【梅川リポート】 空撮と写真で支えた24年  写真家宮地氏が語るジープ島の魅力

ジープ島の夕陽

ミクロネシア連邦に浮かぶ小さな島「ジープ島」。日本人ダイバーや旅行者の間では広く知られる存在となったが、その魅力を長年にわたり写真と映像で発信してきた人物がいる。写真家の宮地岩根氏である。

現在ではドローンによる空撮が当たり前になった。しかし、宮地氏がジープ島を撮り始めた頃は、まだドローンという技術は存在しなかった。限られた機材と創意工夫を武器に、島の魅力を記録し続けてきた。その歩みは、ジープ島の歴史そのものとも重なる。

宮地氏がジープ島と出会ったのは約24年前だった。きっかけは、ダイビング業界の仕事を通じて知り合った三輪アキラ氏からの紹介だった。当時のジープ島は開業から間もない時期で、現在ほど知名度は高くなかった。

「旅費と宿泊費は出す。写真を撮りに来てほしい」

そう依頼され、宮地氏は初めてジープ島を訪れた。当時はデジタルカメラではなくフィルムの時代である。撮影できる枚数には限りがあった。14泊の滞在中、海中から島の風景まで数多くの写真を撮影した。その写真はその後、ジープ島のパンフレットやホームページなどで活用されることになる。

カメラマンの宮地岩根氏

「タラさんが来るまでは、基本的に僕の写真でプロモーションしていた」

宮地氏はそう振り返る。現在のようにSNSも動画配信もない時代である。写真こそが島の価値を伝える最大のメディアだった。宮地氏には長年の夢があった。

「ジープ島を空から撮りたい」

島の全景を上空から撮影することだった。当時、写真家の中村征夫氏がセスナ機から撮影した写真集を目にし、自身も挑戦したいと考えた。しかし、予定していたセスナ会社はすでに廃業しており、計画は実現しなかった。それでも諦めなかった。考え抜いた末にたどり着いたのが「凧空撮」である。ヨーロッパで行われていた技術を研究し、日本国内の愛好家からも情報を集めた。凧にカメラを取り付け、上空から撮影する方法だった。

初日に出たジープ島での夕陽。とてつもなく美しい

現在のドローンとは比較にならないほど手間がかかる。風向きを読み、約200メートルの糸を出し、揺れを抑えるための装置まで自作した。東京都小金井市での練習中には、高価なカメラを落下させたこともあったという。それでも挑戦を続けた。

「当時はドローンがなかった。その写真を撮れていたのは自分だけだった」

空撮写真はジープ島の新たな魅力を引き出した。上空から見る島は、海に浮かぶ一粒の宝石のような姿を見せていた。宮地氏の活動は写真だけにとどまらない。BS-TBSの番組では、宮地氏が撮影した映像が採用された。イルカの群れとともに泳ぐ映像や、島を俯瞰する映像などが番組で使用されたという。

また、NHKの番組制作にも協力した。若手制作者向け番組「ドキュメント20min」では、凧空撮をテーマにした企画が放送された。風船による空撮実験や、海鳥の群れを上空から撮影する試みなど、当時としては先進的な映像制作だった。

やがて時代はドローンへと移行する。宮地氏は新しい機材が登場するたびに導入し、撮影技術を更新してきた。現在では国家資格制度も整備され、ドローン撮影を取り巻く環境は大きく変化した。しかし、その根底にある「まだ誰も見たことのない景色を撮りたい」という思いは変わらない。

宮地氏にジープ島の魅力を尋ねると、意外な答えが返ってきた。美しい海でもない。ダイビングでもない。

「吉田イズムだと思う」

ジープ島を運営する吉田宏司氏の思想そのものだという。

「どうやったら人を楽しませられるか」

吉田氏は常にその視点で島づくりを続けてきた。もちろん、透明度の高い海や豊かなサンゴ礁は大きな魅力である。しかし宮地氏は、それだけでは説明できない価値が存在すると語る。自由な空気。肩の力が抜ける感覚。何もしない時間が許される環境。それらは自然に生まれたものではなく、長年の運営の積み重ねによって形づくられてきたものだという。

「実はやっぱり吉田さんの島だな」

その言葉には長年見続けてきたからこその実感が込められている。宮地氏はジープ島を「人生を変えてくれた場所」と表現する。もともと海が好きだった。

小学生の頃から沖縄や石垣島で海に親しみ、ダイビングを続けてきた。世界各地を旅し、インドを半年かけて巡った経験もある。それでもジープ島には特別な何かがあった。島を訪れる人々の受け止め方はさまざまだ。癒やしを求める人もいる。デジタルデトックスを求める人もいる。自分自身を見つめ直すために訪れる人もいる。宮地氏は、それらすべてが正しいと語る。

「感じ方は人それぞれだと思う」

そのうえで、自身にとってのジープ島を一言で表現するなら「冒険」だという。

携帯電話がつながらない。自然の中で過ごす。予想外の出来事も起きる。便利さから離れた時間の中で、人は本来の感覚を取り戻していく。ジープ島は単なるリゾートではない。訪れる人それぞれが、自分自身と向き合うための舞台なのである。

24年以上にわたり島を撮り続けてきた宮地氏の視線は、今も変わらずジープ島へ向いている。写真や映像の先にあるもの。それは南の島の絶景ではなく、人の心を動かす体験そのものなのかもしれない。

ジープ島の現地人が作るジープ飯

宮地氏が日本からジープ島に持ち込んだラム酒

(取材・文・写真 梅川康輝)

(写真・宮地岩根)

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