【梅川リポート25】創業129年のかなざわ総本舗、上杉謙信公の「出陣餅」で挑むブランディング経営

明治29年創業の老舗であるかなざわ総本舗の稲田本店

文化を売る企業という立ち位置

新潟県上越市の和菓子製造販売業、株式会社かなざわ総本舗は1896年(明治29年)創業の老舗である。単なる食品メーカーではない。同社の経営理念は「地域の伝統と文化を考え、和菓子の製造販売を通して地域に貢献する」である。商品を売るのではなく、文化を伝えるという思想が経営の根幹にある。

株式会社かなざわ総本舗の金澤一輝代表取締役社長は、「和菓子は日本古来の食文化。洋菓子が文明開化以降に広まったのに対し、和菓子の源流は木の実や草の実、果物といった自然の甘味にさかのぼる。米の栽培が始まり、餅やあんこ文化が形成され、砂糖が高級品だった時代を経て現在に至る。和菓子は単なる嗜好品ではなく、婚礼や葬儀、年中行事と結びついた社会文化そのものだ」と語る。同社はその継承者としての役割を自任する。

出陣餅の誕生と商標戦略

創業は1896年。金澤長之助が菓子店を開いた。戦後は先代長男の金澤一榮氏が事業を再開。1969年5月4日に商標「出陣」を出願し、「出陣餅」として売り出した。1970年11月7日に商標登録。商品名を法的に守る戦略を早期に確立した点は特筆される。

1977年9月に株式会社かなざわ総本舗となり、1986年11月に現在の上越市稲田4丁目へ移転。1998年8月3日の第10回日本ジャンボリーでは皇太子殿下に「出陣餅」を献上。2002年2月19日の妙高国体では秋篠宮殿下、同妃殿下に献上した。ブランドの格を高める機会を積み重ねてきた。出陣餅は、上杉謙信公が決戦前に将兵へ餅を与えたという故事にちなむ。歴史を物語化し、商品価値に転換する手法である。

原材料高騰と価格据え置き

現在、経営環境は厳しい。餅米価格は前年の約2倍に上昇したという。これまでうるち米より安価だった餅米が逆転し、仕入れ負担は急増している。しかし同社は値上げを実施していない。最後の価格改定は一昨年11月である。価格転嫁を見送る背景には、地域密着型企業としての姿勢がある。頻繁な値上げは顧客との信頼関係に影響する。短期利益より継続的な関係性を優先している。

「出陣餅」は上杉謙信公が決戦前に将兵へ餅を与えたという故事にちなむ銘菓

品質統一の難しさ

大量生産体制を敷きながらも、品質の均一化は容易ではない。同じレシピ、同じ分量でも同じ味にはならない。原材料の産地、季節、水あめの状態、機械設備の変更など、微細な要因が味に影響する。「特に出陣餅のよもぎは東北産を生で使用している。上越産では日差しが強く葉が硬くなるため、柔らかさを重視し産地を選択している。生のよもぎを使うため繊維が残り、異物と誤認されることもある」(金澤社長)。だが、それが本来の素材である。職人の熟練の感覚が最後の調整を担う。品質維持は経験値の積み重ねに依存している。

営業マン不在の販売戦略

同社には専属営業マンがいない。営業より広告宣伝を重視する。取引先はイオン、原信など量販店だが、同社が「顧客」と定義するのはその先の消費者である。「出店要請は原則受ける方針だ。上越市内でどこでも購入できる状態を目指す。囲い込みは店舗数ではなく接点の広さで実現する」(金澤社長)という考え方である。

暖簾を守る価格政策

「本店では値引きを一切行わない。暖簾の価値を守るためである。価格はブランドの一部であり、安売りは格式を損なう」(金澤社長)とする。一方、自動販売機は別店舗と位置付ける。賞味期限が短くなった商品などを販売し、食品ロス削減に活用している。廃棄は心理的負担が大きい。自販機導入はロス低減という副次的効果も生んだ。

自家消費戦略と顧客育成

「『ガチ盛りパック』は自家消費向け商品であり、1週間で100パック売れることもある。贈答需要だけに依存せず、家庭内での消費を増やす狙いだ。子どもが和菓子を日常的に食べる環境を維持することが将来顧客の育成につながる。コロナ禍で人流が減少した際、食卓から和菓子が消えることへの危機感があった」(金澤社長)。

稲田本店にある自動販売機。自家消費向け商品「ガチ盛りパック」などを販売する

和菓子再評価の兆し

和菓子は脂質が少ない。乳製品を多用する洋菓子に比べヘルシーである。和洋融合が進む一方、本来の和菓子の価値が見直される動きもある。同社は生クリームを乗せたあんころもちなど派生商品も展開するが、基本は和菓子に立脚する。本格的なケーキは扱わない。軸足をぶらさない。

地域文化との結節点

「情けの塩最中」「兼続出陣かぶと」など、地域の戦国史や偉人に基づく商品展開を行う。菓子を通じて地域の歴史を語る。今後は通年観光への貢献を掲げる。上越市に人を呼ぶ要素として食を位置付ける。また、受験シーズンに「必勝出陣餅」を全国展開できれば閑散期の需要拡大につながるとする。

創業129年。老舗であることは強みだが、原材料高騰、人口減少、嗜好変化という逆風がある。それでも同社は一人一人の顧客を起点に経営を組み立てる。価格を守り、品質を守り、文化を守る。暖簾は歴史ではなく、日々の判断の積み重ねで維持される。出陣餅は単なる餅菓子ではない。地域の記憶と誇りを包み込んだ商品である。老舗経営の本質は、変わらぬ理念と変わり続ける工夫の両立にある。

「出陣餅を通じて、上杉謙信公を全国に発信したい」と意気込みを語る金澤一輝代表取締役社長

【記者メモ】
筆者も子供のころから食べてきた「出陣餅」。上越市では知らない人はいないであろう。上越はもちろん、中越、下越のスーパーなどに出店しているほか、新潟ローカル日曜日放送の「なんでも鑑定団」の協賛CMも展開し、県内全域に知名度がある。金澤社長は「出陣餅を通じて、上杉謙信公を全国に発信したい」と意気込みを語る。2030年には生誕500年を迎える謙信公。これからも上越市×上杉謙信×出陣餅のワードは要注目だ。

(文・撮影 梅川康輝)

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