
新潟医療福祉大学(新潟市北区)は、2026年4月に「健康データサイエンス学科」を開設する。医療・福祉・スポーツ領域での実践的なデータサイエンス教育は、県内では初の試みだ。
学科開設を機に、データサイエンスにおける新たな学びと産業の可能性を探るため、県内のデータサイエンス関連企業と新潟医療福祉大学による座談会を開催した。前編・後編の2回にわたり、社会が求める人材像と地域産業の未来について、企業の最前線の声を紹介する。
「データサイエンス座談会」参加者
・新潟医療福祉大学 大河正志教授(健康データサイエンス学科の学科長に就任予定)
・株式会社BSNアイネット 経営管理本部総務人事部 中村高明副部長
・INSIGHT LAB株式会社 事業推進部 黒岩淑香部長
・株式会社アイセック 木村大地代表取締役CEO
・株式会社コルシー 堀口航平代表取締役
県内初、医療・福祉・スポーツの複合領域で学ぶデータサイエンス

開学24年を迎える新潟医療福祉大学。健康データサイエンス学科が新設され、2026年には6学部16学科となる。
――新潟医療福祉大学で来年4月に開設される健康データサイエンス学科をテーマに、学びと産業がどう繋がっていくのかを、データサイエンスやITの分野で活躍されている企業の皆様と意見交換を行います。まずは、新学科設立の経緯についてお聞かせください。
大河
まず、開設の背景ですが、社会的課題であるデータサイエンス人材とIT人材の不足が出発点です。その上で、新潟医療福祉大学に設置するなら、本学の強みである「医療」「福祉」「スポーツ」という領域を活かす必要がありました。医療分野では病院との連携、福祉分野では福祉施設との連携、スポーツ分野ではスポーツクラブとの連携が構築されており、すでに多様なデータが蓄積される環境が整っています。
また、重要なのは、データサイエンスは座学だけでは意味がないということです。データは「使えてこそ価値がある」ため、実践力を身につけることが不可欠です。そのため、本学の軸となる「医療」「福祉」「スポーツ」という三つの領域で学び、多様なデータに対応できる人材の育成を目指して、新学科を開設しました。


2026年2月末新設予定の健康データサイエンス学科フロア。新しい環境で新しい学びが得られる(画像提供:新潟医療福祉大学)
木村
全国的には健康データサイエンス学科の開設については、どのような動きがあるのですか?
大河
新潟県内では、新潟大学、新潟国際情報大学、開志専門職大学などで情報系の教育は行われていますが、「データサイエンス」という名称を冠した学科は、新潟医療福祉大学が初めてです。全国的には、滋賀大学が先駆けて設置し、その後、私立大学も各々の強みを活かしたデータサイエンス教育を展開しています。例えば、順天堂大学は医療とスポーツ分野に強みを持ち、それらを核とした教育を実施しています。近年では、毎年のようにデータサイエンス関係の学科が新設されています。
一方で、情報系の学科は存在していても、私たちが目指す「医療」「福祉」「スポーツ」の領域における、実践的なデータサイエンス教育は県内では行われていません。
堀口
私は新潟大学工学部の福祉人間工学科に在籍していたのですが、20〜30年前に創設された時代先取りの学科だったこともあり、当時は「何が専門なのか分からない」と言われたこともありました。しかし今は、一つの専門では通用しない時代になってきました。むしろ複数領域を理解した人材の方が、市場価値が高くなってきているのではないでしょうか。新潟医療福祉大学がそうした新しい時代のニーズに応えようとしているというのは、素晴らしいことだと思います。

新潟医療福祉大学健康データサイエンス学科の学科長を務める大河正志教授(写真左)と、健康診断データなどを活用し、県内外の企業への健康経営を推進する株式会社アイセックの木村大地CEO(写真右)
黒岩
医療・福祉・スポーツという異なる領域でデータを扱う経験は、複数の課題設定の仕方を学ぶ機会になりますよね。課題を明確にすることから、データ活用は始まりますから、その重要性を複数の領域で学べるというのは、企業側からも非常に興味深い取り組みだと思います。
中村
弊社は新潟医療福祉大学から継続して採用させていただいているのですが、医療情報管理学科や健康スポーツ学科出身の社員がIT技術者として活躍しています。医療系の背景を持ちながらIT技術を身につけた人材というのは、本当に貴重です。健康データサイエンス学科からもそうした人材が輩出されることを期待しています。
木村
他大学のカリキュラムと比較して、新潟医療福祉大がこれからどう違いを打ち出していくのか、差別化が重要になりそうですね。特に、新潟県内でこうした学科設立がない中で、他にはない独自性を持つことが必須なのではないかと感じます。
企業が求めるデータサイエンティストの「現状と課題」

新潟医療福祉大学健康データサイエンス学科の学科長を務める大河正志教授(写真左)と、健康診断データなどを活用し、県内外の企業への健康経営を推進する株式会社アイセックの木村大地CEO(写真右)
――新潟県内でのデータサイエンス人材確保の現状、企業側が実際に求めている人材について、お聞きしたいと思います。
大河
新潟県内の大学では、各学科でデータサイエンスに関する科目は設けられていますが、医学部ではデータ分析、工学部では統計学、情報学部ではプログラミングといった具合に、分散して教えられているのが現状です。つまり、医療の現場でデータを総合的に活用できる人材、福祉分野で実践的にデータを使える人材、スポーツ分野でデータを活かせる人材など、こうした統合的な視点を持つ人材は、これまで育成されてきませんでした。
そのため、企業側が「データサイエンスができる人材を採用したい」と考えても、基礎知識はあるものの、現場での活用方法が分からない人材が多く、結果的に東京から人材を確保せざるを得ないという悪循環が生じていました。
中村
データサイエンスを扱える人材に限らずですが、採用においては常に課題を感じています。人手不足の中で、各企業はAIやデータ活用に対応していく必要がありますし、データをもとに、ビジネス課題や事業推進を考える人材も必要になります。新潟医療福祉大学の各研究には、医療、福祉、スポーツに関わる現場データが存在していますし、その環境でデータサイエンスを学べば、学生は確実に実践的な感覚を身につけられるのではないでしょうか。
木村
私が関わる業界でいえば、データ活用に関して、この数年で状況が大きく変わってきています。ウェルビーイングや健康経営といったテーマで、企業が経営のために健康データを活用する時代が到来しています。
実際に当社は140社以上の企業を支援していますが、新潟県内の企業からもニーズは本当に高まってきています。東京や首都圏に比べて約10年遅れて、新潟もそのブームが起こってきていると問い合わせや相談の数からも肌で感じています。
だからこそ、ここで重要なポイントなのですが、健康診断や医療データなどのヘルスケアデータ活用人材がいないため、人材教育機関が必要だということです。当社のように東京から経験者を呼ぶのではなく、新潟で学んだ人材が、新潟の企業で活躍する。健康データサイエンス学科が開設されることで、そういう循環が生まれることに期待しています。

株式会社アイセックの木村大地CEO
堀口
それに、複合領域を学ぶことで、卒業後の選択肢が広がるというメリットがありますよね。高校生で進路に迷う学生たちも、4年間のこのカリキュラムをやり抜けば、社会においても汎用性が高くなるでしょう。こういった柔軟性が、これからの時代に求められると思います。
黒岩
企業の視点からすると、多様な領域の知見を持つ人材は本当に稀少です。多くの企業はデータを持ちながら、どう使うかが明確でないために活用できていないケースが多々あります。課題を明確にするところから始まるデータ活用を、医療、福祉、スポーツの複数領域で学べれば、市場が求めている人材育成になりそうです。

ビッグデータの活用と、企業・自治体のDXや支援を行うINSIGHT LAB株式会社の事業推進部部長・黒岩淑香部長
複合領域での学びが卒業後の選択肢を広げ、市場価値を高める

新学科への期待や各企業のおけるデータサイエンスの活用事例について話し合った
木村
新潟県内でデータ活用人材が輩出されることで、地元企業による採用も実現できますよね。私たちのような企業も、新潟県内でこうした複合的な視点を持つ人材に出会えれば、それだけで事業の可能性が広がることになると思います。
もっと具体的にいえば、データの活用方法が変わってくるということです。統計を取るのではなく、社会的課題に対して、データをどう組み合わせて解決するための「設計」ができることが重要ですが、今はAIも活用しながら、新たなエビデンスを創出できる時代です。4年後、新潟で学んだ卒業生たちがどのような活躍を見せてくれるのか、本当に楽しみです。
中村
新潟医療福祉大学が医療系総合大学である強みが増す可能性もありますよね。今、大学には医療、福祉、スポーツの各分野で蓄積されている研究とデータがありますから、例えばケアマネージャーの実務、救急医療やスポーツなど、あらゆる現場で大量のデータが生まれています。従来はそのデータが単に蓄積されているだけでしたが、データサイエンス的な思考を学んだ学生が、その現場に関わることで、初めてそのデータが「資産」に変わるということになります。ですから、この学科は単に学生を育成するだけでなく、大学全体の研究をレベルアップさせる可能性も秘めていると思います。

1966年創業のシステムインテグレーター企業、株式会社BSNアイネットの中村高明副部長
黒岩
データサイエンスの市場で求められているのは、課題を明確にして仮説を立て、その仮説に対してデータをどう使うかを実行できる人材、それに尽きると思います。
ここで重要なのは「実行できる」という部分だということです。多くの企業ではデータ分析の結果を出しても、それを経営判断や事業改善に結びつけられないということが起こります。その「最後の一歩」を実行できる人材が本当に不足しているのです。複数領域での学習経験があれば、医療の知見を福祉に応用したり、スポーツの事例を製造業に活かしたり、そういった創造的な応用が可能になるということになります。複合的な知識を持つことが、むしろ人材としての市場価値を高める時代になってきたのだと思います。
堀口
「何かに打ち込みたい」という志向性を持つ学生たちが、複合的な学びを積めば、非常に強い人材が育ちますよね。新潟医療福祉大学の学生たちはもともと強い志向を持っているはずですし、大学はその道を支援しながらも、同時に広い視点を学ぶことができる学科運営があることも強みではないでしょうか。重要なのは、学生たちの情熱を「抑え込まない」ということだと考えています。
大河
多様な選択肢が開かれることは、新学科の大きな特徴です。座談会で皆さんのお話を伺う中で、企業がいかに複合的な視点を持つ人材を必要としているかを理解できました。課題設定の重要性に関する指導、そして実践の場での学びの価値が、この学科の設計思想と深く結びついていることに気付きました。
(前編終わり)
※「後編」(https://www.niikei.jp/1938681/)につづく。
<参加者プロフィール>
大河 正志さん
新潟医療福祉大学医療情報経営学部健康データサイエンス学科の学科長に就任予定。工学博士。新潟大学工学部福祉人間工学科、工学科知能情報システムプログラムで長年教鞭を執り、ものづくり技術においての研究実績を持つ。2026年4月の学科開設に向け、カリキュラム設計に従事。医療・福祉・スポーツの3領域でのデータサイエンス実践教育を実現するため、124単位に理論と応用を凝縮したカリキュラムを構築。
https://www.nuhw.ac.jp/ds/
木村 大地さん
新潟大学発ベンチャー認定企業第1号でもある「株式会社アイセック」代表取締役CEO。2019年設立以来、健康診断データやストレスチェック、労働生産性やワークエンゲージメント指標など多様なデータを活用し、県内外の企業における健康経営推進を支援。新潟県「にいがた健康経営推進企業」の制度運営事務局も担い、産官学連携モデルで健康データを科学し、「新潟県民が世界一健康なまち」を実現するビジョンを掲げている。
https://iseq.co.jp/
黒岩 淑香さん
ビッグデータの活用と、企業・自治体のDXや支援を行う「INSIGHT LAB株式会社」の事業推進部部長。企業の戦略的なデータ活用を支援し、データ収集から活用まで一貫したシステム構築を手がける。600社以上の支援実績を持ち、製造業・小売業など多業種でのデータ駆動型経営を実装。新潟大学大学院自然科学研究科非常勤講師。
https://insight-lab.co.jp/
中村 高明さん
創業1966年の老舗システムインテグレーター企業「株式会社BSNアイネット」経営管理本部 総務人事部副部長。入社より医療・ヘルスケア領域の課題解決に従事、現在は総務・人事領域を担当している。新潟医療福祉大学からは継続して人材を採用し、育成と活躍の場を提供。官公庁や民間企業にも豊富な導入実績があり、セキュリティ・クラウドビジネスも展開。
https://www.bsnnet.co.jp/
堀口 航平さん
心電図遠隔判読サービスを主な事業とする「株式会社コルシー」代表取締役。群馬工業高等専門学校卒業後、新潟大学で学ぶ。ベンチャー企業や医療系企業での採用支援を経て、2019年に同社設立。医師不足という課題解決に向け、IT技術と遠隔医療を組み合わせたサービスで年50万件以上の心電図を処理。2023年4月に新潟にビジネスセンター開設。
https://corshy.co.jp/
(モデレーター・記事 野口彩)
(ディレクション 中林憲司)
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