【特集】事業者に義務化された「合理的配慮」とは? 障害者差別解消条例の制定から約1年、当事者と現場の声から探る実践と考え方

盲導犬とともに生活する社会福祉法人新潟県視覚障害者福祉協会・理事長の木村弘美さん
「コンビニで『補助犬OK』のマークが入り口に貼られていたのですが、店員さんにはその認識がなくて『犬は困るんですよ』と言われたことがあります。盲導犬だと説明しても『それでも犬は犬ですから』と入店拒否されたことも…」。
社会福祉法人新潟県視覚障害者福祉協会の理事長を務める木村弘美さんは、盲導犬を利用して20年あまり。当初に比べて盲導犬への理解は進んできているが、それでも入店を拒否されることはあると話す。実際、全国盲導犬施設連合会が2025年3月に発表した「盲導犬受け入れ全国調査」によると、半数近い48%のユーザーがこうした経験をしている。
こうした対応は、障害を理由とした差別の一例ともいえる。そして、視覚障害者に限ったものではない。
新潟県は2025年4月、「新潟県障害を理由とする差別の解消の推進に関する条例」を施行した。障害のある人もない人も互いに尊重し合いながら共生する社会の実現を目指すものだ。しかし、施行から1年近くが経過した現在も、事業者側からは「何をどこまで対応すればよいのか分からない」といった声が聞かれる。事業者に求められる対応を、現場の取り組みや当事者の声から考える。
目次
○事業者にも義務化された「合理的配慮」とは
○ハードではなくソフト面で整備を──公共交通の現場から
○当事者の暮らしから見えること
○強化された相談窓口──当事者も事業者も、困ったら相談を
○「対話を通じた柔軟な対応」が共生社会に繋がる
事業者にも義務化された「合理的配慮」とは

県福祉保健部障害福祉課計画推進係の濱田亮介主査
「障害を理由とする差別の解消の推進に関する条例」は、障害を理由とした不当な差別的取り扱いを禁止し、障害のある人が社会生活を送るうえで必要となる「合理的配慮」の提供を求める内容が柱のひとつとなっている。
元々、障害を理由とする差別の解消については2016年に国の障害者差別解消法が施行。その後、2024年4月の法改正で民間事業者にも合理的配慮の提供が義務化された。新潟県はこうした国の動きに加え、県内の実情に即した相談体制の整備や県民意識の向上、社会全体の機運醸成を図る必要があるとして、条例制定委員会やタウンミーティングなどで出た意見を踏まえながら、今回の条例を制定した。
では、事業者は今回の条例制定に伴い何を意識しなければいけないのか。県福祉保健部障害福祉課計画推進係の濱田亮介主査は解説する。「合理的配慮とは、障害者が社会的障壁の除去を必要としている場合に、負担が重すぎない範囲で、必要かつ合理的な配慮を行うことです。そして、条例では事業者の責務として『障害者及びその家族その他の関係者との建設的な対話を通じて、合理的配慮を行わなければならない』と規定されています。言い換えれば、まずは聞いてみる、そして一緒に解決策を考えることだといえるでしょう」。

新潟県の発行したリーフレットより、障害を理由とした差別の具体例
ハード面で整備を徹底することや、障害当事者からの要求をすべて完璧に受け入れることが迫られているわけではない。事業者と当事者が互いにコミュニケーションをとり、双方が納得できる対応を見いだすことが重要だ。
「例えば、車いすの方が、ある店に入店したいと思っても、その店は2階にあってエレベーターはない。そういった時に、必ずエレベーターを設置しなければいけないわけではない。例えば、従業員が車いすの方を何人かで2階までお運びする。こういったことが合理的配慮だと考えております」(濱田主査)。
もちろん事業者だけでなく、県民全体がこうした配慮や意識を持つことも条例で言及されている。
ハードではなくソフト面で整備を──公共交通の現場から

車いす利用者向けに電車のドアとホームの間にスロープを渡す社員(JR越後線・関屋駅で撮影)

こうした対応は1日に複数件案内する場合もあり、決して珍しい光景ではない
こうした中、多くの人にとって必要不可欠な公共交通の現場では、具体的な取り組みの好例を見ることができる。JR東日本では、駅構内へのスロープやバリアフリートイレの設置などのハード面だけでなく、ソフト面での対応にも力を入れている。
同社では、視覚障害者のホームまでの案内や、聴覚障害者を対象とした筆談対応などを実施。また、車いす利用者が電車を乗り降りする際は、駅係員がドアとホームの間にスロープを渡して介助している。さらに、無人駅が多くなっていることを背景に、2025年からは越後線の一部駅で、運転士や車掌も同様に対応できるように取り組みを拡大した。
合わせて数年前から行っているのが、「『声かけ・サポート』運動」だ。これは、障害者をはじめとした、困りごとを抱えている様子の駅利用者に対し積極的な声かけとサポートを行うもので、年間を通じて実施している取り組み。当初は社員のみで始まったが、現在はグループ会社や協力事業社、また、駅利用客にも参加を呼びかけている。

JR東日本新潟支社鉄道事業部指令・サービス品質改革ユニットのチーフ・武田康寿さんは、「障害がある方に対しての対応は、こちらですべて用意しておいて、100点の対応を取らなければいけないと思いがち。しかし、用意していたものが相手の困りごとと食い違っていることも多い」と対応の難しさとポイントを説く
JR東日本新潟支社鉄道事業部指令・サービス品質改革ユニットのチーフ・武田康寿さんは、「弊社では共生社会をどう実現していくか、ということに力を入れて取り組んでいます。我々は公共交通機関という使命を負っているので、可能な限りバリアを感じずに、多様なお客様が皆同じように利用できるようにしていきたい」と話す。
こうした取り組みの中で重要なのはやはり「コミュニケーション」だと説く。「障害がある方への対応というのは、一方的な押し付けになってしまうことがあります。そうならないためには相互理解が大切です。例えば意見交換や弊社設備の体験会など、当事者の皆さまとのコミュニケーションを通じて『実際にどういったところに困ったのか』『我々はどう対応すればいいのか』について、理解を深めていく必要があります」(武田さん)。
当事者の暮らしから見えること

社会福祉法人南魚沼福祉会相談支援センターみなみうおぬまの髙橋義信さん。髙橋さんは車いすで街歩きをする体験会や、南魚沼市内の飲食店などの段差や通路の狭さを調べ記載するバリアフリーマップ制作など、ボランティア活動にも取り組んでいる。「当事者側から発信することも大事。(何か施設やサービスをつくる時に)この団体に意見を聞いてみよう、と考えてもらうきっかけになる」(髙橋さん)
「最近は公園などでもトイレが綺麗に整備されていますが、当事者の意見が反映されないと、バリアフリーが取り入れられても少し使いづらいものになってしまいます」と解説するのは、社会福祉法人南魚沼福祉会相談支援センターみなみうおぬまの髙橋義信さん。施設を整備する側が当事者とコミュニケーションを取ることは、やはり重要だ。
髙橋さん自身も車いすで生活しており、「建物の開き戸は、押すのはいいのですが、引くのが難しいんですよ」と車いすでの生活においてバリアとなる点を紹介する。また、私たちが普段何気なく利用する飲食店なども、車いす利用者の場合はグーグルマップなどに共有された写真で店内外の段差や通路の狭さ、テーブルの高さなどを確認してから利用する人は多いという。店側があらかじめ店内の写真をサイトなどに掲示することで、障害のある人は使いやすくなるだろう。

扉を開ける髙橋さん。県庁でも福祉保健部など、障害者が利用する機会の多い階では引き戸を導入している

商品選択ボタンを低い位置に置いたり取り出し口の形状を工夫するなど、車いす利用者でも使いやすいデザインとなってる自動販売機の導入も一部で行われている(写真は南魚沼市ふれ愛支援センターで撮影)
障害の特性や必要な対応は人によって異なる。視覚障害者も全盲から弱視、あるいは後天的に目に障害を負った人など、その特性は様々だ。「緑内障などによって高齢になってから障害を負った場合、点字を習得していない人も多い」と前出の木村さんは指摘する。
一方で、木村さんによると、行政では近年、視覚障害者が会合などに参加する際には、紙やPDFではなく、読み上げソフトに対応した形式で事前に送っているという。障害の多様性を理解し、その人に合った配慮をすることは、一般企業でもこれからしていかなければいけない部分だろう。

社会福祉法人新潟県視覚障害者福祉協会・自立支援室生活訓練指導員の山口史明さん(写真左)と、理事長の木村弘美さん(写真右)

木村さんによると、近年は技術の進歩や効率化によってむしろ視覚障害者には不便な部分も出てきているという。セルフレジや飲食店のセルフオーダーなどがその例で、従来型の接客もできるようにするなど、柔軟な対応ができる余地をつくることも大切だ
強化された相談窓口──当事者も事業者も、困ったら相談を
今回の条例制定でもう一つ重要なポイントは、当事者も事業者も相談できる場所が強化されたことだ。県は中央福祉相談センター(新潟市江南区)に相談窓口を設置。障害者やその家族などが「不当な扱いを受けた」ことを報告できると同時に、事業者もどのような合理的配慮を行えばいいのかを相談できる。
同センター障害者相談支援室の古川彰規主査によると「例えば、事業者からは『具体的にどういった合理的配慮ができるのか、もう全く分からないから教えてほしい』という相談に乗ったこともありました」という。

中央福祉相談センター障害者相談支援室の古川彰規主査
古川主査は語る。「合理的配慮について、一律に決まったやり方を示すことは難しい。なので、当事者の方が何を求めているのか、具体的にどういった配慮や対応を求めているかを、とにかく丁寧に確認することが重要。当事者と事業者、双方が『できないこと』ではなく『一緒にできることは何か』を考えていくことが大切です」。
こうした相談は各市町村の福祉関連の部署でも可能だが、中央福祉相談センターは県の障害者権利擁護センターとしての機能もあるため、より専門的な話ができる。また、各市町村を後方支援し、県全体の状況を改善していく役割も担っている。なお、同センターには対面での相談のほか、電話でも相談が可能だ。
「対話を通じた柔軟な対応」が共生社会に繋がる

新潟県の発行したリーフレットより、事業者の望ましい取り組みの例
こうした相談体制の整備も含め、当事者である髙橋さんも木村さんも、今回の「新潟県障害を理由とする差別の解消の推進に関する条例」の成立を歓迎する。
「条例ができたことはすごくいいことだと思っています。自分が差別を受けたという認識がない方もいます。私自身も経験があるのですが、(サービスなどを断られて)後から考えると、『そうだったのかな』ということがあります。なので、まずは条例を知ってもらい、どういうことが差別にあたるのかを理解してもらいたいですね」(髙橋さん)。
「相談体制が充実してほしいと思っていました。何が差別かは、一般の方は分かりづらいと思います。相談体制が充実すれば、障害者自身も事業者も、『ここに相談すればいいんだ』ということが分かります」(木村さん)。

濱田主査は「合理的配慮の基本は、建設的な対話を通じた柔軟な対応」だと語る
濱田主査は力を込めて語る。「合理的配慮の提供が必要だと規定されていますが、それは特別なことをするという意味ではありません。業務の中でできる工夫を積み重ねることが、誰にとっても利用しやすい環境につながるものだと思います」。
そして、「合理的配慮の基本は、建設的な対話を通じた柔軟な対応です。差別した人を責めたり、罰則を科したりすることを目的とした条例ではありません。迷った時には、まず声をかけて当事者の話を聞くことが大切です。対応に悩む場合は、県の中央福祉相談センターや市町村の相談窓口などの相談機関もありますので、お気軽に相談していただければ」と呼びかけた。
誰もが病気や大けがを負う可能性があり、年齢を重ねていく中で生活に支えを必要とする場面は訪れる。共生社会という言葉は、特定の障害のある人だけのためのものではなく、社会に暮らすすべての人に関わる考え方だ。また、見方を変えれば、障害者への配慮を欠くことは、事業者にとっては顧客となり得る人たちとの接点を失うことにもつながる。条例の理念を実際の行動に移していくことは、当事者のためだけでなく、社会全体の安心や活力にも結びつく。
制度の周知と現場での実践が積み重なれば、誰もが安心して暮らせる環境は少しずつ広がっていく。共に生きる社会の実現に向けた一歩は、身近な配慮や理解から始まるだろう。
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