【特集】祖父の庭を「手放したくない」想いを実現させるために――900坪の邸宅をシェアオフィスにした理由|松楓園(新潟市東区)

伝統的古家を活用して2018年にオープンした会員制シェアオフィス「松楓園」(新潟市東区)

新潟市東区の住宅街の一角に、静かに時が流れる場所がある。約900坪の敷地に広がる庭園と、木の温もりを感じる邸宅。その空間が現在、「会員制シェアオフィス」として活用されている――。一見すると結びつかないこの取り組みの背景には、「この場所を残したい」という強い想いがあった。

運営するのは合同会社松楓園。2018年4月にシェアオフィスとしてスタートし、現在は正会員13社、寄付会員3社と個人1名が利用する。建築士や造園業、大工、飲食店オーナーなど、ものづくりや地域に根ざした職種の利用者が多く、セカンドオフィスとしての活用も目立つ。月額15,000円という料金で、24時間365日利用できるほか、登記や個室利用にも対応している。

新潟市東区の商業施設や住宅が密集するエリアに「松楓園」はある。幹線道路側には塀があり、邸宅内は見えない

シェアオフィスを示す看板などは無い。玄関前には美しい造形の松の木があり、来訪者を迎え入れる

この場所のルーツは、製材業を営んできた松吉ワークス株式会社(旧:株式会社小松原製材所)にある。もともとは丸太置き場として使われていた土地に、2代目社長が邸宅を建て、庭園を整備した。昭和43年に建てられた建物は、良質な木材をふんだんに使用した近代和風建築で、現在も当時の姿を色濃く残している。

転機は、邸宅を管理していた祖父の死去だった。広大な敷地と庭園は維持に多大な手間と費用がかかる。住む人が減り、手入れも行き届かなくなりつつある中で、「このままでは維持できない」という現実に直面した。

「売却という選択肢もありました。ただ、自分にとってこの場所は特別な意味があった」。そう語るのは、松楓園の運営を担う小松原亮さん(松吉ワークス株式会社専務取締役)だ。祖父に可愛がられ、幼い頃から多くの時間を過ごした場所。「なんとかしてこの大切な場所を残していきたい」という想いが、意思決定の原点にあった。

松楓園の運営を担う小松原亮さん(松吉ワークス株式会社専務取締役)

玄関を入ると目に入るのは「和」を感じる調度品、そして奥の部屋へ続く長い廊下

大広間はセミナー会場としても使用される

廊下には大きな窓があり自然豊かな庭を眺めることができる

維持の方法としては、一棟貸しや料亭としての活用なども検討したという。しかし最終的に選んだのが、シェアオフィスだった。「人が関わり続ける形にしたかった」。空間をただ貸すのではなく、日常的に人が出入りし、使われ続けることで守られていく仕組みを目指した。初期投資ゼロで活用していることも特徴で、活用案があった複数あった中で、初期投資ゼロと活用方法がマッチングしたと言える。

2017年末、小松原さんは家族に対し「1年間だけやらせてほしい」と提案する。「1円でも赤字だったらやめる」という条件のもと、手探りでスタートした。父親からの「俺だって出来れば親父の建てた家は残したいよ」という言葉の後押しもあったという。SNSなどを通じて呼びかけたところ、7〜8社が集まり、2018年4月に本格的に始動。結果として初年度で黒字化を達成し、事業として継続することが決まった。

庭園と邸宅1階の図面

会員はキッチンも使用できる。会員同士で食事会も行われているそう

2階のフリーオフィス。Wi-Fiも完備されている

2階の窓からも庭園が望める

松楓園の最大の特徴は、その運営スタイルにある。一般的なコワーキングスペースとは異なり、完全会員制を採用。入会には既存会員全員の承認が必要で、基本的には紹介制だ。月に一度の定例会では、利用者同士が顔を合わせ、意見交換を行う。さらに、バーベキューや流しそうめんなどのイベントも定期的に開催され、コミュニティとしての関係性が築かれている。不特定多数の人が利用できる場でなく、知っているひとしか使うことができない閉じたコミュニティとなっている。利用者にとっては「仕事の場であり、家庭とは違う、第三の居場所(サードプレイス)」になっていることも特徴のひとつ。

こうした取り組みによって、自然と仕事のつながりも生まれている。日常の会話や交流の中からビジネスマッチングが発生し、会員同士の協業につながるケースも少なくないという。

一方で、運営は決して順風満帆ではなかった。利用者間の価値観の違いや、共有空間の使い方を巡るトラブルも経験してきた。「シェアの定義は人によって違う」。そうしたズレを調整しながら、ルールを整備し、現在の安定した運営体制を築いてきた。

また、収益面でも特徴的だ。月額料金は比較的低く設定されており、大きな利益を生むモデルではない。固定資産税や庭の維持費などを差し引いた後の収益は、主に修繕費として内部留保される。「利益を最大化するのではなく、維持するための事業」という位置付けだ。

四季折々で表情を変える庭園。秋には庭園に生る「柿」を収穫し、会員たちで味わうという

苔が広がって、庭園の美しさを引き立てている

この取り組みは、全国各地で課題となっている古民家や庭園の維持問題に対する一つの解とも言える。所有者の高齢化や後継者不足により、価値ある空間が失われていく中で、「働く場所」として再活用することで持続可能性を確保する。松楓園の事例は、その可能性を示している。

「この建物と庭を守ることが目的で、その手段がシェアオフィスだった」。小松原さんの言葉が、この取り組みの本質を端的に表している。

効率や利便性が重視される現代において、あえて手間のかかる方法を選ぶ。その選択の先にあるのは、空間と人、そして記憶をつなぎ続けるという価値だ。松楓園は、働く場所であると同時に、「残すための仕組み」として、静かにその役割を果たしている。

「『松楓園』という名は祖父が付けたもの。自分も子供のころからこの庭で育った」と話す小松原さん

 

(文・撮影 中林憲司)

【関連サイト】

松楓園(インスタグラム)

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