【ジープ島からの贈り物】第10話 為に生きる 渡会和馬
(編集部注)この原稿は赤道直下のジープ島からインターネット回線を通じて日本に送られています。

吉田さんとジープ島
為に生きる。
それは、いまの僕が生きる上でもっとも心に留めている大切な想いである。自分の為とか相手の為という括りではない。人の為、生き物の為、自然の為、地球の為。この世には全てが喜びを感じることがある。そんな想いを大切にする物語がジープ島にはある。
100年前、ジープ島およびこの島があるミクロネシア連邦チューク諸島は日本だった。僕の師である吉田さん(ジープ島の開島者)の恩人である現地人のキミオ・アイセック(通称,キミオさん)という方がいる。そして、そのキミオさんにもまた恩人がおり日本人である内田さんという海兵さんでありこの物語りの始まりである。
内田さんとキミオさん(当時14歳)は、1940年にチューク諸島で出会い1944年まで家族の様な父と子の様な関係であったという。

故キミオ・アイセック氏

キミオさんと吉田さん
日本のことや戦争のことなどキミオさんは多くの話を内田さんから聴いた。当時、チューク諸島は日本だったこともあり日本語教育がなされキミオさんもまた日本語を話すことができたのである。
そして、キミオさんは日本に憧れを持つ。しかし、1944年にあったヘイルストーン作戦(トラック大空襲)により父親の様な存在だった内田さんを戦争で失くされお別れとなる。しかし、キミオさんは内田さんから大切な言葉の贈り物を受け取っている。
“負けず嫌い”
人に負けてはいけない。そして、決して自分に負けてはいけない。
この言葉を信じてキミオさんは、生まれ育ち内田さんと過ごしたチューク諸島を世界一のレッグダイビングポイント(沈没船)にされレジェンドダイバーの称号を手にする。
吉田さんもまた、キミオさんからこの言葉を受け継ぎジープ島での命をかけた3年間を乗り越えて1997年に入島し、2009年になった時に世界絶景の100選でジープ島が1位に選ばれ日本とミクロネシアの架け橋とまで言われた。そんな世界1を創り上げた人達の想いを僕も引き継ぎ、ジープ島にいる。

執筆中の吉田さん

吉田さんと僕
正直、今はまだ人に負けることが多々ある様な気がしている。けれど、そこで挫けて倒れて動けなくなる様な人にはなりたくはない。自分にだけは負けたくないと想う。
僕は、内田さんやキミオさん吉田さんの様に日本人をチュークの人達を自然を人を地球を守り大切にできる様な人間になりたい。
為に生きるとは、我が身と心を使い果たし、生き抜いた先に辿り着く最後の心の楽園なのかもしれない。
ご自宅で吉田さんからこんな言葉を聴いた。”キミオさん以上に為に生き、幸せそうな人を僕は見たことがない”僕は、吉田さんこそ、誰よりも為に生き幸せな人だと感じると共に、誰よりも孤独を経験し優しい人なんだと心から想う。
僕も為に生きることをここに誓う。