【社長インタビュー】「昭和の役所」のような停滞した職場を「楽しく働ける職場」へ 越後天然ガス・小出薫社長が語る組織改革と人材育成

「まるで昭和の役所。『地域独占が認められているインフラ会社だから、俺たちは一生安泰だ』という雰囲気」。越後天然ガス株式会社(新潟市秋葉区)の小出薫代表取締役社長は、2008年に入社した当時の社内をそうバッサリ言い切った。

小出社長は県外の大学を卒業後、そのまま関東で就職。10年間経験を積み、帰郷して実家の家業である同社に入社した。いずれは4代目社長として就任する会社──しかしそこに待っていたのは、旧態依然とし、淀んだ組織風土だった。しかし、容赦なく押し寄せるオール電化や都市ガス自由化の波。社員を奮い立たせ、会社を持続可能なものに作り変えるために奮闘した小出社長の10余年から、組織改革と人材育成のヒントを探った。

 

目次

○「地域のインフラ」に甘んじていた企業
○「数字」より「理念」、楽しく働ける職場を
○働きやすさをまず整える
○「実験」はこれからも

 

「地域のインフラ」に甘んじていた企業

「幼い頃から、閉鎖的で裏表がはっきりしていて、消極的な新潟の県民性が嫌いだった」と打ち明ける小出社長。高校卒業とともに新潟を離れ、関東のガス会社への入社も「修行」に見せかけるためだったという

小出社長は大学卒業後、千葉県の京葉ガス株式会社へ入社。当時は家業を継ぐつもりは一切なかったが、社会人10年目の時に家族からの説得に折れて帰郷した。

しかし、入社当時の越後天然ガスと、以前の職場である京葉ガスとのギャップを見て愕然とする。

越後天然ガスは新潟市秋葉区、江南区横越地区、五泉市への都市ガスの供給と販売を担う企業。法律により地域独占が認められており、社員には「何もしなくても一生安泰」という感覚が蔓延っていた。

「現在の半分以下しかいなかった当時の営業の仕事は、ガス工事の受付と工事現場の確認がほとんど。前職では対オール電化の尖兵として営業をしていた自分にとっては驚きで『ここは営業部ではなく、受付部だ』と上司や先輩に苦言を呈することもあった」と小出社長は当時を振り返る。

営業部だけではない。社内では「始業後1時間で休憩室に行ったり、残業を減らすのではなく、むしろ残業代を稼ぐ風潮があった」(小出社長)。きわめつけは、失敗を恐れて誰もアイデアを出さない消極的な風土。こうした業況は、2012年の社長就任以降もしばらく変えることはできなかった。

越後天然ガス本社

しかし、社員たちの自認とは裏腹に、越後天然ガスは安泰などではなかった。

小出社長は京葉ガス時代、オール電化対策のチームに所属。顧客や地域住民の分析に基づいたマーケティングで、ある地域のオール電化率を3割ほどまでに抑え込んだ実績を持つ。一方で、都市部と比べて地方のガス会社では危機感が薄く、広告に力を入れる電力会社にシェアを次々奪われているのが実情だった。

さらに追い打ちをかけたのが、2017年4月の都市ガス自由化だ。施行以前より小出社長は危機感を募らせていたが、「自由化などされるはずない」と社員の目は冷ややかだった。

自由化が目前に迫る中、小出社長がまず目を向けたのは供給エリアの「外」だった。「自由化した時、まず弊社を選んでもらえるかどうかが問題だった。なのでエリア外に行ってみたが、越後天然ガスを知っている人などいなかった。だからもう逆に、名前だけでも知ってもらおうと様々な人に会うことにした」(同)。

社員を会社に置いて、一人で様々な場所へ顔を出す日々。すると、地道な活動が実り他社の社長や政治家、マスコミ関係者らが会社を訪れるようになり、社内の空気も変わった。「もしかして、社長は信頼できる人なのではないか?」。若手社員を中心に小出社長への眼差しが変わり、徐々に考え方を共有できる仲間が増えていった。

 

「数字」より「理念」、楽しく働ける職場を

また、先代まではトップダウン型の力強い社長だったことも、社員からのアイデアが出にくい環境を作った原因の一つだと小出社長は分析する(写真は本社社内)

そこから組織改革が本格化した。こうした中、小出社長が大切にしたのが「数字」ではなく「理念」。「数字を追いかけることは必要だが、そればかり言うと社員のやる気を削いでしまう。なので、まずは働きやすい職場、モチベーションの上がる職場を作ることが大前提。社員がしっかりと同じ方向を向いてくれる状態にすることを徹底した」(同)。

小出社長はあるエピソードを紹介する。以前、とある社員に働く理由を問うと「家族を養うため」と答えた。小出社長は言った。「だったら、もっと給料の高いところに転職すればいい。越後天然ガスは、地域のお客様の生活をもっと豊かに、幸せにするために働いている」。率直で厳しい言葉だったが火がつき、その社員は見違えるように仕事ができるようになった。「ビジネスの基本であり社会人の第一歩目だが、その社員にはそれが抜け落ちていた」(同)。

「お金のために仕方なく」から「地域や人のため」に働くようになった時、仕事へのモチベーションは大きく変わる。そして自ら発想して動けるならば、仕事は楽しくなる。

今年の「ガス展」は10月3日から5日に開催され、約8000人が来場した(上2枚、写真提供:越後天然ガス)

同社のガス展はその好例の一つだ。年に一度、各メーカーの最新ガス機器を展示・販売すると同時に、地域の子どもたちや家族連れ向けに催し物を出すイベントだが、企画のリーダーは入社数年目の若手社員が担当することがここ数年の通例となっている。

今年の企画を担当した営業部ホームエネルギーグループ・市川ゆいさんは入社4年目。「今年は1月頃から準備を始めました。大変でしたが、最終的にはとても楽しい3日間でした」と話す。小出社長とも「こういう企画がしたい」と意見を交わす機会が多かったという。

そして、「特にお客様から好評をいただけると、ガス会社としてだけではなく、地域を盛り上げる企業の一つとしてこういう取り組みができていることにやりがいを感じます」と振り返る。

小出社長は強調する。「方針からブレたことをしてしまうのが一番の問題で、そこから崩れていく人を何人も見てきた。だから、ここだけは絶対に譲れない」。

営業部ホームエネルギーグループの市川ゆいさん

「ガス展」だけでなく、同社創立90周年記念事業として、供給エリアを紹介する「秋葉本」「五泉本」も作成。社員が半年かけて取材・編集した

 

働きやすさをまず整える

小出社長は働き方の改革について「(一般的には)まずは業績や経費などをしっかり管理して引き締めてから、プラスで『働きやすさ』や『風通しのいい組織』を考えがち。しかし、絞っても何も出てこないような状況でそれをやっても意味がない。絞り上げて鞭で叩いて業績を上げたとしても、そんなものは長続きしない」と喝破する。「人的資本を活かして、働きやすくてやりがいのある組織を作ることで数字を上げ、要所で引き締める。厳しい業界でこそ、こうした手法のほうがいいと思っている」。

社長に就任してから部署も再編。これまでは「ガス会社は安定しているから営業はいらない」として重視されてこなかった営業部を強化。都市ガス自由化を機に業務用営業の重要性を説くとともに、家庭用営業を一般向けと工務店・ハウスメーカー向けに細分化し、それぞれの顧客に対する戦略を明確化した。

また、社長就任当時はほぼ男性社員しかいなかったが、現在はパート従業員なども含め4割ほどにまで女性比率を上げた。「キッチンなど、ガスが用いられる場所には女性の視点が必須。一般の家庭向けの営業社員は、今はむしろ女性のほうが多い」(小出社長)。

本社に併設されたショールーム「H!NTO」は、ガス器具だけでなく生活雑貨なども取り扱うまるでセレクトショップのような店舗。インフラとしてだけでなく、地域に開かれ、顧客に選ばれる会社を目指す小出社長の方針を表すような場所だ

総務部経理総務グループ・サブリーダーの高橋諒多さん

入社7年目、総務部経理総務グループ・サブリーダーの高橋諒多さんは「風通しのよさは、入社した当時よりも改善されてきている」と語る。「自分たちの部署だけでなくほかの部署でも、分からないことがあれば誰に聞けばいいのかが把握できる風通しのよさがあります。縦や横だけでなく、斜めとして隣りの部署の部課長へ話を聞いたりということもできるようになってきました」。

また、高橋さん本人も「経理部門はお堅いイメージがある中で、他部署の社員でも分からないことがあったら聞きやすいような空気を作ることは、自分の中では心がけています」という。

前出の市川さんは、入社当初の新人研修が非常に役立ったと話す。越後天然ガスでは、新人研修として1週間ほどの短期間で全部署の業務を一通り体験する。業務の内容だけでなく、各部署の責任者や人となりを把握できることがメリットだ。

「上司と部下の間の悩みのほとんどは、すれ違いによるものだと思っている」と小出社長。社員が互いにどのような考えを持っているのか共有することを重視し、また、それぞれの部署があるからこそ会社が成り立っていることを再確認させるなど、部署内外のコミュニケーションを徹底させた。

 

「実験」はこれからも

「自然と転がり上がるような組織」を目指したいと話す小出社長

「社長就任からの取り組みを、私は『経営』ではなく『実験』と言っている」。小出社長は次々と新しい施策を試しながら、着実に会社を改善してきた。都市ガスの自由化がさらに進めば大手や外資系企業が参入する可能性もあるが「そういった中でも、今後50年、100年と選ばれる会社を目指す」。

そのためには社長一人ではなく、社員全員の力が必要だ。目指すところは、社員全員が能動的に動き、「自然と転がり上がる」組織。「そのためには一体何が必要なのか。むしろ、会社が続かない原因や、なくしたほうがいい習慣を社員みんなで考えたい。トップダウンで強制されるのではなく、楽しく感じられるなら自律的にやる」。

理念によって社員のやる気を引き出すこと。そして、社員が躓かないように組織を整備し、人間関係を円滑にすること。これらが出揃ってこそ、社員は十全な力を発揮できる。単にインフラとしてはなく、地域に選ばれ続ける企業として再出発した同社の歩み。小出社長の「実験」はこれからも続く。

越後天然ガス本社(写真提供:越後天然ガス)

 

【関連リンク】
越後天然ガス webサイト

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