【記者ノート】連続テレビ小説「風、薫る」主人公・一ノ瀬りんは、知命堂病院初代看護婦長がモチーフ! 上越市では官民一体で朝ドラ活用推進へ機運高まる

現在の上越市西城町に建つ知命堂病院の建物

ドラマ活用推進協議会立上げ、官民で盛上げ! ドラマ著者の講演会、のぼりやポスターなども

3月30日から放送開始された連続テレビ小説『風、薫る』の主人公一ノ瀬りんは、上越市西城町にある知命堂病院初代看護婦長を務めた「大関 和(ちか)」さんをモチーフになっている。そこで、同市では官民一体でドラマの活用効果を高めようと活用推進協議会を3月半ばに立上げ、様々な取組みを始めている。

既に市役所ロビーや歴史博物館、まちかど交流館等の公共施設に写真パネル展示しているほか、今後速やかにドラマの原案『明治のナイチンゲール 大関和物語』の著者を招聘しての講演会はじめ、のぼり旗やポスター掲出、パンフレットの作製、ロゴ関連商品のプロモーション、にいがた観光ナビ掲載など盛りだくさんの事業内容で観光誘客や観光推進による地域の活性化に繋げたいとしている。

 

看護へ理解深め、看護師目指す人増えるように

もう一つの事業はこのドラマ放映をきっかけに、看護への理解を深めて貰おうとの取組みだ。県看護協会では5月23日、「にいがた看護フェスタin上越」を開催予定。なお、医療現場での看護師不足が叫ばれており、看護関係者らは「このドラマをきっかけに、看護師を目指す人が増えてくれることを期待している」と話している。

県立看護大学(同市新南町、神田清子学長)でも、同大図書館で大関さんに関する『明治のナイチンゲール 大関和物語』等の本や看護専門雑誌を集めた特別企画展示を開催中。日本で最初に正規の看護師訓練を受け、しかも上越にゆかりのある看護の大先輩である大関さんへの理解を深めてもらおうと同大図書委員会が学生とともに企画した。

展示期間は七月までで、同大学生以外も貸出カードを作ると6月1日から借りることが出来る。また、過日の同大の入学式で神田学長は大関さんを「専門知識と技術、人を思う心を併せ持つ看護の在り方を実践した人物である」紹介しながら、新入生を激励する場面も。

 

帝国大学第一病院で正規の看護婦に

大関さん(1858~1932)は下野国那須郡黒羽藩(現栃木県大田原市)の家老の家に生まれ、19歳で結婚し2児(1男1女)を設けるものの離婚し、その後上京。

東京で牧師から日本初のトレインドナース(正規に訓練された看護婦)になることへの度重なる説得を受け、1886年(明治19年)桜井女学校付属看護婦養成所1期生に入学、その後帝国大学医科大学付属第一病院(現在の東京大学医学部付属病院)に実習生として派遣され、そこで来日していたアグネス・ヴェッチから看護学の指導を受け、卒業後の1888年(明治21年)に日本初の近代教育を受講した看護婦の資格を取得した。

その後同大付属第一病院での看護婦長を経て、1890年(明治23年)に桜井女学校の分校だった新潟県の高田女学校(現在の上越高等学校)に舎監兼伝道師として赴任。そこで翌年、第一病院時代に指導を受けた知命堂病院初代病院長となる瀬尾原始氏と偶然再会し、瀬尾病院長から請われて初代看護婦長に就いた。

約5年程勤務し、その間コレラや赤痢等の感染症対策、排せつ物の正しい処理や丁寧な清掃と換気、患者の身体や衣服を清潔にするなどの公衆衛生の普及にも尽力し、更に看護婦として働くだけでなく知命堂病院の産婆看護婦養成所等では講師も務めた。その間施療患者の解剖も行った。

その後1896年(明治29年)に東京に戻り、東京看護婦会講習所講師になり、後に自身の著書『派出看護婦心得』の刊行や著書『実地看護法』の原稿執筆などを開始した。明治44年には大日本看護婦協会東京組合長に就任。1932年(昭和7年)に74歳で死去した。なお、大関さんがこのドラマで上越市の舞台に登場するのは半年の放映期間の半ば頃と言われている。

 

竜哲樹
昭和25年新潟県上越市吉川区生まれ、新潟県立高田高等学校卒業。昭和48年3月富山大学文理学部卒業(教員免許取得)。元産経新聞社記者、元上越市議会議員。

 

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