【ジープ島連載1】海外体験レポート ジープ島で鎧を脱ぐ

ミクロネシア連邦チューク州にあるジープ島。赤道直下にある

飛行機を乗り継ぎ、船に揺られ、ようやくたどり着いたジープ島。グアム経由で行くミクロネシア連邦の太平洋の真ん中に浮かぶ小さな島である。出発前から楽しみにしていたが、実際に向かう道中は想像以上だった。

チューク州の現地の本島からボートに乗り込むと、見渡す限り海しかない。360度どこを見ても青い海が広がっている。日本で暮らしていると、どこへ行っても建物や道路、看板が目に入る。しかし、そこには何もない。海と空だけである。波しぶきを浴びながら島へ向かう時間は、日常から切り離されていく感覚そのものだった。

その時、ふと頭に浮かんだ。「ああ、これは旅ではない。冒険だ」

島に上陸して最初に感じたのは開放感だった。風の音。波の音。鳥の声。青い空。透き通る海。それ以外にはほとんど何もない。コンビニはない。スーパーもない。信号もない。テレビもない。スマートフォンもほとんど使えない。日本では当たり前に存在するものが何一つないのである。ところが、不思議なことに困らない。むしろ快適だった。サマーベッドに横になり、波の音を聞いているだけで時間が過ぎていく。普段なら気になる仕事のこと、人間関係のこと、将来のこと、SNSの反応などが少しずつ頭から消えていく。

私は普段、仕事柄、多くの情報に接している。取材先との連絡、原稿の締め切り、SNSの発信、講演やイベントの準備。常に何かを考え、何かを発信している。

しかしジープ島では、それらが一度リセットされる。時間がゆっくり流れる。誰かと競争する必要もない。評価される必要もない。肩書きも関係ない。役職も関係ない。学歴も関係ない。収入も関係ない。Tシャツと海パン、そして裸足。それだけで十分だった。普段は好きな時計も鞄も、この島では意味を持たない。ブランド品も必要ない。肩書きも必要ない。見栄も必要ない。まるで鎧を脱ぐような感覚だった。

現代社会では、多くの人が肩書きや役職を背負って生きている。会社員、経営者、公務員、記者、講師。知らず知らずのうちに、それが自分自身であるかのように思い込んでいる。だが、ジープ島にはそれらを持ち込む必要がない。ただ一人の人間として存在するだけでいい。その時、自然と考える。自分は本当は何をしたいのか。誰のために生きているのか。何が幸せなのか。そうした問いが静かに浮かび上がってくる。

生活環境も日本とは大きく異なる。シャワーは雨水をためたバケツ一杯である。最初は驚いた。しかし数日もすると、それが当たり前になる。むしろ自然との距離が近く感じられる。日本では蛇口をひねれば水が出る。お湯も出る。コンビニへ行けば食べ物が買える。スーパーには商品があふれている。だが、それは決して当たり前ではない。帰りに立ち寄ったグアムのホテルで暖かいシャワーを浴びた時、私は心から感動した。

「お湯って、こんなにありがたいのか」

朝食会場でホットコーヒーが出てきた時も同じだった。日本では何気なく利用している便利さが、実は非常に恵まれた環境の上に成り立っていることを改めて実感した。

今回の旅で特に印象に残ったのは海である。キミシマ環礁でのシュノーケリングは忘れられない体験だった。海に顔をつけた瞬間、今まで見たことのない景色が広がった。海底まで見える透明度。青というより、もはや光そのもののような色。魚たちが自由に泳ぎ回る世界。言葉で説明するのが難しいほどの美しさだった。

ジープ島近くのパラダイスビーチにて

翌日には第二次世界大戦で沈没した富士川丸も見学した。海底に静かに横たわる巨大な船体。長い年月を経ても残り続ける戦争の痕跡。映画『タイタニック』の海底シーンの一部撮影にも使用されたことで知られる沈船である。実際に目の前にすると、単なる観光資源ではなく歴史そのものだった。

私は記者の端くれとして多くの資料や文章を読んできた。しかし実際に戦争の痕跡を自分の目で見る体験は全く別物である。戦争は教科書の中だけの出来事ではない。海の底に今も残り続けている。その現実を目の当たりにし、深く考えさせられた。

今回の旅では英語にも挑戦した。グアム空港の入国審査。現地での買い物。ミクロネシア連邦での移動。ジープ島での現地人との会話。すべて英語である。難しい表現はできない。中学英語レベルである。それでも積極的に話しかけた。聞き取れない部分は翻訳ソフトも使った。大切なのは完璧な英語ではなく、伝えようとする姿勢だった。実際、自分の英語が相手に通じた時は大きな自信になった。50代になっても新しいことに挑戦できる。そう実感できた経験だった。

さらに意外な挑戦もあった。犬である。島には二匹の犬がいる。私はもともと犬が苦手だった。しかし毎日顔を合わせるうちに少しずつ慣れていった。最終日には頭をなでられるようになった。

ジープ島には人懐っこい犬が2匹いる

旅とは、自分の世界を広げる行為なのだと改めて感じた。帰国直前にはフライトキャンセルという予想外の出来事も起きた。財布の中には5ドルしかなかった。ホテル代はどうする。食事はどうする。空港で一夜を過ごすことになるかもしれない。そんな不安もあった。しかし、現地スタッフや周囲の人々の助けによって無事に帰国することができた。旅は予定通りにいかない。だが、だからこそ面白い。人との縁のありがたさも実感した。

振り返れば、今回のジープ島滞在のテーマは「大人の冒険」だった。20代の頃、沢木耕太郎の『深夜特急』を読み、いつか世界を旅してみたいと思った。だが現実には仕事や生活があり、その夢は先送りになっていた。気が付けば50代になっていた。それでも遅くはなかった。

ジープ島は若い頃に実現できなかった冒険を取り戻す旅だったのである。ジープ島は豪華なリゾートではない。不便である。暑い。虫もいる。通信環境も十分ではない。しかし、それでもまた行きたいと思う。なぜか。本当の自分に戻れる場所だからである。肩書きを忘れられる。世間体を忘れられる。仕事を忘れられる。そして、自分が本当に大切にしたいものを思い出せる。風と波の音だけが聞こえる島。そこで私は、人生に必要なものは意外と少ないことを知った。

便利さでもない。肩書きでもない。ブランドでもない。大切なのは自由な心である。ジープ島は、そのことを静かに教えてくれる場所だった。そして私は、また必ずこの島に帰ってくると思う。

ジープ島の上空写真

 

(取材・文・写真 梅川康輝)

(写真・宮地岩根)

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