【最終回】育て続ける場所としてのMAHORA西野谷 (蔡紋如「MAHORA西野谷」代表)

(MAHORA西野谷 撮影:福山 楡青)
MAHORA西野谷は、二年目の冬を迎えます。建物としての宿は完成しましたが、正直に言えば、いまも模索の途中です。
宿を運営するということは、建物を整えれば終わりではなく、人との関係性や時間の重なり方を、どう育てていくかという積み重ねなのだと、二年目に入ってあらためて感じています。地域の方との関わり、訪れてくださるお客様が求めていること、そして自分たちが提供できるもの。その一つひとつに、まだ明確な正解はありません。
一棟だけでなく、将来的には二棟目、三棟目と場を広げ、より多くの方にこの地域の魅力を感じてもらいたい。そう思う一方で、それらは短期間で完成するものではないとも感じています。時間をかけて、ゆっくりと育てていく必要があります。
宿の運営は、稲作にもよく似ています。
同じ田んぼであっても、天候や条件は毎年違い、同じ一年は一つもありません。宿も同じで、毎年が一年生です。訪れる方は毎回違い、そのたびに小さな違和感や課題に気づき、手を入れ直していく。その積み重ねの中で、宿も、そして運営する自分自身も、少しずつ成長していくのだと思います。
日々の暮らしの中で、私たちは無意識のうちに予定を詰め込み、忙しさによって安心しようとしています。反対に、何も予定が入っていない時間に、どう過ごしていいのかわからなくなることもあります。
忙しさは充実とよく似ていますが、必ずしも同じではありません。
だからこそ、自分と向き合うための時間や空間を、意識的につくることが大切なのだと思います。MAHORA西野谷では、そんな「余白の時間」を過ごせる場所でありたいと考えています。何かをしなければならない場所ではなく、何もしなくてもいい場所。それぞれが自分のペースを取り戻せる空間です。
来年は、若者向けの宿泊プランに加え、イベントや作品展、ワークショップなども少しずつ企画していく予定です。一緒に場を育てていける方と出会えたら嬉しく思います。興味のある方は、ぜひ声をかけてください。
最後に、今年特に印象に残った一冊を紹介します。
『新しい共同体の思想とは』。
人間と自然を切り離すのではなく、関係をどう持続させていくか。暮らしを守るための共同作業や、関係の持続を前提とした経済活動について、多くの示唆を与えてくれる一冊でした。
まだ途中にいるからこそ見える景色を大切にしながら、これからもMAHORA西野谷を育て続けていきたいと思います。

蔡紋如(サイ・ウェンル)
台湾出身。2014年に結婚し、夫とともに妙高へ移住。独学で総合旅行業務取扱管理者の資格を取得し、妙高市観光協会に積極的にアプローチしてインバウンド専門員として採用される。主にアジアの華僑系顧客をターゲットにプロモーションを展開し、企画制作を担当。また、FacebookなどのSNSを活用して日本での生活をPRする活動も行う。コロナ禍で観光業が大きな打撃を受けたことで、地域のために何ができるのかという強い危機感を抱くようになる。2023年、農業と観光業を通じて地域を活性化することを目指し、合同会社穀宇を設立。2024年には京都大学経営管理大学院観光経営科学コースを卒業。同年4月に築120年の文化複合施設「MAHORA西野谷」を開業する。
【関連サイト】
新しい共同体の思想とは 内山 節(著) – 農山漁村文化協会