【三浦展の社会時評】 第6回 「少子化問題」

岸田総理は異次元の少子化対策を掲げているが、その割には迫力がない。

私は実は少子化問題会議の最初の委員の1人である。正式には1998年の「少子化への対応を考える有識者会議」委員で、ネットで調べたら、98年7月から開催し、12月に「少子化への対応を考える有識者会議提言… 夢のある家庭づくりや子育てができる社会を築くために(提言)」をまとめている。

厚生省(現・厚生労働省)の所管。総理は厚生族だった橋本龍太郎、厚生大臣は小泉純一郎と、まあ、今から思うと派手な顔ぶれである。何度か担当大臣が何人か揃ったこともあって、
小泉さんは目の前に座っていた。途中選挙かあり、自民党が負けて橋本さんが苦虫を潰したような顔をしておられたことがあったのを思い出す。

そんなことはどうでもいいが、あれから25年、少子化対策は何の成果も出せずにきたわけである。自分が委員をやっておいて無責任だが、あの会議がもっと別の提言をして、それは政策に実現されていれば、少子化は止まったかもなあと思う。

別の提言とは子育て世帯などへの経済支援を圧倒的に強化することである。子供が欲しいができない不妊症への経済支援も、菅総理になって急に始まったが、もっと前からすればよかった。学費・保育費・出産費・子どもの医療費を下げる・補助する、塾代を所得から控除する、生まれた子ども1人あたり100万円をあげるなど、子育てに関するありとあらゆる費用を減らす・補助するべきだったのだ。そういう田中角栄的な庶民の本音にグサリと刺さる政策にすべきだった。

なぜそうならなかったのか。当時の資料を見ると、たとえば「出生率上昇のためには女性が家庭に戻れば良いとするのは非現実的。男女共同参画社会の理念に反するとともに、労働力人口が減少に転じる見通しの中で、女性の就労機会を制限することは不適切・不合理である。」「女性が性別の故に働く機会を制限されることは、男女共同参画社会の理念に根底から反し、不適当。また、日本の労働力供給が数年後には減少に転じる見通しの中で、働きたいと願う女性の就労を抑制することは、誰にとっても不合理」とされている。間違ってはいない。いや、正しい。正しすぎるくらいだ。そして今も言っていることは大体同じである。

そして「環境整備すべき内容 働き方に関する事項」として、「日本的雇用慣行と密接に結びついている男女の固定的な性別役割分業を隅々まで見直し、あわせて職場優先の企業風土を是正すること。」「多様な働き方を可能とし、特に育児期間にあたる男女就業者について育児休業や育児のための時間の確保を推進するなど、職場における仕事と育児の両立支援の取組みを充実するとともに、このためにも、仕事の効率性を高めて就業者全体の職場への拘束時間を削減すること。」「出産・育児のため退職しても不利になることなく再就業できる開かれた労働市場を実現すること。」「企業の育児支援の取組みを勧奨・評価する仕組みを設けること。」が大事だとされた。このへんの女性の就労環境についてはかなり実現の方向に進んできたと言える。だが少子化は止まらなかった。

そして「家庭、地域、教育のあり方などに関する事項」としては「男女の役割分担を見直し、家事や育児への男女共同参画を推進すること。」「子育てを社会全体で支援するという国民的合意を確立するとともに、子育ての社会的支援のハード・ソフト両面にわたる環境整備を行うこと。」「都市部の低年齢児保育など需要の多いサービスの整備、生活スタイルの変化に対応した多様なサービスの提供、良質なサービスの効率的な提供、子どもの立場に立った保育の質の確保などを図ること。」「学歴偏重を是正し、知育に偏らない体験学習などを通じて生きる力・術を身につけられるようにし、また、奨学金の抜本的拡充などを通じて18歳になったら経済的に自立できる環境を整えること。」「子育ての経済的負担を社会的に支援する税制や社会保障制度のあり方を検討すること。」が列挙された。

たしかに保育所は増えたが、学歴偏重社会は変わらず、奨学金は拡充されず、社会保障の支援が増えたとはあまり思えない。過去25年間で大学進学率が上昇し、特に女性の4年制大学進学率が進み、親の給料は上がらないのに学費は上がり、塾代を含めた経済負担は激増した。それにしても18歳になったら経済的に自立って、何?と不思議である。親が学費は出すが生活費は自分で稼ぐなら大学に行って良いと言われて夜の街で働く女子大生が増えたが、まさかそのことではあるまい。

この提言の問題は、当時のエリート女性を助けることが第一義だったところにある。すでに70年代、80年代に4年制大学を卒業し、いや大学院まで行き、企業で働いたり学者になったりした女性たちが委員の多数を占め、子どもができたら仕事ができません、研究ができません、男性にもっと子育てをしてもらいましょうという主張が大半だった。

そのため、委員会の座長を務めた社会学者で某大学名誉教授の女性が、みなさん、子育てをまるで悪いことのように言うけれど、私は最近可愛い孫ができてボーナスをもらった気分ですから、もっと子育てに夢が持てるような話にしましょう、という意味のことを言われて、女性委員たちをなだめたほどである。

もちろん、女性委員たちの主張がまちがっているわけではない。でも、当時はまだ少数派だったエリート女性を支援するという視点で議論がされたので、そして1998年はまだ経済が回復するという時代の気分があったからであろうが、もっと一般大衆の親たちが喜びそうな経済的視点の提言はほぼなかったと記憶する。もちろん私もしなかった。そういう時代だったとしか言いようがない。

男性は給料が低いと結婚できないという話題が議論され始めたのは2005年以降である。実際その種の話題を厚生労働省の別の会議で私が話したのは2009年のことである。

女性の地位が上がれば、男性の地位は相対的に下がる。一流大学を卒業した女性が採用されれば二流大学を卒業した男性は、より給料の低い会社に就職することになる。男性にとっては競争相手が増えたのだから、昔よりは給料の高い仕事にありつけなくなったのである。

また一流企業の女性は一流企業の男性と結婚しても二流企業の男性と結婚してくれないという現実が拡大した。本当は、給料の高い女性が給料の低い男性と結婚してくれればよかったのであるが、そうはならなかった。

二流大学卒で二流企業に入って年収400万円というごく平均的な正社員男性の結婚相手が年収240万円くらいの正社員女性ならまだ相当恵まれているほうである。正社員にもなれずに40歳になっても50歳になっても非正規雇用のままという男性も増えてしまった。これでどうやって結婚して子どもを産めるだろう。そういう社会になるとは98年時点では想像できなかったのである。

また正社員になれた女性は育児休暇が取れるが、非正規雇用の女性は取れない。そういう女性同士の「女々格差」が開いてしまった。非正規雇用の女性は育児休暇の取れる正社員の男性と結婚しないと子どもが安心して産めないから、ますます正社員男性を求めるが、正社員男性も先述のような理由もあって数が減り、かつ給料はあまり高くない時代だ。

他にも、せっかく子どもを産んでも離婚してしまったシングルマザーが増えるなんて98年には考えもしなかったのである。

だから、98年の時点で、少子化対策の基本を子育てに関するありとあらゆる費用をできるだけ行政が面倒を見る、という提言をして、たとえば国公立大学が学費無料とか、私立大学も専門学校も学費半額とか、そういうことが実現されればもうちょっとは子どもが増えただろうと思うのである。

三浦展(あつし)

1958年新潟県上越市出身。82年一橋大学社会学部卒業。(株)パルコ入社。マーケティング情報誌『アクロス』編集室勤務。86年同誌編集長。90年三菱総合研究所入社。99年カルチャースタディーズ研究所設立。消費社会、世代、階層、都市などの研究を踏まえ、時代を予測し、既存の制度を批判し、新しい社会デザインを提案している。著書に『下流社会』『永続孤独社会』『首都圏大予測』『都心集中の真実』『第四の消費』『ファスト風土化する日本』『家族と幸福の戦後史』など多数。

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