【梅川レポート38】「織る、塗る、形づくる」を継承 上越の人材が支える黒子の技術の有沢製作所 次の100年へ

インタビューに応える増田竹史取締役専務執行役員
株式会社有沢製作所(新潟県上越市)の創業の原点は、上越の地で手掛けたバテンレースにある。その技術を源流として、「織る、塗る、形づくる」を磨き続け、100年企業へ成長した。製品や用途は時代とともに変わったが、技術を受け継いできたのは上越と近隣地域の人々である。上越に生産と研究開発の拠点を置き、世界の産業を支える。次の100年へ向かう同社の歩みは、地域に根差した技術継承の歴史でもある。
同社は、スマートフォンや半導体に使われる電子材料を主力とする。社名は知られていても、一般消費者が同社の製品を直接目にする機会はほとんどない。同社の増田竹史取締役専務執行役員は自社の立ち位置を「言ってみれば黒子的な仕事が多い」と表現する。顧客との契約や口頭の取り決めにより、採用製品や取引先を明かせない場合も多い。企業間取引を中心とする材料メーカーならではの知名度の壁である。
しかし、見えにくさの裏側には、顧客の要求を形にする技術の蓄積がある。同社が掲げる技術は「織る、塗る、形づくる」の3つだ。増田取締役は「お客様のニーズを、私どもが持っている『織る、塗る、形づくる』という技術で形にしている」と説明する。電子機器向けだけでなく、宇宙、ディスプレー、スポーツ用品、水処理など用途は広い。完成品を造る会社ではなく、素材に独自の機能を加え、部品メーカーへ渡す中間材料メーカーである。
バテンレースから受け継ぐ三つの技術

有沢製作所本社外観
同社は銅箔やフィルム、ガラス繊維、炭素繊維、樹脂などを調達し、組み合わせる。例えばフィルムに独自に調合した接着剤を塗り、銅箔と貼り合わせることで、次の工程を担う部品メーカーが使う材料にする。増田取締役は「私らは自称、中間材料メーカー」と話す。素材そのものでも最終部品でもない。サプライチェーンの中間で、素材の性質を顧客仕様へ変換することが役割だ。
中でも現在の主力は「塗る」技術である。接着剤や処理剤となる樹脂を配合、調合し、求められる機能を持たせる。どの樹脂をどの割合で組み合わせ、どのように均一に塗るか。積み重ねた知見が他社との差になる。増田取締役は「今は塗るが主力だ。今後もいろいろなところで需要が出てくると思うので、塗るを極めていきたい」と語る。
「塗る」と一言でいっても、加える機能は接着だけではない。表面を傷つきにくくするハードコートや、光の反射を抑える処理など、身近な製品には多様な塗工技術が使われている。増田取締役はスマートフォンの保護シートを例に挙げ、「接着剤が付いているだけではなく、傷が付かないようなハードコートや、反射しないような反射防止も実は塗ってある」と説明した。同社がその製品自体を手掛けているという意味ではないが、「塗る」技術の応用範囲の広さを示す例である。
電子材料の成長を支えた代表例が、折り曲げられる回路であるフレキシブルプリント配線板(FPC)向け材料だ。FPCは狭い空間にも回路を配置できる。かつてはカーオーディオの内部など限られた用途で使われていたが、携帯電話、携帯型ゲーム機、デジタルカメラへと用途が広がり、現在はスマートフォンにも搭載される。電子機器の小型化と高機能化が進むほど、薄く、曲げられる回路の役割は大きくなる。材料に使う銅箔は9マイクロメートルや12.5マイクロメートルという薄さである。
ただ、同社がスマートフォンや半導体そのものを製造しているわけではない。顧客は主に部品メーカーで、その先にモジュールメーカーや最終製品メーカーが連なる。日系顧客の生産拠点が中国や東南アジアへ移ったことから、同社の材料も海外へ輸出され、現地で部品となり、最終製品として再び各国の市場へ出る。
赤字期にもニッチ技術を捨てず
同社の歩みは直線的な成長だけではない。増田取締役によると、かつて5年連続で営業赤字となった時期があった。それでも、顧客の細かな要求に応える材料開発を続けた。大手企業が手掛けない特殊な用途は当初、売り上げが小さかったが、市場の需要が変わると同社の技術に注文が集まったという。
増田取締役は「赤字の時にコツコツとニッチな要求に応える材料を作った。需要がそちらへシフトした」と振り返る。同社は製品の販売が終わっても、基礎となる技術まで捨てない。「この製品がなくなったからといって、技術をすぐに捨てることはしない。またいつか来る」。用途や組み合わせる素材が変わっても、「織る、塗る、形づくる」という基盤は残る。約35年間勤務する専務は「その間になくなった製品も結構ある。そのたびにまた新しい製品が生まれる」と話す。
顧客と長く開発を続ける姿勢も特徴だ。現在の主力製品の中には、約30年前に顧客から「こういうものができないか」と相談され、共同開発を始めたものが複数あるという。当初は小さな売り上げだったが、顧客の事業拡大とともに成長した。増田専務は「自分たちで市場を切り開くというより、取引先の事業発展に寄り添う」と説明する。中期計画も、顧客との引き合いを積み上げて組み立てているという。
開発を閉じた研究室から共創の場へ

ARISAWA Innovation Center
一方、自社技術と既存顧客の要望だけを組み合わせる方法では、事業領域の拡大に限界がある。同社は外部との接点を増やす場として、ARISAWA Innovation Centerを活用する。既存顧客の別部門や上位部門、大学、研究所、これまで取引のなかった企業にも設備や技術を見てもらい、新たな用途を探る。増田取締役は「それができるなら、こういうこともできるのではないか、という話につなげたい」と狙いを示す。
同センターは採用や地域との接点にもなる。高校生や大学生が施設を訪れ、社員や設備に触れる機会をつくっている。地域の子どもを招いたラジオ工作教室では、社員が講師役を務めた。増田取締役は、見学した若者に「こんな会社で働きたい」と感じてもらいたいと話す。研究・開発の現場を開くことが、新事業と人材確保の双方につながる。
上越の100年を次の100年へ
生産能力を増やす際には、事業継続計画(BCP)も重視する。顧客の多くは太平洋側に拠点を持ち、地震リスクの分散先として新潟の生産拠点が評価されてきた。一方、2024年の能登半島地震を受け、顧客から上越1カ所への集中を懸念する声が出た。同社は能力増強と供給拠点の分散を両立させるため、岐阜県にも拠点を設ける考えである。増田取締役は、太平洋側でも日本海側でもない立地や、洪水、積雪などのリスクを検討したと説明する。
それでも研究開発と生産の核は上越にある。開発部隊と生産拠点が同じ敷地にあり、現場の技術を基に新製品を生み出してきた。バテンレースを原点とする技術は、上越と近隣地域の人材に受け継がれてきた。増田取締役は「お客様からもういいと言われない限り、こちらからやめさせてほしいと言うことはあまりなかった」と話す。核融合実験炉に関係する開発では、売り上げがほとんど立たない期間も含め、20年以上開発を続けた例があるという。短期の採算だけで技術の芽を摘まない姿勢を示す。
有沢製作所が掲げる言葉は「創造、革新、挑戦」である。増田取締役は「このDNAを受け継ぎつつ、変化を恐れず新しいことに挑み続ける。皆さんと共に次の100年へ」と語った。バテンレースから始まった製品は移り変わり、市場も顧客の課題も変わった。表からは見えにくい黒子の仕事を上越人が守り、磨き、世界へ送り出す。その積み重ねが、同社を次の100年へ運ぶ。

FPC材料

水処理用FRP製圧力容器
(取材・文 梅川康輝)