【特集】イワコンハウス新潟・髙尾茂典社長独占インタビュー(後編)― 未来へ受け継ぐ経営の志 ― 創業50周年を迎えるイワコンハウス新潟の挑戦の軌跡

(前編はこちら) 【特集】イワコンハウス新潟・髙尾茂典社長独占インタビュー(前編)

 

少数精鋭でスタートしたイワコン新潟営業所

イワコン新潟営業所時代の京王モデルハウス

髙尾社長が富山で勤務していた当時、新潟では市町村の公営住宅の約80%に株式会社イワコンのPC(プレキャストコンクリート)板が使用されていた。それゆえ、PC板の認知度も高く、賃貸住宅の建設や工務店からの依頼も徐々に増え、新潟は開拓の余地のある市場だった。

1975年(昭和50年)には、NST(新潟総合テレビ)が計画した総合住宅展示場にモデルハウスを建設し、新潟での営業活動を本格的に始動。株式会社イワコン新潟営業所も同時に開設した。髙尾社長はその営業所長に任命され、翌年(昭和51年)4月10日には、NSTの総合住宅展示場がオープンした。同時に高尾社長の新潟での生活も始まった。

新潟営業所の当初メンバーは、髙尾社長の他、一緒に富山から来た営業、設計、工事担当の3名と、地元採用の事務職員1名の計5名。わずかな人数での船出である。設計担当は、現在同社の常務取締役を務める上村忠司氏だった。その後、上村常務以外の二人は本社に戻ったが、新潟営業所は現地採用により順調に人材を増やしていった。

PC住宅「イワコンハウス」は、現場打ちコンクリート(RC)の2倍の強度を誇る高性能なコンクリートパネルを工場で生産し、それを現場で組み立てる工法だ。豪雪地帯であり、地震のリスクも高い新潟において、耐久性・耐震性に優れたPC住宅の技術こそが、顧客の安全を担保する最適解だと高尾社長は確信していた。事実、その後の度重なる大地震にも大きな被害は無く、数十年に渡って安心の住まいを提供し続けた。

「とは言え、モデルハウスオープン当時の新潟では木造住宅が主流で、PC住宅は受け入れられにくかったのが現実でした。新しい価値を浸透させるには、地道な信頼の積み重ねしかない。私たちは『火災や地震に強く100年もつ住まい、安心して楽しく過ごせる住まい』を売るのだと、社員に説き続けました」(髙尾社長)。

その結果、モデルハウスオープンから2カ月後には、記念すべき1棟目の住宅を受注。その後も住宅や集合住宅の受注が相次ぎ、イワコン本社へ人員派遣をお願いするほどの多忙な日々が続いた。

 

「構造の安全」から「健康」と「幸せ」へ。理念を体現した事業展開

「無添加住宅」のモデルハウス

PC住宅で自然災害からの「構造の安全」を確立した後、高尾社長が次に向き合ったのは住む人の「健康」だった。

「お客様は食品や衣類には体に優しいものを選ぶのに、人生の大半を過ごす『家』のシックハウスには関心が薄い。これは建築に携わる者として、見過ごせない課題だと感じていました」(高尾社長)。

この問題意識から、同社は住宅展示会で「無添加住宅」を手掛けるハウスメーカーとの運命的な出会いを果たし、PC住宅に加え無添加住宅の販売を開始した。「身体に良くないものは使わない」という明確なコンセプトのもと、漆喰、無垢材、天然石、米のりなど、化学物質を極限まで排除した自然素材をふんだんに使用し、空気環境から家族の健康を守る住空間を提供し、今も主力商品として展開させている。

鉄筋コンクリート住宅「NEO EXCELLENT-ネオエクセレント-」

そして今、さらなる挑戦としてRC造の外断熱ハイパール工法と無添加住宅オリジナル漆喰を採用した鉄筋コンクリート住宅「NEO EXCELLENT」を新商品として打ち出している。環境にも住む人にもやさしい“100年邸宅”を目指し、ハイグレードで長期にわたり快適な住環境を提供している。

コンクリート住宅の住み心地について、髙尾社長は語る。

「私の住まいは38年前に自社のPCで建てられました。以来、一切リフォームを行うことなく、今なおコンクリート住宅ならではの快適さを存分に味わっています。なかでも、特筆すべきは2階に広がる開放的なバルコニーです。春から秋にかけては、季節の花々に囲まれながら、ゴルフの練習をしたり、ゆっくりと食事を楽しんだりしています。

夕暮れ時、妻と二人でバルコニーのテーブルで食事を楽しむ、その時に味わう一杯のビール―――。その瞬間は何ものにも代えがたい至福のひとときです。日が暮れてからは、横になって星や月を眺めます。この時間も私にとっては欠かせない大切な癒しの時間です。

このバルコニーがもたらしてくれる豊かさと、長い年月を経ても変わらないコンクリート住宅の価値を、是非多くの方に知っていただきたいですね」(髙尾社長)。

住宅事業以外にも、2000年の介護保険制度開始を機に、その後の超高齢社会への進展を見据え、高齢者向け住宅・福祉施設建設事業へも本格的に参入。現在まで約60棟の建築実績を持つ。また、2013年(平成25年)にはグループ会社・新潟福祉サービス株式会社を設立し、これまでの12年間で6施設をオープン、地域福祉への貢献を具現化させた。「いずれの施設も地域の皆様から信頼され順調に役割を果たしています」(髙尾社長)。

その他にも、商業施設の誘致や良質な住宅用地の提供を中心とした大規模な土地の造成・開発により、新しい街並みづくりや地域の活性化に貢献している。建築事業においては、従来の住宅・店舗・福祉施設などに加え、近年では10階建て以上の高層建築、ホテル建設などにも着手している。

「事業多角化の目的は収益拡大ではなく、地域社会の『暮らし』全体への貢献です。高齢者施設や障がい者施設は地域福祉へ、造成開発は地元新潟の生活基盤づくりに貢献しています。現在も、2万坪、3万坪といった大規模な土地の再開発に着手しています。すべては『お客様にありがとうと言われる仕事』という信念に繋がっています」(髙尾社長)。

同社では、毎日の朝礼で全社員が唱和する社訓がある。

1.創る喜びと誇りにあふれた製品を作ろう
2.お客様に「ありがとう」と言われる仕事をしよう
3.相手の立場に立って考えよう

「人は財産」という考えを貫き、社長とも気軽に対話できる風通しの良さがイワコンハウス新潟の強みにもなっている。30周年記念事業で建設した新社屋のオフィスには各部署の仕切りが無く、社長と社員、社員同士のコミュニケーションが活発に行われているのも、その表れだ。新社屋に関して髙尾社長は、「社員が伸び伸びと働きやすく、自由闊達な発想力と感性に磨きをかけ、その能力を遺憾なく発揮して欲しい、その思いで建てました」と。

髙尾社長の社員への思いは別の形でも。

「社員が一生懸命に仕事に打ち込めるのは、奥様やご主人などご家族の理解と協力があってこそ。常にその感謝の気持ち、言葉を伝えたいと考えています」(髙尾社長)。

同社では毎月、社員とその家族の誕生日に記念品を、結婚記念日にはホテルの食事券を、子育て中の社員には子育て応援資金を、髙尾社長の感謝の思いを綴った手紙とともに贈っている。

イワコン新潟営業所開設から苦楽を共にしてきた、常務取締役の上村忠司さんと

 

「ありがとう」が未来をつくる─次世代への想いと継承

富山のイワコンで培った経験を新潟での事業に活かし飛躍させてきた髙尾社長。その歩みの背景には、結婚から間もない時期に新潟での新生活を共に選び、人生のパートナーとして事業と生活の両面で支え合ってきた妻・夕美子さんの存在があった。

「今の時代は、性別に関係なく互いに支え合い、家庭も仕事も大切にできる働き方が重要で、当社も様々な社内規程の整備や福利厚生の充実に力を入れています」と髙尾社長。

その上で、創業当時の思い出を振り返った。

新潟での創業当時、事業はまだ小規模で、環境も十分に整っていたとは言えなかった。特に若い社員の食生活には心配があった。その思いは夕美子さんも一緒で、髙尾夫妻はほぼ毎日、若い社員を家に招き朝食、夕食をともにした。夕美子さんは、ついでだからと髙尾社長の弁当とあわせて社員の分の弁当も毎日作って持たせていた。そうした家庭的な雰囲気にも支えられ、社員は一生懸命に仕事に打ち込み、今のイワコンハウス新潟の礎を築いていった。

創業から半世紀にわたり、髙尾社長が何より大切にしてきたのは、事業の成長そのものだけでなく、人との関係性と「感謝」の気持ちという、目に見えない財産である。

髙尾社長は次のように語る。

「私がこれまで仕事に向き合ってこられたのは、家族をはじめ、多くの人の理解と支えがあったからです。特に、長年にわたり人生のパートナーとして共に歩んできた妻には、感謝の気持ちしかありません。経営者とは、社員やその家族、お客様、そして地域の皆様からの『ありがとう』に責任を持ち、それに応え続ける存在であるべきだと考えています」(髙尾社長)。

お客様の心からの「ありがとう」は、提供した価値が正しかったことの証明であり、社員への感謝は、共に困難を乗り越えるための絆となる。それが高尾社長の信念でもある。

最後に、髙尾社長は次世代へメッセージを贈った。

「人生も経営も、思い通りにいかないことの連続です。そんな中でも、若い皆さんには『誠意と創意、そして挑戦』という姿勢を大切にしていただきたいと思っています。遠くに目標を描き、まずは一歩踏み出すことで新たな景色、つまり、より具体的な目標が見えてきます。

そこから逆算して今取るべき行動を考える習慣は、きっと自分自身を支える力になるはずです。そして何より、人との出会いやご縁に感謝し、目の前の人から「ありがとう」と言っていただける仕事を積み重ねてほしい。そうした一つひとつの経験が、自分自身の未来を豊かにし、会社の未来も明るくしてくれると、私は信じています」。

自然豊かで雪深い富山の山間部で育った少年の夢は今、新潟の街と暮らしの中で、確かな「未来」として息づいている。

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(インタビュー・文 野口彩)

 

【イワコンハウス新潟株式会社】
新潟県新潟市江南区東早通1-2-6
TEL:025-382-1000
WEB:https://www.n-iwacon.co.jp/

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