【インタビュー】イタリア料理店「トラットリア ノラ・クチーナ」を運営する山田(新潟市) 山田秀行社長


大手企業に対抗しうる商売の基本は『ないものを作ってお客様に提案する』こと

新潟市北区に、評判を集めているイタリア料理店がある。「トラットリア ノラ・クチーナ」だ。古民家を改装した店舗と、地元・豊栄産の野菜のふんだんに用いたメニューで“ハレの日も普段使いもできるお店”として支持を獲得。今年の1月には新潟駅南に新潟鐙店も新設したことからも、人気の高さがうかがえる。運営するのは有限会社山田(新潟市北区)だ。山田秀行社長に、店舗運営に関することや今後の戦略などについて聞いた。

―2006年にノラ・クチーナを開店しましたが、その理由は?
「1996年に慶応大学を卒業後、銀行勤務を経て家業である飲食業(焼き鳥店鳥安などを運営する(有)山田)を継いだ。私は常々、小規模事業所が大手企業に対抗しうる商売の基本は『まだ誰もやっていないこと、ないものを作ってお客様に提案する』ことだと考えている。ただ、当社の規模だと大市場に出る余裕はない。どうしようかと考えていた時、当時の豊栄市などが地場の特産品であるトマトを押し出したキャンペーンを長年実施していることを知った。そのトマトをメニューとして生かせないか考えるようになった。都内などでは、地場産トマトが付加価値のついたメニューとして提供されている。これを豊栄でもやろうと考えた。焼き鳥屋など和食は、家庭料理の延長線上にあると捉えられがちなので、付加価値をつけるのは意外に難しいというのが認識にあった。当時、タウンページ(職業別電話帳)をひっくり返して調べてみると、豊栄を含めた阿賀北地域にはイタリア料理店が1軒も存在していないことが分かった。地場産トマトを、イタリアンメニューで付加価値をつけて提供するという方針が決まった」

「では、店舗はどうするか。当初は五泉市にあった農家の古民家を移築して始めようと考えていた。そんな矢先、地元・豊栄の料亭だった建物があることを知り、地元経営者の先輩から『手配するからそこを使え』と打診を受け、今の建物が決まった。ちなみに、ノラ・クチーナのノラは野良仕事、クチーナは料理という意味。野良仕事で獲れた野菜をおいしいイタリア料理で提供したいという思いを込めて名付けた」

―人材確保はどのように。
「開店する数年ほど前、当時発生していたプチバブルのような好況状態が崩れ、大都市で活躍していた地元出身の料理人が豊栄に帰ってきて、当社に雇い入れる状況が続いた。彼らに能力をフルに生かしてもらいたい。そう考えるうちに、ノラ・クチーナを手伝ってもらうようになり、今でも良好な関係が続いている」

―地場産野菜はどのように確保していますか。
「長年地元で商売させていただく中でお客様としてご来店される農家さんとの取引は行っていた。また当店のすぐ目の前では、地場の農家などが露天を並べる月6回の葛塚市場が実施されている。地元産の野菜、果物、魚などが多く並ぶ250年程度の歴史を数える市場で、地産地消の品をそろえるには申し分ない場所だ。この市場を当店でも最大限利用して、地場産食材を調達している」

―学生時代はアイスホッケーに打ち込み、今もたしなまれているそうですね。
「アイスホッケーはハードワークが要求される競技です。パックの動きを予想して最初の一歩を相手に先んじること、体力の限界を超えても相手以上に粘り強く足を動かし続けることが勝敗を決めることを学びました。そんな中で培った考え方が『拙速は巧遅に勝る』ということ。7割の構想でまずは着手。そして何事も決めたことはやり遂げるべきということだ。ノラ・クチーナを始める時もとにかく『絶対にうまくいくはずがない』などと周囲から言われたが、初志貫徹で現在まで来た」

―今後の事業戦略は。
「ノラ・クチーナ豊栄本店のオープンから13年やってきて、ようやく世間に認知されてきたかなと感じている。当社で働きたいと門をたたいてきてくれても人材も増えている。これから先、従業員にもっと安心して働いてもらうためにも「家業」から「企業」へと脱皮する時期だと感じている。鳥安など社内の他店舗との融合やセントラルキッチン機能導入も視野に入れていく。現在私は47歳。鳥安は再来年で50年。ノラ・クチーナを始めたのは事業の幅を広げ企業としての永続性を高めるためだ。今後も事業環境などを見極めながら、100年企業を目指すことが私の夢であり使命だと思っている」

山田秀行社長

トラットリア ノラ・クチーナ

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biz Link2019年12月10日号より転載