暑中見舞い

高校教師から転職した社長が率いて、97歳の職人が活躍する柄沢ヤスリ(新潟県燕市)


かかとヤスリ「誉(ほまれ)」

工業製品などの切削に使う工業用ヤスリの国内生産は、造船業が盛んな広島県呉市が95%近くを占めているが、新潟県燕市も3%ほどのシェアを持っているという。その越後燕は江戸時代から鎚起銅器とキセルとヤスリの町であったが、戦後洋食器の町へと変貌を遂げ、400軒近くあったヤスリ製造工場も今や3社(爪ヤスリメーカーを含む)だけとなった。

そのうちのうちの一つが、昭和14年創業、従業員数14人の有限会社柄沢ヤスリ(新潟県燕市)だ。

サイズの小さい組ヤスリを中心とした工業用ヤスリのほか、最近は爪や踵用のヤスリ製品を相次いで開発し商品化している。ヤスリは39歳から97歳までの目立て職人6人、焼入れ職人1人、削り職人2人が一つ一つを手作業で製造する。そして、完成したヤスリは、担当者たちが広報や包装などを行い、ユーザーの元へと送られていく。「今年入社した新潟大学卒業のシステムエンジニアの従業員がInstagramなどを使って広報を行なっています」と柄沢良子代表取締役社長は話す。

工業用ヤスリでの主力製品の一つは、プラスチックヤスリで、国内でもほぼ同社のみが製造を手がけている商品だ。

一般にヤスリの目は、2方向に交わるように切った複目が多い目が、同社のプラスチックヤスリは単目であるため、1/100mm~1/200mm単位で表面を美しく仕上げることができる。プラスチック製品やプラモデルなどのほか、木材(弦楽器など)、アルミニウムなどの繊細(ソフト)な素材の仕上げに適していて、これまで輸出をしたことがないにもかかわらず、バイオリン工房が集積するイタリアのクレモナでは知らない人がいないという逸品だ。

プラスチックヤスリは先代の時に開発した商品だが、2014年には、さらに耐久性を高めた「誉(ほまれ)」というブランド名のプラスチックヤスリを開発した。

ヤスリは切れ味を高めるため鋭利にすると耐久性が低くなるという問題が生じる。こうした中、新潟大学工学部名誉教授の田中眞人氏の指導のもと、目に特殊メッキを塗布し強度を高めることに挑み、完成させた商品だ。

ただ、メッキはその特殊性から、尖った部分にメッキ材が集中するため、ヤスリの切削能力が失われてしまう。そこで、田中氏から伝授の分厚い資料を携えて訪ねた地元企業(メッキ会社)の協力のもと、試作を重ね、材質を吟味し、誉を完成させた。目詰まりがしない上に耐久性も高まり、「鉄やステンスレも削れるようになりました」(柄沢社長)と話す。

昭和14年創業の有限会社柄沢ヤスリ(新潟県燕市)

 

高校教師から社長に転身

一方、柄沢社長の父親である先代社長は、柄沢社長が入社する以前の2008年に亡くなり、柄沢ヤスリは社長不在となっていた。だが当時、高校教師をしていた柄沢社長は、事業の承継をそれほど強く意識しておらず、社長就任を即断しなかった。「心の何処かにいずれなんとかしなければならないという思いはありましたが、準備はできていなかった」と当時の心境を振り返る。そして、「(社長就任を)3年ほど待ってほしい」と言い、まずは、“助走期間”として週末に出社し、少しずつ慣れていくという生活を送ることにした。

だが2008年にリーマンショックが発生、それまで好調だった会社の業績は大幅に悪化した。そうした中、「お客様からやめられると困る。やめないでくれ」と言われ、30年間の高校教師生活に別れを告げ、社長就任を決断する。

社長就任のため呉の同業者(同業者が商品を補完しあっている関係)のもとに挨拶に訪れたが、同時不況のあおりで平日にも関わらず休業している企業も少なからずあり、挨拶回りに苦労したという。また自社も雇用調整助成金などでしのぐ状況だった。

だが、いつまでも手を拱いているわけにはいかない。在庫のミニヤスリに、新潟県立月ヶ岡特別支援学校の生徒が作った焼き物のストラップを取り付け、袋に入れて販売を始めた。だが、「売り先がなかなか見つからなかった」(同)という。そこで、燕商工会議所に行くと、デザイナー派遣事業を紹介してくれ、長岡造形大学の教授など2名のデザイナーが派遣されてきて、「新商品(爪ヤスリ)」を作ろうとなった。

甲丸ヤスリの特色を活かした新商品「爪ヤスリ」の開発資金を確保するため、燕商工会議所の「新商品補助事業(2012)」に応募。審査員を前で行ったプレゼンでは、横で古参社員に実演をしてもらいながら、柄沢社長は必死になってヤスリへの想いの丈を語ったという。「この時、初めて社長としての役割を実感できました」(同)。

新商品補助事業はダントツのトップで採択された。補助金を利用しながら、様々な試作品の製造を1年間ほど行い、2013年に「シャイニーシリーズ」(現在、爪ヤスリと踵ヤスリがある)が完成。さらに2014年には、(公財)にいがた産業創造機構主催のニイガタIDSデザインコンペティションで大賞を受賞した。

2014年、(公財)にいがた産業創造機構主催のニイガタIDSデザインコンペティションで大賞を受賞

販路開拓は、第四銀行から紹介してもらったグローカルマーケティング株式会社(長岡市)の担当者を交えたマーケティング戦略会議を開催し戦略を練った。「その会議で、新商品お披露目会のプレスリリースを出すことになりました」(同)。

そのプレスリリースに、「当時90歳だった職人・岡部キンさん(現在97歳の現役の職人)がヤスリの目を立てている」と入れたところ、多くのメディアの注目を集めたという。「新商品より岡部さんの方に注目が集まった(笑)が、これで大ブレークのきっかけをつかむことができました」(同)と振り返る。

現在97歳の現役の職人、岡部キンさん

2018年には、腕や手が不自由な人でも気軽に使える爪ヤスリ「初爪(はつめ)」を開発、販売を始めた。初爪は、高校教員だった柄沢社長が、島根大学病院の医師になった教え子から、麻痺などで腕が不自由な患者が、爪を切るのに苦労しているという話を聞いたことがきっかけで開発を始めたという商品だ。

ヤスリは台で固定しているため、片手だけで爪を削ることができる。また通常、ヤスリは1方向しか削ることができないが、初爪は日本初の技術である独自のカーブを施し3方向からも削ることができるようにした。ヤスリの目が細かく、爪に負荷をかけずに削ることができるという。

現在、麻痺などで腕が不自由な患者や、抗がん剤治療などでも爪が薄くなり割れやすくなった患者などに利用されている。

さらに今年、この初爪を一般用に改良した「ちっちゃな初爪」の販売を始めた。台座をなくしたほか、サイズもコンパクトにし、持ち運びを楽にした。携帯に便利なポーチもついている。

初爪

 

技術を時代に継承できる体制づくり

社長就任当初は、業界の素人だった柄沢社長だが、就任後は、爪ヤスリや踵ヤスリの新商品を発売するなど新たな分野への進出を果たしてきた。

その柄沢社長は、どんな会社の将来像を描いているのだろうか?

「(冒頭で紹介した通り)現在、当社には、目立て職人、焼入れ職人、削り職人がいて、一つ一つを手作業で製造している。職人たちはそれぞれしっかりした仕事をしている。しかし、自分の工程以外については知らず、ヤスリはどのような流れで作られていくのかわからなかった状態でした。そこで、『ヤスリが出来るまで』というパンフレットを作成し社員に配布し、社員のヤスリ全体の工程を理解してもらいました。ただ、工場全体を統括する責任者(工場長)が未だ不在です。そこで、オフィス拡張(来年1月完成予定)に合わせ、私が工場責任者として工場を統括していきたいと考えています。そして、このヤスリの製造技術を次代につなげていきたい。それが私の役割であると考えています」(同)



無料ユーザー登録すると、コメントを投稿できます。無料ユーザー登録はこちら

0 件のコメント

コメントはこちらから

こんな記事も