【文明論】第2回「みちのく」 山賀博之(株式会社ガイナックス元代表取締役社長)


日本の行政区域的にいうと新潟県は中部地方にあたる。離れた地域、特に西にお住まいの方々は、「新潟は東北だ!」と、まるでこちらが出自を偽っているかのように断言されることも多いのだが、奈良時代以前まで遡っても、新潟(越後)は東北の境界の外側にある地域だ。だが、この単なる事実を話すときにちょっと困ったことがある。多くの人の心の中に潜む東北に対する偏見。千年前も今も変わらぬ、文明の光が届くのが遅い田舎を馬鹿にするあの侮蔑感だ。

新潟と山形の県境の鼠ヶ関、栃木と福島の県境の白河関、茨城と福島の県境ににあったらしい勿来関、この3点を結ぶラインから北が出羽・陸奥国であり、みちのく、エミシの故地、日本のスコットランドと言われる(?)今の東北地方である。

四国や南九州、島しょ部など、古くから変わらず(中央が機内から関東へ移っても)辺境とされてきた土地は西にも南にもあるはずだが、そのような地方の人たちからさえも、東北は同じ国の田舎というのとは違った扱いを受けることがある。

そこへ、「いや、新潟は違うんです」と主張を繰り返すのは、なんだかローマ兵に三回もキリストなんか知らんと言った使徒になった気分というか、さらには田舎者の敵は隣の田舎者。みたいな話にだってなりかねないので、近頃はその件には触れないようにしている。大半の人が思っているように、新潟が東北であるかないかなんてどうだっていい話だ。(電気だって東北電力だし)

しかし、近くてもやっぱり違う。それは新潟に暮らしていてもあまり感じられなくて、東北への国境を越えるといきなり立ち現れるフィクション性。その素朴な人間味の中に宿る冷えに冷えたる闇の物語だ。
雪国と言っても北国を名乗るにはやや緩い土地である新潟の私には、峻厳な東北特有の「ゴシック」をそこに感じ取ることがある。ラフカディオ・ハーンは山陰の松江にそれを見たようだが、彼にはぜひ東北にも住んで欲しかった。この土地は、エミシ対ヤマトの戦争が一段落ついた9世紀より以前から、日本の中央に暮らす雅な人たちのフィクションの源泉、物語の故郷であり続けたのだから。

和歌の題材となる情景などを歌枕という。天皇の「歌枕見てまいれ」の一言で陸奥に飛ばされた歌人の貴公子がいたらしい。風雅な左遷の辞令だったと思う。要するに当時の京都から見ればコロニアル情緒満載の新世界だったわけだ。

平安の中頃まで、東北地方にははっきりと民族固有の言語と信仰が存在し、原住民は漢字で表記し難い地の名前で呼び合っていた。11世紀の後三年の役まで下っても、文書には清原や安倍の家名が残るものの、それは中央向けの名乗りであって、(小学校のとき通っていた英語教室での私の名前はCharleyだった)彼らの地元では屋号というか別の名前があったのではないか。少なくとも名目上は鎌倉時代に至るまで、東北は征夷大将軍が「征伐」に向かうような異民族の土地。つまり外国だった。

そこに感じる「ゴシック」。という話の前に、本家であるヨーロッパの同時代を見てみよう。たぶん十字軍の遠征華やかなりし時代。と言ったほうが捉えやすいだろう。帝国の滅亡後何百年経っても文明と呼べるものはイタリアのローマにしか無く、後世にヨーロッパ文明の中心となるロンドンやパリなどは手つかずの森に囲まれた辺境の町のまま。イタリアに住む都びとたちは、そんな地方に建てられた奇抜なデザインの教会を、ゴシック=田舎っぽい。と評した。

確かに、ちょんちょんに尖らせた塔や意味不明の装飾が、日本の田舎の暴走族やヤンキーのセンスに通じなくもない。だが、その大聖堂を誇らしげに築き上げた側の意図は中央への反抗ではなく、むしろアルプスの向こうで光輝くローマ文明を如何に自分たちの薄暗い森へ誘致するか。にあった。

その地元振興の運動に対する中央からのアンサーは、ルネサンスという光となって届いた。「田舎っぺよ。正統とはこういうものだ」と… これが本来の(つまり音楽ジャンルではない)クラシック=一流。古典主義の始まりとなる。そこからバロックが生まれ、ロマン主義の19世紀でみなさんご存知のヨーロッパが完成するわけだが、注目すべきポイントは、この時もう一度ゴシックが復活するところにある。

それまで中世末期の建築様式のみに使われてきたゴシックという言葉だったが、なぜかイギリスの文化人たちにビビッと来たらしく、大英帝国の版図とともにその守備範囲を大幅に広げ、単なる趣味から哲学、精神性にまで意識高い人たちの間で好んで使われるようになった。その分、いったい何をもってゴシックというのか分かりづらくはなったが、知性と神の光の届かぬ闇やその暗黒っぽさをテーマとしている。と捉えれば概ね間違いはないだろう。
神秘的な怪談や廃墟、荒野、異形の怪物といったアンチ文明的な闇テーマを、なぜ真っ先に産業革命を成し遂げたばかりの先進国の人々が求めたのか。

科学の発見や技術の進歩に逆らうように、いや、むしろ歩調を合わせるかのように人は変わってゆく社会の中で、そういった文明の外にあるフィクションへと心を寄せてゆく。

それは舞台美術のように現実の建築へデザインされ(ビッグベンの時計塔で有名な英国国会議事堂はその頃の新築だ)、小説としては『吸血鬼ドラキュラ』や『フランケンシュタイン』(それぞれルーマニア、ドイツが物語の舞台というところがいかにもな感じがする)、フランスなら『オペラ座の怪人』など怪奇ものに人気があった。そういえば『名探偵シャーロックホームズ』も亡霊の仕業のような不可解な事件にいどむ科学的探偵の話だった。

そうした闇や暗黒のフィクションが、知性を超える神秘。怖れ。崇高さ。過ぎ去る時への哀愁。宿命や死の物語を通じて、ローマ的な古典主義が侮蔑し排除してきた素朴な地方の不合理さを捨てきれぬ情念に変え、社会に埋没する個人をすくい上げるという役割を担った。と考えれば、田舎の郷愁であるゴシックが新しい文明人たちに求められたのも頷ける現象だろう。

今の日本でゴシックといえば、ゴスロリ・ファッション。ハロウィンなどやはり黒いイメージがある。広告のデザイナーにしたってあまり彩度の高い色彩を使うことはないだろう。(かぼちゃのオレンジと血の赤は別だけど)
しかし当初のゴシック、つまり13世紀ごろから、ヨーロッパの各地で盛んに建築された大聖堂はそうではなかった。その特徴を言えば、てっぺんの尖った砲弾型のアーチが作る高い天井と、大きな窓のステンドグラスが真っ先に挙がるが、その両方とも主題として扱われているのは光だ。

砲弾型のシルエットとしてアーチを見てしまうと気がつかないその意匠。実は、両脇の柱である木の幹から弧を描いて伸びた枝が真ん中で重なり合ってああいう形となっている。つまり、大聖堂の内部は森の中であり、ステンドグラスを透過して射し込む光は木漏れ日を模しているのだ。

イギリス、フランス、ドイツといった土地の歴史の地層深くには、ケルトの森の生活と信仰があり、それらとアルプス以南の温暖な地域から文明に伴ってやって来たキリスト教との折衷の結果がこの建築らしい。

土着の様式とか風習などがいったん裏へまわって、先進国から来たものを表に掲げるというケースはどこの国にもある。それこそを地域の発展、文明の開化と呼ぶだろう。

そんな場合、表の社会の揺るぎなさ(実際はけっこう揺らいでいるわけだが)、正統性に対して裏へまわったものというのは、どこか後ろめたく不善な気をまとっていて、知性派からは恥とされ、蔵の奥に押し込められ、できれば他所の人の目には触れられたくない。といった扱いを受けることになる。そして、かつては現実として存在していたそれらは蔵の闇の中でどんどんフィクション化してゆく。

ここで起こる真に不思議な現象。それは、晴れて新しく文明人となった人々の脳内で進行する現実とフィクションの逆転(正確には混乱)である。

日は昇り、日は沈む。その中で人々は生活してきたはずだ。しかし先進国から来た文明は唱える。地面は大きな球であり、そっちのほうが回転しているのだと。これまで君たち野蛮人が認識してきた現実は単なる錯覚だと。

話を東北に戻せば、みちのくを舞台とした物語に、安達ケ原の鬼婆伝説がある。そこを通る旅人を襲った連続殺人犯の話だが、福島県二本松市にはこの鬼婆が退治され葬られたという塚があって、立派な観光名所となっている。

どうも平安の終わり頃に都の貴族が作ったフィクションらしい。室町時代には『黒塚』という能に仕立てられて有名になったようだ。しかし、その現場であったと名乗りを上げている福島のほうでは、安達ケ原の鬼婆は実在した人物であり、その犯行現場だという岩屋の跡もしっかりと(再現して)ある。

執念、恨み、呪い、宿業… そんな現実に存在するやりきれない境遇や心情を、ただ不合理だと言って捨て去ることなどできるだろうか。法律を制定し、医学を普及させ、文明はすべてを解決してゆこうとするが、同時にそれまで人々が感じてきた現実を否定してゆく。歩けないほど脚が痛いのに、「あなたの脚に異常はありません」と医師に言われたら、「これは私の錯覚です」と宣言しながら痛がるより他ない。

鬼婆が旅人の髑髏を溜め込んだという岩屋の跡が、偽物か本物かなどの考証にまったく意味はなく、古くから観光地となり多くの人に足を向けさせるのは、そういった知性による否定を、伝説という形をとることで、どうにか潜り抜けてきた裏の現実が招くからではないだろうか。

光の座から追われたそのような現実は、過剰とも思えるほどに闇を吸収して黒いフィクションを創り出す。それが「ゴシック」なのだ。

では、本来の現実が文明化の中で、フィクションにしか存在できなくなったのだとしたら、我々が日常的に「現実」と呼んでいるものは、いったい何なのか?

錯覚や嘘を排除して「これぞ現実だ」と言えるもの。それは諸現象に対して高い整合性のある論理的モデルだろう。またの名を科学ともいう。文明人はこれを器用に使いこなし、数十分後、数日後、場合によっては数年後の未来をも正確に予測し自分が取るべき行動の計画を立てる。間違いなく我々はこれを「現実」と呼んでいるはずだ。しかし、これはおかしい。どんなに再現性が保証されていようとも、まだ触れてもいない金を、すでに受け取った収入としてカウントするような危うさがある。(その場合、当日になっても入金の通知が送られてくるだけだが)

これは、文明社会をただ信頼して生活しているというこの状態は、現実と呼ぶよりはむしろフィクションに分類されるべきではないのか?

なんとも居心地の悪い、このふわふわとした現実感(非現実感)はなにも21世紀の日本に限ったものではないと私は思う。平安の都びとたちは碁盤の目のような中国風の都市に暮し、漢字を使い、もはや取り戻せなくなったありのままの現実を、和歌にのせて唄ったのではないだろうか。その現実を押し込めた蔵が、遥か遠く闇の奥に歌枕の見れる国、みちのくだったと私は考えている。

中央が京都から東京へ、中国文明からヨーロッパ文明に変わってもこの地域は日本人の情念の保管場所という他の田舎とはまた違った役割を担っていて、そこに独特の「裏」感があるように思えるのだ。

自分なりの文明論であるが、割り切ってしまえば、現代の文明は「ゴシック」と「古典主義」と「バロック」の三つの軸で捉えることで、かなり分かりやすい視点を得られると思っている。

言うまでもなく学術的な説などではない。あくまで素人の物語作者としての作業上、便利に使えるコツみたいなものだ。フィクションというものを巡って人々がどんなものを買い求めるのか。何を貴び何を蔑むのか。そんな社会の行う評価を、自分の知る範囲でしかないちっぽけな普遍性(へんな言葉だ)に結びつけているだけのこと。しかし、これはこれで自信をもってお薦めできるコツだ。

「バロック」は前者二つのアウフヘーベンと考えているので、その話はもっと後にしたいと思う。「ゴシック」と「古典主義」はこの単元でも述べ始めたように、今の我々が生きている世界を文明の光と闇でとりあえず単純に捉えたもので、まずはこの二つの軸を掘り起こしながら話を進めていきたいと思う。

 

(絵・岸田國昭)

 

第1回

 

山賀博之

1962年新潟市生まれ。大阪芸術大学芸術学部を中退し、アニメーション制作の株式会社ガイナックスを設立。同社の代表作である『王立宇宙軍 オネアミスの翼』(監督・脚本)や『新世紀エヴァンゲリオン』(プロデューサー)をはじめ、『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』(サンライズ 脚本)、『ピアノの森』第2シリーズ(ガイナ 監督)など多くのアニメ作品に関わる。

現在、還暦。フリーライター。新作「蒼きウル」を鋭意制作中。自称「世界奢ってもらう選手権第一位」「大馬鹿者が好き」。

 


 

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