【梅川リポート】「3年を超えろ」ジープ島後継者渡会和馬氏が継ぐ“キセキの島”の未来

周りの海が美しいジープ島
ミクロネシア連邦に浮かぶ小さな孤島「ジープ島」で、一つの節目が訪れた。ジープ島の後継者として活動する渡会和馬氏が2026年3月、入島から3年を迎えたのである。島の創設者である吉田宏司氏から繰り返し伝えられてきた言葉は「まず3年を超えろ」だった。渡会氏は2023年3月27日に入島し、その言葉を胸に歩み続けてきた。そして2026年3月、節目となる3年を達成した。
「安心感と、さらに上のステージが見えた瞬間だった」
渡会氏はそう振り返る。達成した瞬間は意外にも実感が薄かったという。しかし家族全員から届いた手紙や、多くの人々から寄せられた祝福の言葉によって、自らの歩みが決して一人の挑戦ではなかったことを改めて実感した。

ジープ島後継者の渡会和馬さん
現在、ジープ島の後継者として活動する渡会氏だが、その原点は約10年前にさかのぼる。当時は家族の介護や借金など、人生の困難に直面していた時期だった。先行きが見えず、自身の人生に迷いを感じていた中で、地元書店で偶然手に取ったのが吉田氏の著書だった。そこに記されていたメッセージが心に深く響いたという。
その本は単なる読書体験にとどまらなかった。世界へ目を向けるきっかけとなり、その後約40カ国を巡る旅へとつながっていく。いつしか「この場所に行きたい」という思いが芽生え、ジープ島は人生の目標の一つとなった。
転機は2020年に訪れる。ジープ島のホームページを見ていた際、吉田氏がフェイスブックを始めたことを知った。渡会氏は長年読み込み、傷みが目立つほどになった著書の写真を添えてメッセージを送った。
「この本のおかげで人生が変わった」
すると吉田氏から返信が届いた。その後、新潟県内で直接会う機会を得る。3日間にわたり吉田氏からジープ島の歴史や理念、これまでの歩みについて話を聞いた渡会氏は強い衝撃を受けた。
「この場所を誰が引き継ぐのだろう」
自然とそんな思いが浮かんだという。当時は新型コロナウイルス禍の最中だった。観光業界全体が厳しい状況に置かれ、先行きも不透明だった。それでも渡会氏は後継者志願を申し出た。しかし、返ってきたのは甘い言葉ではなかった。
「本気なら全てを捨てて新潟へ来い」
渡会氏はその言葉を受け止め、2021年に上越地域へ移住した。妙高市内で働きながら生活基盤を築き、古民家で暮らした時期もあった。雪国での生活は容易ではなかったが、ジープ島への思いは揺らがなかった。
そして2023年3月27日、ついにジープ島へ入島する。しかし、そこに待っていたのは南国リゾートの華やかなイメージだけではなかった。
渡会氏は3年間で最も苦労したこととして「人」を挙げる。観光客との関係だけでなく、現地スタッフとの関係、自身の精神面や体調管理など、あらゆる面で試練があったという。孤島という特殊な環境では、人との関係性が生活そのものになる。
島での暮らしは自然との共生そのものだ。食料事情や気候条件によってはツナ缶と白米だけの食事が続くこともある。コンビニもスーパーもない。テレビもなく、スマートフォンも利用できない環境で過ごす日々は、便利な現代社会とは対極にある。シャワーには雨水を利用する。


渡会さんがキセキの島と呼ぶジープ島
その不便さの中で、人は自分自身と向き合う時間を得る。島を訪れた人々が涙を流しながら感動する姿を、渡会氏は何度も見てきた。
「世界一の絶景は人の心だった」
それが3年間の歩みの中でたどり着いた一つの答えだった。海や空の美しさだけではない。ジープ島には長い歴史が刻まれている。周辺海域には第二次世界大戦の歴史も残り、旧日本海軍の特設航空機運搬艦「富士川丸」は現在も海底に眠る。多くのダイバーが訪れ、歴史や平和について考える機会にもなっている。
渡会氏はジープ島を「キセキの島」と表現する。その理由は二つあるという。
一つは自然が生み出した奇跡である。透き通る海と広大な空、太平洋の真ん中に浮かぶ小さな島という唯一無二の景観だ。
もう一つは、人が紡いできた軌跡である。長年にわたり島を守り続けてきた人々の思いが今も受け継がれている。戦争の歴史を乗り越え、多くの人々の努力によって維持されてきた場所だからこそ、単なる観光地ではない価値が存在すると考えている。
後継者とは何か。その問いに対し、渡会氏はこう答える。
「先人たちが守ってきたものを紡いでいく存在だと思う」
自らが主役になるのではなく、創設者や歴代スタッフ、そして島を愛してきた人々の思いを未来へ届けることが役割だという。その原点には、吉田氏から聞いた一つの言葉がある。
「死んだ先でも人を喜ばせたい」
渡会氏はその思いを未来へ引き継ぎたいと考えている。観光業界では後継者不足が大きな課題となる中、理念そのものを継承しようとする挑戦は、単なる事業承継にとどまらない意味を持つ。3年という節目を越えた今、新たな挑戦が始まろうとしている。渡会氏は「より多くの人にこの場所を知ってもらい、未来へつないでいきたい」と語る。絶景を守ること。歴史を守ること。そして人の思いを守ること。
太平洋の小さな孤島で続く挑戦は、まだ始まったばかりである。ジープ島は今日も静かに海に浮かび、多くの人々を待ち続けている。そこには自然が生んだ奇跡と、人が守り続けてきた軌跡の両方が存在している。人生で一度でも訪れれば、忘れていた何かを思い出し、自分自身と向き合う時間を得られるかもしれない。そんな場所を未来へ残すための歩みが、渡会和馬氏の新たな目標として始まっている。
(取材・文・写真 梅川康輝)
(写真・宮地岩根)