【特集】新潟市民病院薬剤師・稲田有花さん「患者の人生に寄り添う薬剤師に」新潟薬科大学卒業生を追う

新潟市民病院(新潟市中央区)の病棟で、資料を確認しながら病室へと向かうのは、同院の薬剤師・稲田有花さん。抗がん剤治療を受ける患者を訪ね、その日の気分や体調、薬の効き具合などを、穏やかな口調で詳しく、そして丁寧に聞いていく。

稲田さんは新潟薬科大学(新潟市秋葉区)の薬学部を卒業後、新潟市民病院で働き5年目になる。幼い頃から憧れていた薬剤師の仕事に就き、「患者の声に耳を傾けること」を大切にしている。病院薬剤師の一人として、患者に寄り添う稲田さんの仕事に迫る。

「地域医療の要」新潟市民病院の薬剤師として

新潟市中央区鐘木にある新潟市民病院。高度急性期病院、地域医療支援病院、紹介受診重点医療機関といくつもの役割を持つ総合病院だ。

新潟市民病院は、1973年に開院した新潟市が運営する自治体病院だ。2007年に現在の新潟市中央区鐘木に移転し、三次救急を担う新潟医療圏の中心的な病院として、救急車やドクターカーも配備。周産期医療の救急受け入れ、感染症指定医療機関、地域がん診療連携拠点病院など、地域のさまざまな医療ニーズに応える高度急性期病院だ。

薬剤部には43名の薬剤師が在籍し、24時間365日体制で薬物治療と医薬品管理を担う。調剤室での調剤業務、薬品管理室での注射薬セット、ミキシング室での抗がん剤調製、薬品情報室での情報管理など、中央業務と呼ばれる基本的な業務に加え、17の病棟それぞれに薬剤師を配置。手術室、医療安全管理室など、院内のさまざまな場所で薬剤師が活躍している。

新潟市民病院内にある薬品管理室。さまざまな薬剤が保管されている。

薬剤に関する情報を網羅する薬品情報室にて。

稲田さんは20214月に入職し、最初の1年間は中央業務を通じて病院薬剤師としての基礎を身につけた。2年目から3年目途中までは調剤室で、その後はミキシング室での抗がん剤調製業務を経験。4年目からは、念願だった病棟業務に従事している。

「入職時から、難しい病気の一つでもあるがんのスペシャリストを目指したいという目標がありました。病棟での業務に加え、外来化学療法室での指導業務も担当し、がん患者さんの薬物治療に関わっています」。

チーム医療を実践する、病院薬剤師の役割

抗がん剤調製業務における職業曝露リスク低減に欠かせない、密閉式の無菌調製用陰圧アイソレーター(ケモシールド)。ここでも抗がん剤の調製が行われる。

医療の世界は、日進月歩で変化し続けている。それは薬学においても同様で、薬の有効性や安全性のみならず、薬剤処方の業務も進化してきた。

「昔は薬と向き合っている時間がとても長かったんです」と振り返るのは、稲田さんの上司である田中裕子薬剤部長だ。時代の流れとともに、薬剤師の業務は対物業務から対人業務へと大きくシフト。医療DXが進んだことで調剤の一部は機械化され、薬剤師は患者と接する時間が増えた。

病院薬剤師と薬局薬剤師の大きな違いについて、田中部長は「病院では注射薬や抗がん剤の調製など、業務の幅が非常に広いです。医師や看護師など他職種との距離が近く、チーム医療の一員として直接的に治療に関わることができるのも、病院薬剤師の特徴です」と説明する。実際に看護師から得た患者の情報を基に、薬剤師が医師に処方提案をすることも珍しくない。

「病棟勤務になって、入職時からやりたかったことを実現できているおかげか、これまで以上に真剣に働いている印象です」と稲田さんの様子を語る田中裕子薬剤部長。

さらに、田中部長は「病院薬剤師に必要なのは協調性です」と語る。病院やクリニックの近くにある調剤薬局では、処方箋に合わせて薬を処方するのが一般的だが、病院薬剤師はさまざまな職種と連携し、患者に対応する時間も薬局薬剤師よりも長い傾向にある。そのため、相手の話をきちんと聞いて理解し、チーム医療を実践していくことが必要になるというわけだ。

田中部長は稲田さんについて「入職時から、抗がん剤治療のスペシャリストを目指すという明確な目標を持っていました。病棟に配属されてからは生き生きと働いています。稲田さんは病院薬剤師の役割や意義をしっかりと理解できていて、患者さんと向き合う時間を大事にしているのが印象的です」と語る。稲田さんは同僚や後輩とも和気あいあいと過ごし、チーム医療の中で重要な役割を果たしているという。

薬剤師への道を支えた、新潟薬科大学での学び

薬剤部で「中央業務」と呼ばれる調剤室での調剤業務。かつては稲田さんもここで経験を積んだ。

稲田さんが薬剤師を意識するようになったのは、幼い頃に風邪をひいて病院に行ったとき。病院の隣にある調剤薬局のガラス張りになった調剤室を見て「楽しそう」と感じ、処方された薬を飲むと熱も下がって元気になった。

「薬剤師さんの仕事ぶりや、自分の体調の変化を通して『薬って魔法みたい!』と思ったのが、薬剤師の仕事に興味を持つようになったきっかけです」と稲田さんは話す。

高校1年生から新潟薬科大学のオープンキャンパスに参加し、薬学部の専門的な環境に触れて進学を決意。新潟で生まれ育った稲田さんにとって、地元で学べること、卒業生の多くが新潟の医療機関で活躍していることが、大学選定の決め手になった。

新潟市秋葉区にある新潟薬科大学。現在は薬学部、応用生命科学部、医療技術学部、看護学部の4学部5学科で構成されている。

新潟薬科大学薬学部は、新潟県唯一の薬学部として47年の歴史を持ち、5,500名以上の卒業生を輩出。段階的に専門性を高めていくカリキュラムが特徴で、1年生から3年生では基礎薬学を中心に学び、4年生以降は実践的な実習へと進む。ICTを活用した教育システムも充実しており、CBTや国家試験形式の問題が1万題以上登録された自己学習システムを通じて、学生に効率良く知識を定着させることができる。

また、大学では地域医療への貢献も重点に置いている。村上の山北地区や上越の山間部、魚沼地区など薬剤師が不足している地域で、地域医療を学ぶ選択科目を設けて、薬剤師として実際に現場を見る機会をつくっている。

稲田さんの恩師である神田循吉准教授

稲田さんの恩師である神田循吉准教授は、自身も新潟薬科大学の卒業生だ。新潟市内の病院に6年勤めた後、母校に戻って20年間教鞭を執っている。

「本学は新潟県唯一の薬学部として、1学年100人ほどの規模で、教職員が学生一人ひとりに身近に向き合うことができます」(神田准教授)。

神田准教授の研究室では、学生が興味のある薬物治療や新しい薬の紹介をまとめて、ゼミ生の前で発表するセミナーが定期的に開かれる。「薬剤師になれば、必ず人前でプレゼンテーションする機会があります。学生のうちからこうした機会を設けて、実践的に取り組んでいます」と神田准教授。

稲田さんも「最初は苦手でしたが、このセミナーで先輩の発表を見て学びました。この経験のおかげで、人前で話すのが苦にならなくなりました」と語り、大学での学びを現在の仕事に活かしている。

ゼミでは学生たちのプレゼンテーション能力を育成するセミナーを随時開催している。

また、稲田さんは5年生時に新潟市内の調剤薬局で実務実習を行い、老人保健施設への往診の同行や在宅医療を学んだ。漢方内科があるクリニックの処方箋も多く扱い、漢方薬についても深く学ぶことができた。病院実習は県立がんセンター新潟病院で行い、がん専門薬剤師の働きを間近で体感。「がん治療のスペシャリストになりたい」という目標を明確にできたのも、大学での数多くの実習や学びを通したことによる。

「稲田さんは非常に積極的な姿勢の学生でしたね。新型コロナウイルスの影響で、大学内に入れない時期もありました。その中でも稲田さんを筆頭に、学生たちは学ぶ姿勢を止めることなかった。卒業研究発表会も縮小した形でしたが、しっかりと発表してくれたのを覚えています」と神田准教授。

「薬学の学びは難しいところもありますが、薬剤師になると患者さんに貢献できるのを実感する仕事です。私たちは薬剤師を目指す学生さんを、教職員一丸となって応援しています」と語る神田准教授。

「研究室では、学生さんが将来社会人や医療人になったときに、挨拶をする、みんなで使う場所は整理整頓する、時間を守るといった、どんな社会でも通用する基本的なマナーを身につけてもらいたいと意識しています。稲田さんをはじめ多くの卒業生が医療の第一線で活躍しているのは、私たち教職員にとって非常に励みになります」(神田准教授)。

患者の人生に寄り添う薬剤師になりたい

抗がん剤のミキシング業務の様子。抗がん剤調製時は、専用のガウンや二重の手袋を着けて作業にあたる。

病院内の抗がん剤調製室では、稲田さんの同僚の薬剤師たちが黙々と作業を続けている。外来の患者が待っているため時間との戦いだ。稲田さんも以前はこの業務を担当していたが、今は病棟を回って薬剤について患者に説明する立場にある。

病室に入ると、稲田さんは患者さん一人ひとりに優しく問いかける。「手足の感覚は大丈夫ですか?」「吐き気は、今日はいかがですか?」と、細かく症状を確認していく。患者の一人は「稲田さんが来てくれると安心するんです。いつもしっかり話を聞いてくれますからね」と笑顔を見せた。

担当する患者さんの病室を回る稲田さん。「最近は薬剤師さんではなく、稲田さんと名前で呼んでいただくことも増えてきました」と語る。

午後のカンファレンスでは、医師から使用する薬剤についての相談を受ける。その際には、薬物相互作用や副作用のリスクを考慮し、代替薬を提案することもあるそうだ。

「総合病院の薬剤部には救急、感染、がんなど、さまざまな領域のスペシャリストがいるので、困ったときに相談できる環境があるのもありがたいです」と稲田さんは病院薬剤師の仕事の魅力を語る。

「病院薬剤師と薬局薬剤師が連携する『薬薬連携』も重要な仕事です。化学療法を受けている患者さんの治療情報をまとめて、患者さんから調剤薬局に渡すのですが、薬局の薬剤師からは自宅での様子が記されたFAXが情報として送られて来ます。病院と薬局の薬剤師の連携と協力で、患者の薬物治療を支えています」(稲田さん)。

医師、看護師、薬剤師など多職種の専門家が患者に関する情報を共有するカンファレンス。

稲田さんが大切にしているのは「患者の話をちゃんと聞くこと」。一方的に薬の説明をするのではなく、患者の表情や受け答えを見ながら、本当に理解できているか確認する。

「私がそわそわしていると患者さんも話しづらいと思うので、できるだけ忙しそうに見えないよう、ゆったりとした雰囲気を心がけています」と稲田さん。外来の化学療法室では、初めて抗がん剤治療を受ける患者の不安に寄り添うことも多い。

抗がん剤治療の際の吐き気が心配という患者には「今は吐き気止めの薬も進化していますよ」と優しく説明し、患者の表情が和らぐのを確認する。治療のスケジュールや予想される副作用について丁寧に説明し、薬で予防できるものは事前に医師と相談して処方を調整する。それらも稲田さんの仕事だ。

「今以上に知識を養って、がん治療に関わっていきたいです」と意気込む稲田さん。

薬剤師として、医療チームの一員として、そして何より患者の人生に寄り添う医療人として、稲田さんは今日も病棟を回り、患者一人ひとりの声に耳を傾ける。

「今後の目標は、がん薬物療法認定薬剤師の資格を取得することです。薬のジェネラリストとして幅広く学びながら、より専門性を高めて、患者さんの薬物治療に貢献していきたいです」。

(文・取材:野口彩)
(ディレクター:石橋未来)

【学校情報】

住所:新潟市秋葉区東島265番地1

新潟薬科大学 Webサイト

新潟薬科大学は、1977年に新潟県で最初の4年制私立大学として、薬学部を開学した。現在は、薬学部、応用生命科学部、医療技術学部、看護学部の4学部5学科で構成される「医療・健康系総合大学」として発展を続けている。

特に、県内で唯一の薬学部を有する大学として、地域医療に貢献できる薬剤師を育成しているほか、2023年には医療技術学部、看護学部を開設し、多職種連携教育を推進。健康社会の実現に向け、医療・健康・科学技術分野で活躍する人材を地域に送り出している。

さらに、2027年には4学部7学科体制の総合大学への移行を目指し、教育・研究・社会貢献を推進していく予定である。

 

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