【企業人あり】「新潟県人口100万人時代」を前に 東邦産業・五十嵐悠介社長が描く次世代への「最大遺物」

「100年後のに新潟市を構想する会」を立ち上げた五十嵐悠介東邦産業代表取締役
分野横断で挑む人口減少という構造課題
2025年10月、新潟市である会が立ち上がった。「100年後の新潟を構想する会」である。人口減少が不可避とされる中長期の地域像を見据え、分野横断で課題解決を模索することを目的とする。
呼びかけ人は、東邦産業(新潟市)の五十嵐悠介社長だ。メンバーには、元財務官僚で日本政策金融公庫やJOGMECにおいて財政投融資を担当した現新潟県総務部長の越中隆広氏、国土交通省北陸地方整備局の庄司義明港湾空港企画官、新潟シティ法律事務所の村山雄亮弁護士らが名を連ねる。さらに、直近の総選挙で新潟市議から国政へ転じた内山航氏も参加しており、行政・金融・法務・政治といった各分野から人材が集結している。

新潟県総務部長の越中隆広氏
第1回会合では、越中氏が「新潟県総合計画(2025〜2032年)」をもとに人口動態の将来像を提示した。現在の出生率は1.14。仮に2050年までに2.07へ回復し、社会増減が均衡したとしても人口減少は続き、2100年頃にようやく100万人規模で下げ止まる見通しだという。ただしこれはあくまで前提条件を満たした場合のシナリオであり、実際には70万〜80万人規模まで縮小する可能性が高いと指摘する。
人口減少に歯止めをかける決定的な手段は現時点では存在しない。しかし、その進行を緩和する余地は残されている。その鍵として同会が掲げるのが、「稼げる地域への転換」と「主体間の連携強化」である。特定の利害にとらわれない広域的な協働を通じ、地域全体の持続性を高める狙いだ。

第一回の開催で挨拶をする五十嵐悠介社長
歴史にみる「連携」の原型
異分野連携による地域再生の試みは、決して新しいものではない。明治期、戊辰戦争で壊滅的打撃を受けた長岡では、三島億二郎や岸宇吉らが中心となり、夜ごと集って復興策や産業振興を議論する「ランプ会」が形成された。ここから新たな商機や都市構想が生まれ、長岡の再建を後押ししたとされる。
同会は、渋沢栄一の呼びかけによって東京商工会議所が設立される以前に存在しており、地域主体の自律的な知的ネットワークとして機能していた点に特徴がある。現代における産官学連携の原型とも位置付けられよう。
三代にわたる「地域志向」の系譜
こうした連携の思想は、五十嵐社長が率いる東邦産業の歩みにも通底する。
同社は1963年創業。当初は明星セメント(現・太平洋セメント)の特約代理店として発足したが、高度経済成長期の建設需要を背景に鉄鋼分野にも事業を拡大し、現在の建設資材商社としての基盤を築いた。
実質的な創業者と位置付けられる五十嵐喜八郎氏は、新潟県庁出身で、投融資誘致に携わった経験を持つ。その人的ネットワークを活用し、行政との連携を強みに事業を拡大した。
二代目の五十嵐祐司氏は、新潟青年会議所理事長を務めるとともに、当時の建設省や運輸省の若手職員らと勉強会を組織。政策提言機能を備えたコミュニティを形成した。この枠組みからは、信濃川やすらぎ堤の整備構想や新潟空港の国際化に関する提案などが生まれ、現在の都市基盤整備に一定の影響を与えたとされる。
そして現社長の悠介氏は、企業価値向上に向けたSDGsの導入を早期から進めるとともに、地域課題への関与を経営の重要テーマとして位置付ける。人口減少という構造課題に対し、企業の枠を超えた取り組みが不可欠との認識から、「100年後の新潟を構想する会」の立ち上げに至った。
「異なる分野の人々と関係性を築きながら街づくりに関わる父の姿は、自身の原体験となっている」。五十嵐社長はそう振り返る。
「企業と地域の同時成長」をどう実現するか
人口減少局面においては、企業活動と地域社会の関係性が改めて問われる。労働力の確保、需要の維持、投資環境の形成といった観点からも、地域の持続性は企業経営と不可分である。
五十嵐社長は「企業のみが成長しても、地域が衰退すれば持続性は担保されない」と指摘する。そのうえで、企業と地域が相互に価値を高め合う関係性の構築が不可欠だとする。
「人口が減少していく流れ自体を止めることは難しい。しかし、その影響を緩和することはできる。人の流入が継続的に生まれる環境を整えなければならない」

「自分が死ぬときに、子や孫にどんな社会を残せるのか」を考えるという
次世代に何を残すのか
五十嵐社長が重視する思想の一つが、内村鑑三の講演録『後世への最大遺物』である。自身の生を通じて社会に何を残すのかを問うこの思想は、同氏の行動原理にも影響を与えている。
また、「一燈照隅」の言葉にも共鳴する。一人ひとりの誠実な営みが積み重なり、やがて社会全体を照らす力となるという考え方だ。
「一つの小さな行動でも、それが積み重なれば社会に影響を与える力になる。そうした動きが連鎖していくことが重要だ」
同会では今後、2026年6月に新潟市で開催される「JCIアジア太平洋会議(ASPAC)」も見据えながら、具体的な社会実験を進める方針である。分野横断のネットワークが、地域の将来像にどのような変化をもたらすのか。その試みが問われている。