【データサイエンス座談会:後編】県内データサイエンス企業×新潟医療福祉大学 新潟で課題解決型のデータサイエンティストを育成する意義

(左から)株式会社BSNアイネット・中村高明副部長、INSIGHT LAB株式会社・黒岩淑香部長、新潟医療福祉大学・大河正志教授、株式会社アイセック・木村大地代表取締役CEO、株式会社コルシー・堀口航平代表取締役
新潟医療福祉大学(新潟市北区)は、2026年4月に「健康データサイエンス学科」を開設する。医療・福祉・スポーツ領域での実践的なデータサイエンス教育は、県内では初の試みだ。学科開設を機に、データサイエンスにおける新たな学びと産業の可能性を探るため、県内のデータサイエンス関連企業と新潟医療福祉大学による座談会を開催した。
前編・後編の2回にわたり、社会が求める人材像と地域産業の未来について、企業の最前線の声を紹介する。
(前編はこちら)https://www.niikei.jp/1937691/
「データサイエンス座談会」参加者
・新潟医療福祉大学 大河正志教授(健康データサイエンス学科の学科長に就任予定)
・株式会社BSNアイネット 経営管理本部総務人事部 中村高明副部長
・INSIGHT LAB株式会社 事業推進部 黒岩淑香部長
・株式会社アイセック 木村大地代表取締役CEO
・株式会社コルシー 堀口航平代表取締役
個人から社会規模まで、世の中を動かすデータの価値と力

健康データサイエンス学科としての課題、複合的な学びの重要性などについて意見交換が行われた
――後編では、企業でのデータサイエンスの活用事例など、現場における実例や求める人物像についてお聞きします。
木村
弊社の事業は、予防医療や健康づくりに関するデータサイエンスの活用によって、個人、組織、社会という三つの領域で力を発揮しています。
個人レベルでは、健康診断データを行動変容に繋げるアプローチを進めています。平均寿命と健康寿命の約10年の差を埋めるために、健康管理システムを通じてテーラーメイドの健康教育を届けたり、保健師などの専門職がデータを活用し、働く人が心身ともに健康を維持することを支援する仕組みを構築しています。このデータ活用能力があれば、お医者さんでなくても応用でき社会貢献できる点が非常に重要です。
組織レベルでは、健康データを基にしながら多くの企業の健康で働ける環境、不健康にならない仕組みを作っていますが、県内建設業の事例が顕著です。以前、その企業は月3,700万円程度の生産性ロスが発生していましたが、健康教育と環境整備により年間6,000万円もの労働生産性の改善に繋がり、健康経営が経営戦略として機能するようになりました。
社会レベルでは、新潟県などの自治体と連携し、健康経営に関心を持つ企業を増加させ、中小企業でも健康づくりが進むことでの産業持続性を支える戦略として、データを用いた健康経営が社会全体を変える力を持つようになり始めていると実感しています。
堀口
木村さんがおっしゃるように、データは医療課題へのアプローチにも変化をもたらしています。例えば、医師の診断基準のばらつきを数値化して比較分析することで、客観的な根拠に基づいた改善に導くことも可能になります。そうすると、データそのものが説得力を持つということになります。その具体的なデータを、医療資格がない私たちが提示・提案することで、医師が聞き入れてくれるというケースが増えています。医療の現場においては、データを適切に蓄積・分析し、その基盤を構築する力が不可欠になっている証拠でもありますね。

心電図遠隔判読サービスを主な事業とする株式会社コルシー代表取締役社長・堀口 航平さん(写真右)
黒岩
健康管理という点でいうと、従業員の健康に対する企業のアプローチ自体が、病的問題の解決から、より予防的かつ包括的なものへシフトしてきていますよね。働く中での心の状況改善や、リモートワークによる健康被害対応など、多様化する現代の課題に対してデータに基づいた対応を強化していく必要があります。採用するとしても、こうした社会環境や従業員の意識の変化に対応できる人材、データを活用して課題を明確にできる人材は、今以上に求められていくと思います。
中村
企業の採用側から見ると、データサイエンスは分析技術を超えて、ビジネスや意思決定プロセスそのものをデザインする重要な要素になってきていると感じます。理論だけでなく、実践的な力を身に付けてもらうことが大切になるでしょうね。

株式会社BSNアイネットの中村高明副部長(写真左)とINSIGHT LAB株式会社の事業推進部部長・黒岩 淑香部長(写真右)
大河
データサイエンスが人の行動を変え、経営を変え、社会全体の課題解決にまで変化をもたらす力を持つことが、皆さんのお話から理解できました。ビジネスの最前線にある実例を、座学だけでなく実践の場を通じて学生たちに伝えることが私たちの役目でもありますね。
データの役割は「分析」から「課題解決」へ
――実践力を備えたデータサイエンティスト育成や採用について、皆さんの意見をお聞かせください。

東京に本社を置くINSIGHT LAB株式会社における人材確保の悩みを共有する黒岩 淑香部長
黒岩
弊社の採用でも人材不足や人材の流動化などの課題に直面しており、即戦力となる経験者を期待せざるを得ない状況です。ここでいう経験者とは、技術を持つことだけではなく、データを使って課題を解決するために試行錯誤を繰り返した経験、そしてデータから導き出された結論を、論理的に説明できる人材です。分野は問いませんが、まずは一つ専門的な知識を持ち、データ活用に取り組む経験を早いうちに積んでいただくことが重要と考えています。
中村
データ活用やAIの進化に対応していくために、学び続けることのできる人材の確保が課題です。目的や狙いを持ってデータを活用できる人ですね。新潟医療福祉大の医療、福祉、スポーツにおける豊富な実践事例を通じて、課題の本質を学び、社会に出たときに即戦力となるデータサイエンス力を培ってほしいです。
木村
データサイエンスの現場で最も重要なのは、データをどう「調理」するかという「デザイン力」です。私自身もアイセックの経営をしながら、現在新潟大学医師学総合研究科博士課程で医療健康データを用いた研究を学生としても行っていますが、「いくら膨大なデータがあっても基礎的な統計学のような『型』がないとダメ」だと、私自身も日々痛感しています。「巨人の肩の上に立つ」という言葉がありますが、先行研究やさまざまな事例を深く学び、先人の知見の上に立つという視点も不可欠です。今後、健康医療データはより一層活用できる時代になるよう国は推進しています。これからは現場でそれを調理できる「調理人」となる人材が、圧倒的に不足している現状を改善していかなければなりません。
堀口
「型」や「設計力」は、まさにデータサイエンス人材に不可欠な要素です。一つの専門領域だけでは、データ活用の着眼点が限定されてしまいますが、データサイエンスの学科のように、医療、福祉、スポーツという異なるデータと課題に触れる機会を持つことで、学生は多様な視点と柔軟な発想力を養うことができます。これこそが、現場でデータを適切に「調理」し、意味のあるアウトプットを生み出すための土台となるのではないでしょうか。
即戦力と創造性を兼ね備えた人材を地元企業の希望に
――最後に、新学科が新潟の地域社会にもたらす価値と、学生たちのキャリア形成への期待についてお聞かせください。

県内大学での学びを活かし、地域企業の採用、事業の広がりなども期待ができると語る株式会社アイセックの木村大地CEO
堀口
これからは複数領域を理解し横断的に考えられる人材の方が、市場価値が高い時代です。健康データサイエンス学科は、資格取得とは異なる「ジェネラルな人材育成」を志向しているため、4年間で幅広い知識と実践力が身に付くのではと期待しています。
黒岩
例えば、製造業の知見が医療で生きるように、特定の分野に留まらない創造的な応用が可能になるからこそ、新学科での学習経験は人材としての市場価値を飛躍的に高めると思います。データ活用における「着眼点」を、大学での学びで養ってもらいたいですね。
中村
データサイエンスを学んだ学生たちによって、そのデータの活用の幅が大きく広がり、研究の質そのものが向上することを期待しています。私たち企業も、産学連携やインターンシップを通じて、高い視座を持った学生の皆さんと一緒に働いて刺激を受けたいです。

「企業の皆さんの現場の声を聞いて、データサイエンスの“出口”が明確になった」と語る大河正志教授
木村
私たちのような地元企業は、当然ながら新潟で学んだ方を採用したいと考えています。健康データサイエンス学科からそうした人材が輩出されることは、地元企業にとって希望ですよね。ここで学んだ皆さんが、新潟で活躍し、事業を広げていくことは、新潟地域全体の活力を高める社会貢献に直結します。ぜひ、未来のニイガタを共に支える一員になってほしいと強く願っています。
大河
この座談会を通じて、データサイエンスの重要性と、それが社会にもたらす意義を、企業の皆さまはもちろん、高校生や保護者の皆さまにも改めてお伝えしたいですね。これまではデータサイエンスの「入口」については語れても、「出口」、つまり卒業後の仕事や実績について具体的にお話しすることは難しい状況でした。
今回の座談会では、卒業後に広がる仕事の幅や可能性を示すことで、データサイエンスが未来を切り拓くために不可欠な分野であることをご理解いただけたのではないでしょうか。
データサイエンスの力は、将来の活躍の場を大きく広げる確かなスキルです。私たちはその未来へ繋がる学びを、これからも発信し続けていきたいと思います。本日はありがとうございました。
「後編」終わり
<参加者プロフィール>
大河 正志さん
新潟医療福祉大学医療情報経営学部健康データサイエンス学科の学科長に就任予定。工学博士。新潟大学工学部福祉人間工学科、工学科知能情報システムプログラムで長年教鞭を執り、ものづくり技術においての研究実績を持つ。2026年4月の学科開設に向け、カリキュラム設計に従事。医療・福祉・スポーツの3領域でのデータサイエンス実践教育を実現するため、124単位に理論と応用を凝縮したカリキュラムを構築。
https://www.nuhw.ac.jp/ds/
木村 大地さん
新潟大学発ベンチャー認定企業第1号でもある「株式会社アイセック」代表取締役、CEO。2019年設立以来、健康診断データやストレスチェック、エンゲージメント指標など多様なデータを活用し、県内外の企業における健康経営推進を支援。新潟県「健康企業認定制度」の事務局も担い、「新潟県民が世界一健康な町」を実現するビジョンを掲げている。
https://iseq.co.jp/
黒岩 淑香さん
ビッグデータの活用と、企業・自治体のDXや支援を行う「INSIGHT LAB株式会社」の事業推進部部長。企業の戦略的なデータ活用を支援し、データ収集から活用まで一貫したシステム構築を手がける。600社以上の支援実績を持ち、製造業・小売業など多業種でのデータ駆動型経営を実装。新潟大学大学院自然科学研究科非常勤講師。
https://insight-lab.co.jp/
中村 高明さん
創業1966年の老舗システムインテグレーター企業「株式会社BSNアイネット」経営管理本部 総務人事部副部長。入社より医療・ヘルスケア領域の課題解決に従事、現在は総務・人事領域を担当している。新潟医療福祉大学からは継続して人材を採用し、育成と活躍の場を提供。官公庁や民間企業にも豊富な導入実績があり、セキュリティ・クラウドビジネスも展開。
https://www.bsnnet.co.jp/
堀口 航平さん
心電図遠隔判読サービスを主な事業とする「株式会社コルシー」代表取締役。群馬工業高等専門学校卒業後、新潟大学で学ぶ。ベンチャー企業や医療系企業での採用支援を経て、2019年に同社設立。医師不足という課題解決に向け、IT技術と遠隔医療を組み合わせたサービスで年50万件以上の心電図を処理。2023年4月に新潟にビジネスセンター開設。
https://corshy.co.jp/
(モデレーター・記事 野口彩)
(ディレクション 中林憲司)
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