【梅川リポート37】「幻の酒」雪中梅が資本提携で次の成長へ 純米・純米吟醸を第2の柱に

株式会社丸山酒造場の丸山三左衛門代表取締役社長
日本酒「雪中梅」を造る丸山酒造場(新潟県上越市三和区)は、伝統的な酒造りを守りながら、純米酒と純米吟醸酒を新たな事業の柱に育てる。2025年7月、東証プライム上場のジャパンインベストメントアドバイザー(JIA)グループが運営するファンドと資本提携した。国内の飲酒人口が減る中、設備投資や人材確保を進め、首都圏での認知向上と海外販路の開拓を目指す。創業以来の「淡麗旨口」を受け継ぐ一方、香りや酸味に特徴を持たせた商品を投入し、普通酒に続く第2の軸を築く考えだ。
「幻の酒」は戦略よりも品質と土地が生んだ
丸山酒造場は1897年創業。代表銘柄の雪中梅は戦前から使われている。戦時中に一度休業し、戦後、丸山三郎治氏が酒蔵を再開した。雪中梅は20世紀後半から1990年代初めの地酒ブームで「越乃寒梅」「峰乃白梅」と並ぶ「越後の三梅」と呼ばれ、入手しにくい「幻の酒」として知られた。
丸山三左衛門代表取締役社長は、希少性を狙って生産量を絞ったわけではないと説明する。「もともと製造量がそれほど多くなく、新潟の都市部にも近くなかったため、流通量も限られていた。1970年代後半から1980年代、1990年代初めにかけて引き合いを頂いた」と振り返る。首都圏では主に酒販店を通じて販売された。
知名度を押し上げる契機の一つが、1970年代前半に東京農業大学が主催したという酒類のコンテストだった。同社が出品した酒が上位に入り、地酒を見直す動きとも重なった。丸山社長は「当時は地元で飲むのは地酒でも、人に持っていく時は全国銘柄という風潮があった。そこへ地方にも良い酒があるという地酒ブームが起き、弊社の酒も知っていただけた」と話す。
新潟の「辛口」に流されず、地元の味を守る
雪中梅の特徴は、ほんのりとした甘みと柔らかな飲み口を備えた「淡麗旨口」である。新潟清酒の代名詞となった「淡麗辛口」とは異なるが、流行に対抗するために甘口を選んだのではない。上越の農村で暮らし、体を使って働く人々の晩酌に合う酒を造ってきた結果だ。
丸山社長は「上越の酒は県内平均より甘い。基本的には地元で買っていただいてきたため、地元の人の口に合うものを造るということが一つだった」と語る。日本酒全体が辛口へ振れた時も、雪中梅は同じ方向へ大きく動かなかった。「辛口の日本酒がおいしいというのもブームだった。実際に試飲の場では、分析値ではそれほど辛くない酒を飲んで『辛口でおいしい』と言うお客さまもいる。辛口が、日本酒を褒める定番の言葉になっている面もある」とみる。
酒の味は、産業構造や食生活とも結び付いてきた。丸山社長は、農業など体を動かす仕事が多かった時代は、汗で失う塩分や糖分を補うような濃い味付けの料理と甘口の酒が好まれたとみる。その後、産業が農業から工業・サービス業へ移り、すっきりと飲める辛口が支持を広げた。ただ、現在は香り、甘み、酸味をしっかり出した「モダンタイプ」も人気で、嗜好は単純な辛口一辺倒ではない。「食べ物も変わり、肉や脂の強い料理も増えた。今は本当に多様化している」と分析する。
基本は食中酒だ。普通酒は煮魚、漬物、乾き物、野菜炒め、プロセスチーズなど日々の食卓に合わせる。酸味のある純米酒や純米吟醸酒は、アジフライや豚の角煮、中華料理、硬質チーズなどにも合うという。大吟醸酒は約2年熟成させ、香りを穏やかに整える。丸山社長は「口の中で転がし、鼻から息を抜くようにすると香りを感じられる。軽く燗をしてもいい」と話す。
雪室でフレッシュさと滑らかさを両立

雪中梅雪中貯蔵
商品構成は普通酒、本醸造酒、純米酒、純米吟醸酒、大吟醸酒など約10種類に広がる。中でも「雪中貯蔵 純米原酒」は、搾った酒を比較的早く瓶詰めし、上越市安塚区の雪室で3カ月以上熟成させる。720ミリリットル瓶で2200円。フレッシュさを保ちながら、寝かせた酒のような滑らかさを引き出す。
丸山社長によると、雪室で熟成させると水とアルコールの結合が進み、官能評価でも滑らかさに有意な差が出るという。ただし、口中で水が先に粘膜へ触れてアルコールの刺激を和らげるとの仕組みについては「仮説であり、実証されたものではない」と明確に区別する。「搾りたてのフルーティーさを残しながら、味がなじむ。フレッシュさと熟成酒のような滑らかさを併せ持つ商品になった」と手応えを語る。
純米・純米吟醸で「もう一本の軸足」

雪中梅純米吟醸黄蘗(きいろ)

雪中梅純米吟醸青緑 (みどり)
消費者の食生活は和食中心から洋食、中華、イタリア料理、エスニック料理へ広がり、酒の好みも多様化している。同社は従来の雪中梅を守りながら、香り、甘み、酸味を明確にした現代的な酒にも挑む。純米吟醸酒では、甘みと香りを持たせたタイプや、グレープフルーツを思わせる厚みのある酸を特徴とする商品を試験的に投入している。
丸山社長は「地元の方が飲んできてくださったものは崩さずに持ちつつ、日本酒の新しい展開についていける酒も造る」と述べる。当面は雪中梅の純米吟醸シリーズで変化をつける。「新商品のテスト投入を重ね、定番化して、きちんと柱をつくりたい。弊社は普通酒で知っていただき、その数量が今も中心だ。純米酒、純米吟醸酒でもう一本、軸足を立てなければいけない」と戦略を示す。
手造りの継承と働き方の見直し

こだわりの箱麹法
品質を支えるのが、木製の小さな容器を使い、人の手で細かく状態を見ながら麹を育てる箱麹法や蓋麹法である。ただ、伝統製法の維持は人材面の制約と切り離せない。かつては冬の仕込み期間に蔵人が泊まり込む働き方が一般的だったが、現在は同じ形で人を集めることが難しい。
麹造りは酒質を左右する重要な工程である。同社は少量ずつ木箱に分け、温度や状態を確かめながら手を入れる。手間をかけること自体を目的にはせず、必要な品質を得る方法として続けてきた。一方、丸山社長は「今は良い機械も多い」と認める。人の感覚を生かす工程と、機械化して負担を減らす工程を分けることが、品質と雇用を両立させる現実的な道になる。
丸山社長は「箱麹や蓋麹を全くやめることはないが、一部に機械を入れることは、この先どうしても出てくる。働きやすい環境にしなければ、酒造業自体が続かなくなる」と危機感を示す。同社も募集をかけても応募が多くない。蔵は駅から離れ、周辺に住宅や買い物環境が少ないため、外国人材を受け入れる場合も生活基盤が課題となる。
そこで丸山社長は、地域の中小製造業が共同で外国人材を受け入れ、通勤送迎などを提供する仕組みを提案する。「大企業なら自社でできるかもしれないが、上越市内に点在する製造業には行政の支援が必要だ。地方の文化だけでなく、生活圏をどう守るかが大切である」と訴える。酒蔵の存続を、地域の雇用や暮らしを維持する問題として捉えている。
資本の力を借り、設備と販路に投資
JIAグループは2025年7月9日、運営するファンドが丸山酒造場の株式を取得したと発表した。JIAは、伝統的な手造りの製法と雪中梅の品質を評価し、国内外での事業拡大を支援する方針を示している。丸山社長は買収という表現ではなく「資本提携」と説明する。
資本提携は、単に運転資金を得るためではない。現在の建物は約30年が経過し、酒蔵は継続的な設備投資を必要としている。人口減少で国内市場が縮小し、人材確保も難しくなる中、伝統技術を残すためには生産設備と労働環境の更新が欠かせない。
「設備投資をしながら伝統的な技術を続けるという観点に立つと、資本の力を借りなければいけない。将来を中長期的に考えて取った戦略である」と丸山社長は話す。今後は建物のリニューアルも選択肢となる。ラベル変更の可能性にも触れる一方、地元に愛されるクラシカルな商品を守る姿勢は変えない。
日本酒を「格好良く飲める」場所へ
同社の販売は地元が中心で、海外比率は1%に満たない。国内市場の縮小が見込まれる以上、首都圏や海外へ売り先を広げる必要がある。ただ、首都圏は全国の酒蔵が競う激戦区である。純米・純米吟醸シリーズの拡充は、新たな販路を開く商品戦略でもある。
若い世代への接点づくりも課題だ。丸山社長は、居酒屋や酒販店、イベントでの試飲に加え、料理と一緒に日本酒を気軽に楽しめる場が必要だと考える。「日本酒を飲むことは格好いいと思ってもらえる提案ができるといい。昼間でも、気楽に、しかしスタイリッシュに楽しめる場所が欲しい」と話す。
若者が日本酒に入る経路は一つではない。飲食店で料理と合わせて注文する、酒販店で説明を受ける、地域のイベントで試飲し、小瓶を買って帰るといった複数の接点が考えられる。丸山社長は「すしや和食だけでなく、イタリア料理やエスニック料理にも合わせられる。日本酒系のリキュールという入り口もある」と話し、従来の飲み方に限定しない提案を重視する。商品だけでなく、飲む場面まで設計する考えである。
構想するのは、高田駅や上越妙高駅、中心市街地などで、上越地域の蔵元が月替わりで酒を提供する常設拠点である。地酒を購入でき、その場でも味わえる「酒まつりの常設版」だ。「蔵が替われば来店する理由になる。上越・妙高の地酒のアンテナショップのような場所になればいい」と期待する。米、水、野菜、肉に恵まれた地域の食と日本酒を結び、観光客と住民の双方に新しい飲酒体験を提案する狙いだ。
守るために変える

冬の本社外観
雪中梅は、流行に合わせて味を変えた酒ではない。地元の食と暮らしに合わせた甘口を守り続けたことが、結果として全国での差別化につながった。一方、手造りを続けるには設備と働き方を変え、市場の縮小に対応するには商品と販路を増やさなければならない。
丸山社長は今後を「クラシカルなものは残しつつ、新しいチャレンジをしていく」と表現する。資本提携は、老舗が伝統を手放すためではなく、残すための経営判断である。普通酒と純米・純米吟醸の二本柱を築き、雪中梅を地元の晩酌酒から次代の国内外市場へつなげられるか。129年目の酒蔵は、守るものと変えるものを見極めながら、新たな仕込みに入っている。
(取材・文・撮影 梅川康輝)