【心ほどける春の車旅】八十里越開通を前に「予習」する、新潟―只見・歴史と風景のドライブ

2027年夏の暫定開通が待ち遠しい国道289号「八十里越」(写真提供:長岡国道事務所)
新潟と福島を結ぶ国道289号「八十里越」。長らく“幻の道”と呼ばれてきたこのルートも、いよいよ開通が目の前に迫っている。2026年3月27日には長岡国道事務所から「2027年夏に暫定開通の見通し」が発表された。険しい山々を貫き、両県を一気に結ぶ新たな動脈。その開通は、旅のかたちを大きく変えるに違いない。
かつて南会津地域では越後から、食塩・魚類・鉄製品などの生活用品を移入しており、越後地方では南会津地域から、繊維原料、林産物、労働力などを確保していた。この行き来に使われていたのが八十里越峠を通る道で、両地域の経済活動や人的交流に無くてはならない街道だったといえる。

歴史に覆われた幻の道が現代によみがえる
中越地方と南会津地方は深い依存関係で結ばれ、経済的・人的交流は明治末期まで続いた。このような地域間の交流も大正時代以降、鉄道や周辺道路が整備されると、次第にその役目を失い、そこは深いブナ林に埋もれた「獣道」の時代が続いた。
昭和45年に国道認定された、新潟と福島を結ぶ289号だが「八十里越峠」と呼ばれるのは新潟県三条市下田地域から福島県只見町に至る県境部分の19.1kmの区間である。国道認定においては、新潟が生んだ宰相・田中角栄の尽力があり、八十里越の開通は田中の悲願でもあった。
拠点同士が結ばれ、新たな観光の魅力が生まれる。ぜひとも「予習」しておこうではないか。選びたいのは、新潟市からスタートで、国道49号―400号―252号を経由して福島県只見町へと向かうルート。この道には、“最短では出会えない風景”が確かにある。

新潟県と只見町を結ぶ「もうひとつのルート」六十里越のドライブコース
ハンドルを握り、国道49号を新潟市街から南へ下る。やがて視界が開け、ゆったりとした流れをたたえる阿賀野川が現れる。阿賀町に差しかかる頃には、旅の空気はすっかり変わっているはずだ。川と並走するように伸びる道は、どこまでも穏やかで、窓を開ければ水と緑の匂いが流れ込んでくる。朝はやわらかな光が水面にきらめき、夕方には山影が長く伸びる。時間帯によってまるで別の表情を見せるのも、このルートの魅力だ。
そのまま車を走らせ、県境を越えて西会津町へ。ここから先、風景はさらに“日本の原風景”へと深まっていく。のどかな集落、手入れの行き届いた田畑、そして背後に迫る山々。どこか懐かしさを覚える景色が、途切れることなく続いていく。
やがて、このドライブのハイライトともいえる区間に入る。只見線と寄り添うように走る道だ。只見川に沿って延びるこのローカル線は、日本屈指の絶景路線として知られ、2024年春に公開された映画の舞台にもなった。車を走らせていると、ふとした瞬間に線路が現れ、鉄橋が見え、時には小さな踏切に出会う。列車の本数は多くない。それでも、不思議と「少し待ってみようか」という気持ちになる。
遠くから聞こえてくる、かすかな走行音。山あいに反響するその音とともに、ゆっくりと列車が姿を現す。派手さはない。けれど、川と山と鉄道が織りなす風景は、どこまでも静かで美しい。思わず車を止め、しばし見入ってしまう――そんな時間こそが、この道のいちばんの贅沢なのかもしれない。

只見線を撮るなら叶津ビュースポットがおすすめ
只見線のおすすめ撮影ポイントが、只見町にも数か所点在する。最も知られているのは宮原地区の踏切付近。田園風景の向こうに浅草岳を望むこのポイントは、四季を通じて撮り鉄を喜ばせる。周辺の山々と共に只見川の渓谷美を撮影できる叶津川橋梁周辺も捨てがたい。これからの季節、春に特におすすめしたいのは蒲生かたくり公園付近。真白なかたくりの群生を分けて走る電車の姿は実に趣がある。
只見町に到着したら、まずは只見湖へ足を運びたい。山々に抱かれた湖は、風のない日には鏡のように周囲を映し出す。特に朝方、霧が立ち込める時間帯には、現実とは思えないほど幻想的な光景が広がる。深く息を吸い込めば、澄み切った空気が体の奥まで行き渡るようだ。さらに足を延ばして訪れたいのが、田子倉湖。只見を代表するダム湖で、そのスケールは圧倒的。切り立った山々と広大な水面が織りなす景観は、まさに“秘境”という言葉がふさわしい。季節ごとに異なる表情を見せるが、特に紅葉の時期は息をのむ美しさだ。

田子倉湖の絶景
新潟からこの地を訪ねるのであれば、ことさらな歴史マニアでなくとも「河井継之助記念館」はマストだ。
八十里越えを有名にした戊辰戦争時、長岡藩軍総督・河井継之助はこの険しい山道を5000人の藩士とともに越え、只見へと落ちのびた。この地で激動の生涯を閉じた河井の墓が建立されている。記念館には、河井が駆使した「ガトリング砲」も展示され、「河井継之助終焉の間」が忠実に再現された転じもある。また小説「峠」で河井の生涯を描いた司馬遼太郎の揮毫なども拝める。

河井継之助記念館

ガトリング砲も復元されている
叶津番所も絶対に立ち寄りたいスポット。江戸時代後期に建築された厩(うまや)中門造(ちゅうもんづく)りの農家住宅。江戸時代には、会津と越後を結ぶ八十里越の口留番所として通行人や物資の監視をおこなっていた。規模の大きな造りから当時の様子がうかがえる。番所の後方には築約300年といわれる国重要文化財の旧五十嵐住宅があり、見学することができる。

叶津番所
旅の締めくくりには、只見ならではの味覚を楽しみたい。ランチにおすすめなのがガレット・エ・ポムポム。只見駅から車で7分程度の場所にあるこのお店の名物はフォアグラ丼(税込2,000円)。日本の原風景たるロケーションに佇む古民家レストランでこれをいただけてしまう非日常に没入したい。お土産には、厳選された無添加生クルミを使ったお菓子「あとひき胡桃」を。

ガレット・エ・ポムポムのフォアグラ丼(2,000円)が絶品

おみやげに「あとひき胡桃」も
1953年創業の老舗菓子店・三石屋もお忘れなく。無添加と地元素材にこだわり、子供からお年寄りまで楽しめる味は評判。地元で絶大な人気を誇る「そぼろパン」は外せない。
ゆっくりと食事を楽しむなら「季の郷 湯ら里」へ。地元食材を活かした料理とともに、会津の地酒を味わえば、心も体もほどけていくようなひとときが過ごせる。

三石屋

地元で大人気の「そぼろパン」
モデルコースとしては、新潟を午前に出発し、阿賀野川沿いを南下。昼は西会津エリアで軽く食事を取り、午後は只見線沿いの風景を楽しみながら只見町へ。新潟市―只見町は、ゆっくり走って約2時間半の行程。夕方には湖畔でゆったりとした時間を過ごす――そんな一日がちょうどいい。時間に余裕があれば、一泊して朝霧の只見湖や満天の星空を楽しむのもおすすめだ
八十里越えが開通すれば、新潟と只見はもっと近くなるだろう。けれど、この遠回りのルートが持つ豊かさは、きっと変わらない。むしろ“今だからこそ味わえる旅”として、その価値は一層際立っている。
最短ではない。けれど、忘れられない道がある。
次の休日は、そんな一歩遠回りのドライブに出かけてみてはいかがだろうか。