【ユキグニファクトリー 湯澤尚史社長に訊く】「経営刷新」「売場改革」「キノコのお肉」…ワクワクが止まらない会社への変貌

  • 3か月前

スーパーでキノコの売り場が変わった

「株式会社雪国まいたけ」は、2025年4月に商号をユキグニファクトリー株式会社へと変更した。

食卓にのぼる食材、しかも自然食品であるキノコを供給する会社にあって「ファクトリー=工場」と銘打つことは、ある種の冒険だったのではないか。しかし、この会社が歩んできた道程、そして今の姿を合わせ鏡のように見ると、その語感から無機質さが消し飛びワクワク感が増すから不思議だ。

世界で初めて人工栽培で舞茸の量産を実現した「雪国まいたけ」は、創業者による圧倒的なエネルギーとリーダーシップによって牽引されてきた会社だった。その一方で、偏った中央集権のかじ取りは、経営のひずみと内部統制の崩壊を呼ぶことになった。その結果、創業家は会社を去った。2015年には米投資ファンドによるTOB(株式公開買付)で事実上、経営権が移動した。

雪国まいたけは、いたずらに広げ過ぎた翼をいったん閉じ、強みであるキノコの生産販売へと注力を高めていくことになる。2015年に自社での菌株開発が実現して市場競争力を手に入れると、ブナシメジやマッシュルームなどラインナップを増強し、キノコの総合メーカーとして開花していく。2015年に一度は東証二部上場を廃止したが、2020年に東証一部へ再上場。2025年には世界で初めてキノコ由来のタンパク質食材(代替肉)「キノコのお肉」を世界で初めて開発し、新たな分野も切り拓いている。

2022年に就任した湯澤尚史代表取締役社長は、創業家撤退後初の「生え抜き社長」であり、創業家経営時代の「雪国」と現在の「ユキグニ」、その両方を肌で感じてきた立場でもある。12月某日、南魚沼郡六日町のユキグニファクトリー本社に湯澤社長を訪ねた。

―― 湯澤社長は、創業家経営の時代は営業部の社員として在籍した「生え抜き」ですが、経営刷新する前の生産体制と現在を比べると、生産体制に大きな差があるようですね

湯澤社長 私が大学を卒業後にこの会社に入社したのが1995年ですから、もう30年になりますね。ずっと営業畑を歩んできたのですが、当時は生産課など他の部署と連携することはもちろん、ほとんど話をすることもありませんでした。そういう経営方針でしたから。そのため組織がサイロ化し、連携が阻害されていました。

当時の国内キノコメーカーはどこも、種菌を専門業者から買って生産していました。そのころの品種は外気環境に左右され、生産も安定していなかったのです。特に寒さに弱かったため、1年でキノコが最も売れる鍋料理の時期に欠品するなど、売れる時に生産が間に合っていないことも珍しくなかった。情報共有できていないので営業は生産計画を把握できない。長い時間かけてお客様と練ってきた販売企画も、当日に「生産不良で出荷できない」などということも続発して、トラブルになることも多かったのです。

―― 自社による株菌の開発が実現したことで、新たな商品開発や営業面でも大きなゲインとなったようですね

湯澤社長 新しい株菌(極(きわみ)菌)から生まれたキノコがもたらしたものは、単に「株菌を買わなくてよくなった」だけではありません。今はほぼ完全に計画生産できるようになりましたし、一株当たりの量も増えた(単重にして1株約700gから約900gへ増量)ので全体の生産性が上がりました。
必要な時に最大の量を生産できる、供給できるということで、中長期にわたって生産計画が組めますから、小売店の売り場と一緒になって販売計画を準備できるということで、新たな需要創造にもつながりました

―― 新たな需要創造のお話ですが、家庭の食卓にとってキノコ(=まいたけ)の受け入れられ方が変わってきたように見受けられます

湯澤社長 昔は冷ケースの奥の方、上段にひっそり並べられていることが多かったのですが、近年は青果コーナーの目立つ場所に「平台」で並べられている姿も多く見かけるようになりましたね。売り場との信頼関係が構築される中で、消費者の方々の要望もフィードバックされるようになりました。これにより、それまでのプロダクトアウトの考えから脱却できたと思います。

そうしたマーケットとの連携の中から生まれたのが、70g入りの小分けの「食べキリパック」です。それまでは1ポーションで100g以上の商品がメインで、「お試し」で買うエントリーユーザーを取り込めずにいました。それで一袋を小分けにして、たくさんのパックを作ろうと。ただこれは生産サイドにとって非常に効率の悪い商品なのです。そこで当時営業本部長だった私は、生産部の会議に出席させてもらい、小分け商品の必要性を訴えてようやく実現にこぎつけました。かつての体制では、部門の垣根を飛び越えて会議に出るなどということは許される空気ではありませんでしたよ。それでようやく食べキリパックのローンチに漕ぎつけたのですが、今ではこちらがメインになり、全体の売り上げを牽引する存在になりました。

食糧の安全保障から「キノコのお肉」への道筋

―― 現在、御社のキノコ全体の年間販売量はどのくらいですか

湯澤社長 過去は年間1万6,000トンほどだったものが、ここ10年で約2万1,000トンにまで拡大しました。一般的には、マーケットの拡大しようとなったら工場を大きくして生産量を上げるのが近道ですが、施設自体は大きくしなくても、一株の生産量が上がって小型商品が売れるようになったことで、これだけ拡大できたのです。販売と生産の両輪がようやく嚙み合ったおかげで、需要創造がかなったのだと思います。

2024年の数字で言えば、国内のまいたけの市場は総生産量約5.7万トンで、そのうち当社のシェアが51.1%です。弊社が過半数のシェアを持っているのは、生産が難しくて参入障壁が高いという理由もあります。ここに関してはドミナント構造ができていると言ってよい、強い土台となっています。

―― 生産計画が完全に管理できるとしたら、食糧自給率が低迷する日本にとって、キノコという食材の位置づけそのものが変わってくるのでは。物価がこれだけ上がっている中でキノコ類の小売価格は以前とさほど変わりなく推移していますよね

湯澤社長 そのとおりです。気象変動のせいで通年で野菜の生産量が不安定な今、計画的に生産できるキノコの位置づけは上がってきますね。そもそもキノコに含まれる成分が、免疫力や腸活とも関係していて、健康志向にも即していますから。もし今、日本が何らかの理由で食糧難になったとしたら、計画的に安定的に生産できて栄養価も高いキノコは重要な役割を担うのではないかと思っています。

ユキグニファクトリー「キノコのお肉」シリーズ

―― キノコ由来のタンパク質食材「キノコのお肉」の開発も、日本の食糧安全保障に無関係とは思えません。グローバルに見ても、ソイミート(大豆由来の代替肉)など代替肉マーケットへの投資はかなり熱を帯びています

湯澤社長 (日本の食糧自給率向上が)きっかけの一つではあります。牛肉を1キロとるために、どれだけの穀物飼料を必要とするでしょう。カロリーを畜肉に頼るというのは相当な環境負荷がかかります。ならばソイミートにタンパク源を求めようと思っても、94%は輸入に頼っていますからね。計画生産できるキノコがタンパク源となれば、きわめて理想的な受け皿になり得ると思います。

 

キノコのチカラ、ミライのセカイ

―― 「キノコのお肉」はどんなマーケットに狙いを定めていますか

湯澤社長 現在はミートソースなど調理済みの食材と合わせて、日常品で毎日の生活に欠かせないものの売り場に置いてもらっています。代替肉とは言いますが、位置づけとしては肉の置き換えではなく、ヘルシーなたんぱく源としてのプラスアルファ商品。肉とのトレードオフではないのです。今後は外食産業やCVSなどにも展開していきたい。既存のNBとのコラボや、どこかのリテールとのコラボも良いと思ってます。キノコのお肉は、牛なのか、豚なのか、鶏なのかと言われれば、どの肉にも寄せているわけではありません。肉のような食感とキノコ特有の豊かな旨味成分、でもキノコの味がするわけではない。キノコ嫌いのお子様が食べられる食材としても注目されています。

―― 2025年はユキグニファクトリーへと商号を変え、新たなブランディングへと歩を進めた年になりました

湯澤社長 お話しした通り、事業の幅、エリアがかつてに比べてかなり広がってきた中、雪国まいたけという社名はいささか窮屈になってきました。まいたけだけでなく、エリンギやブナシメジ、マッシュルームなども構成比として大きくなってきた。キノコのお肉という新しい分野にも進出しました。また地域的にも「雪国」ではない生産拠点が多く稼働しています。マッシュルームなどは「晴れの国」の岡山県で作っているし、2024年にはオランダにもバイオセンターが開設されました。一方で我々のアイデンティティである「雪国」発を継承したい思いは強い。考えた結果、コーポレートブランドと商品ブランドを分けようと。雪国エリアで作っているものに関しては漢字の雪国で、それ以外はカタカナのユキグニに。「ファクトリー」はモノづくりの大きな受け皿として、ワクワク感を付与した語感です。

当社は経営のパーパスを「キノコのチカラ、ミライのセカイ」と定めました。キノコ事業を行うもの責務として、キノコのチカラで皆様の健康に寄与する。そういう会社として、必要とされ続けたいと思っています。

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