【シン・トウジ(湯治)】「医者が青くなる」村杉温泉(阿賀野市)が、ウェルネスの聖地として「見つかり」はじめた
新潟県にとって、村杉温泉という国内屈指のラジウム温泉を有することは、まぎれもない宝である。にいけいの読者はどれほどご存じだろうか、村杉温泉の凄みを。
本格的な行楽シーズン直前に、村杉温泉がどういう存在の温泉なのかを今一度紹介したい。
目次
〇「古(いにしえ)の湯治場」だけでは語り尽くせない
〇 国宝級のラジウム泉、その理由
〇ウェルネスの聖地へ「新・湯治」のススメ
〇4,000坪の庭園で、ラジウム泉を「呼吸する」
「古(いにしえ)の湯治場」だけでは語り尽くせない
阿賀野市の旧笹神村・五頭山麓に広がる「五頭温泉郷」。その代表格が村杉温泉だ。7軒の宿泊施設と1軒の公衆浴場から成る歴史深い温泉地である。温泉地の中には足湯や飲泉施設も設置されている。

温泉地の中には屋外の飲泉施設もあり、遠方からタンクを持参して汲みにくる人も多い
「建武2(1335)年に足利氏の武将である名護屋尾張守の家臣であった荒木正高が戦乱を逃れてこの地を訪れた際、薬師如来のお告げによって湧泉を発見した」という伝説が残され、『村杉温泉由来記』をはじめ多くの文献に残されている。こうした由来で、同年をもって村杉温泉の開湯年とされている。

村杉温泉開湯の祖に由来する薬師如来
江戸期には湯治場として大いに賑わったという記録がある。ただしこの時点ではあくまで「近郷の湯治場」という存在に留まっていたようだ。この鄙びた山の湯治場が全国的に注目を浴びることになるのは、大正期に入ってから。
大正3年に、新潟医学専門学校(現在の新潟大学医学部)の教授が村杉温泉の泉質を分析した結果、多量のラジウムが含有されていることが発見された。希少なラジウム泉は、当時の日本でも大いに注目され、全国から湯治客が足を運ぶようになる。
共同浴場の周りには、長期滞在する湯治客が調達する食料品を扱う市が立つようになった。15軒の旅館が営業し、大正8年には新潟県で初めてフォード製の乗合自動車を走らせ送迎に用いたというから、かなりの賑わいだったと言える。
当時の文献には「近來ラヂウム温泉たること世に知れ渡りて、遠きは九州東京より北海道に至る全國の遊子(ゆうし)を引き寄せ、紳士淑女の滞在相次ぐを以って、接待の程度大いに上がりたれども、他に比すれば、猶ほ、遥かに低廉なり」とある。全国から湯治客が来て、宿の接待もずいぶんレベルアップしたが、かかるコストは相変わらず廉価だ、というような内容だ。
ただ当時は、ラジウム泉が貴重で健康に良いとは思われていたものの、詳しい効能までは判明しておらず、「婦人病に効く」という点から「子宝の湯」として知られていた、という範疇だった。
国宝級のラジウム泉、その理由
全国的にも希少なラジウム泉(新潟県では村杉温泉と栃尾又温泉の2カ所のみ)が、本当の意味で「奇跡の温泉」と認知されたのは、村杉温泉が全国からの湯治客で大いに賑わった大正期から約80年の後、1992年である。岡山大学病院三朝医療センターが「三朝温泉の住民のガン死亡率は、全国平均や周辺よりも低い」という研究発表を行った。
その後、ラジウム泉が秘める健康効果のメカニズムは次々に解明される。

国宝級と言われる、指標の高いラジウム泉
現代医学で最も注目されるのは「ホルミシス効果」だ。人体の免疫力を引き出すなどさまざまな機能を亢進する効果を指し、これをラジウム泉が呼び起こすことが報告されている。当時ミズーリ大学だったトーマス・ラッキー生化学教授は1978年に上梓した著書で「生物に対して通常有害な作用を示すものが、微量であれば逆に良い作用を示す生理的刺激作用」であるホルミシス効果を記している。この延長にあるのは、ラジウム泉に含まれる微量な放射線が人知を超えた免疫力向上、活性化を呼ぶというものだ。
人体と免疫力の関係はいまだ多くが未解明であり、その点で「免疫力が引き出される」というエビデンスがいかほどのものかというのは想像に難くない。免疫力は、いわば生体の自然治癒力である。医学界からも大いに注目を浴びた。

右が初代の共同浴場、左が現在の建物
これ以来、ラジウム温泉は、その希少性も手伝って全国の注目の的となる。くだんの岡山県三朝温泉、秋田県の玉川温泉、山梨県の増富温泉などがまさに「奇跡の温泉」と呼ばれ、全国の湯治客がかの温泉地を目指すというブームも沸き起こった。
その中で村杉温泉である。
村杉温泉は現在4つの源泉があり、2001年に掘削された3号井が7軒の旅館に温泉を供給している。この村杉温泉3号井のポテンシャルが、ここに挙がる「奇跡の温泉」と比較してもとにかく突き抜けた数値なのだ。
村杉温泉3号井は、開湯当時に国内最大級の204.7マッヘ(放射線含有量の単位)を記録、ラジウム泉にしては驚異的な毎分483リットルの湧出量を誇る。
温泉法では、微量の放射線を含むラジウム泉やラドン泉、トロン泉などを「放射能泉」と定義し、療養泉として認定しているが、数値としては温泉水1kg中にラドンを3ナノキュリー( = 8.25マッヘ単位 = 111Bq)以上含有する温泉は放射能泉として認められる。これを考えても、村杉温泉3号井から出る湯の放射線含有量は圧倒的。全国温泉ファンの垂涎の的、秋田県玉川温泉の浴室と同等の含有量なのである。
また通常の温泉の平均湧出量が源泉1本で毎分約100リットル、湧出量の少ない放射能泉の場合は毎分20~50リットルが相場の中で、とんでもない数値。免疫力を上げると言われる「奇跡の温泉」が、それこそ滾々(こんこん)と湧き出でている状態だ。
ある著名な学者が、この圧倒的指標に「この温泉は国宝級だ!」と感嘆した。多くの学術者が村杉温泉に着目し、あらゆる研究の対象となった。
2024年4月には、産学連携研究「ラジウム温泉浴が健常成人の血管内皮機能、生理学的検査値および自覚的体感に及ぼす影響」が新潟医学会で発表がなされた。結論として「ラジウム温泉浴が及ぼす生理的作用について(中略)入浴中および入浴後の血流依存性血管拡張反応率と血管拡張径を増加する効果があることを見出し、かつ血圧低下や自覚的体感も向上させることを明らかにした」とされている。
今後、村杉温泉3号井の「濃厚で豊富な」ラジウム泉は、医学的見地においてもますます注目されていくことは間違いない。
ウェルネスの聖地へ「新・湯治」のススメ
村杉温泉を含む五頭温泉郷(ほかに出湯温泉、今板温泉。主たる泉質はラジウム泉)は2016年に全国93番目の「国民保養温泉地」として指定されている。
国民保養温泉地とは、温泉の公共的利用増進のため、温泉利用の効果が十分期待され、かつ、健全な保養地として活用される温泉地を「温泉法」に基づき、環境大臣が指定するもので、1954年から指定が始まり、2022年時点で全国79カ所の温泉地が指定されている。指定にあたっては「療養泉」を有する温泉地に限られ、湧出量の目安が温泉利用者1人あたり0.5リットル/分以上であることなど、数々の条件が設定されている。温泉大国の我が国だが、その中でも質的に担保された温泉地に与えられる称号である。
また環境省では、2017年7月の「自然等の地域資源を活かした温泉地の活性化に関する有識者会議」で、現代のライフスタイルにあった温泉地の過ごし方の提案「新・湯治プロジェクト」を提言し、ここまで多くの地域・団体が参画している。
「新・湯治」の背景には、人々温泉地のかかわり方が、時代を追うごとに変化してきたことがある。昔は文字通りの「湯治場」として、人々が長期滞在で療養に訪れていた。それが戦後の高度成長期以降は団体旅行の定着により温泉地が発展する一方、療養や保養の場としてのカラーは薄れていく。そして近年は、また団体旅行が廃れるとともにウェルネスツーリズムなど、温泉旅行の形態が多様にいくつものクラスターを形成するようなった。
「新・湯治」のコンセプトは、今一度温泉地の役割を見直すことで、温泉入浴だけでなく周辺の自然や歴史、文化、食などを活かした多様なプログラムを楽しみ、心身ともに元気になる、というもの。
事業内容は大きく分けて「楽しく、元気になるプログラムの提供」「温泉地の環境づくり」「新・湯治の効果の把握と普及、全国展開」の3要素で、これらを地域会社やDMO、広域の産官学連携によって取り組んでいこうというもの。国民保養温泉地が中核的・先進的な役割を担っている。
なかでも村杉温泉を含む五頭温泉郷は、全国でもいち早くこの取り組みに参画し、けん引する存在だ。
2018年には「健康と温泉フォーラム2018・地域で活かす温泉 ―生命と心のサンクチュアリ― 温泉新時代へ」が開かれ、地元阿賀野市がその会場となった。プログラムの中心は「新・湯治」である。新湯治セミナーのパネルディスカッションには、阿賀野市観光協会会長であり五頭温泉郷旅館協同理事長を務める、村杉温泉「風雅の宿・長生館」の荒木善紀代表取締役社長がパネラーとして参加した。

「疲労が少なくなった」という回答

「コリや痛みが少なくなった」という回答

「冷えが少なくなった」という回答
2024年には「令和6年度・全国『新・湯治』効果測定調査プロジェクト」(調査期間は8月~12月)で、国民保養温泉地の中から選ばれた5温泉地・5団体が対象となったが、村杉温泉「風雅の宿・長生館」もその中に含まれた。これは温泉地を訪れた293人の旅行者を対象に自記式で行われた調査だが、注目すべきは「温泉地利用後の心身の主観的変化」についてである。「より幸せを感じるようになった」「ぐっすりとした良い睡眠がとれるようになった」「疲労が少なくなった」の項目で、それぞれ8割以上の人が「改善」を感じたと回答した。また7割以上の人が「疲労回復」「ストレス解消」「冷えの解消」「コリや痛みの解消」に「改善」が見られたと回答している。かなりの高水準だ。
4,000坪の庭園で、ラジウム泉を「呼吸する」

村杉温泉・風雅の宿 長生館
「環境省からも村杉温泉の良さをご理解いただき『このデータを、あらゆる場で活用してはどうか』と背中を押されました」(荒木善紀代表取締役社長)
五頭温泉郷は、ラジウム温泉のとびぬけた泉質に加え、湯治場としての豊饒な歴史、豊かな自然環境、多彩なアクティビティや食文化を兼ね備えており「新・湯治」の偏差値は全国的に見ても上位にある。事実、全国の国民保養温泉地を対象に平成28年度から行われている「温泉総選挙」では「スポーツリハビリ部門」「ファミリー部門」などで連続してベスト3を獲得するなど高く評価されている。

季節の花々に彩られる4,000坪の大庭園は見事
これに加えて2024年調査の結果が示す通り、訪れた(滞在した)利用者の7~8割以上が、あらゆる健康面の効果について「改善した」というデータもある。
まさに新潟県の宝(どころか日本の宝!)たる観光資源に思えるのだが、その一方で、最新のGoogleの検索数ランキングでは、全国の国民保養温泉地の中で66位と決して高くないのは残念なところ。きわめて優秀な温泉地ながら、名前が浸透していない現実に対し、地元ではアナウンスの声をさらに上げていきたいところだ。
4月18日、記者は村杉温泉「風雅の宿・長生館」を訪ねた。
長生館は、村杉温泉にある7軒の宿の中で唯一、源泉浴槽を有する。もちろん村杉温泉三号井の「濃厚ラジウム泉」も引かれている。館内には「飲泉施設」もあり、自由に利用できるのが良い。

館内にも飲泉施設がある
長生館には古くから著名な文人が訪れた。その中には元内閣総理大臣の近衛文麿公もいる。戦前の貴族院議員が、長生館が誇る4,000坪の大庭園に集まったこともある。そもそも村杉温泉開湯の祖ゆかりの宿であり、豊饒な歴史絵巻には事欠かない。
季節の花に彩られるこの大庭園がまた見事。実はここでゆったり過ごす時間こそ大変意味がある。ラジウム泉は、湯に浸かるのも飲泉するのももちろん健康効果があるのだが、最も効果的なのは「気体を吸うこと」なのだという。五頭温泉郷のラジウム泉には気体の「ラドン」が多く含まれるが、湧出した時点で空気中に飛散するのだという。空気中に多く存在するラドンが、呼吸器から血液循環に入り、全身にいきわたる。

ラドンが溶け込んだ空気の中で外気浴できるテントサウナも完備

「森林セラピー」+「ラジウム温泉」でウェルネスの聖地へ
長生館では、この庭園を活用してジャズライブや、ヨガなどのイベントを開催するほか、テントサウナも設えている。サウナで汗を流した後、空気中のラドンを思い切り吸いながら外気浴。「整う」はずである。
大庭園の背景にある「鎮守の森」に入って癒されるのはいかがか。「奇跡の温泉」を吸い込みながら「森林セラピー」で癒されるという二重の効果が期待できる。
荒木社長に、村杉温泉の「これから」を聞いてみた。

風雅の宿 長生館の荒木社長。大庭園にて
「ここを訪れる方には温泉に入って、自然に浸って心と体を癒していただきたい。ラジウム温泉の力を、もっと知っていただく必要があります。村杉温泉が『ウェルネスの聖地』としてブランディングできたら良いですね」
緑目にまぶしい季節、五頭の麓の村杉温泉を訪れ、思いっきり深呼吸してみるのはいかがか。
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