【特集】現場と裏方の二刀流、ALPHAS薬局のベテラン薬剤師兼能力開発室室長 新潟薬科大学卒業生・板谷将雄さん

ALPHAS薬局分水店の板谷将雄さん

「薬に関する悩みを、少しでも解消できたら嬉しいですね。究極的には、自分との対話が患者さんにとっての薬になれば、と思っています」。笑みを浮かべながらそう話すのは、ALPHAS薬局分水店(新潟県燕市)に勤める薬剤師、板谷将雄さん。

板谷さんは2003年に新潟薬科大学(新潟市秋葉区)を卒業後、アルファスグループの株式会社エヌ・エム・アイに入社。調剤薬局の現場で20年以上患者と向き合ってきた。また、同社能力開発室の室長としての顔も持つ。今回は、自らも現場に立つ傍ら、後進の教育にも携わるベテラン薬剤師の歩みを辿った。

 

「その日最後に会う医療職」だからこそ患者に安心感を

板谷さんが勤務するALPHAS薬局分水店

エヌ・エム・アイは、県内で医療、介護、福祉、食事業の5事業6社を展開するアルファスグループの一社で、調剤薬局「ALPHAS薬局」を村上市から上越市まで県内42店舗展開。「ALPHAS薬局」は病院の前ではなく、医院(診療所)付近に出店していることが特徴。また、薬局の周囲に複数の医院を誘致して同一敷地内に様々な医院が営業する「メディカルゾーン」の開発も県内各地で実施しており、複数科を受診する患者の利便性向上や地域医療の維持に加え、薬剤師のスキル向上も合わせて図っている。

板谷さんは大学卒業後に同社へ入社。長岡市や三条市の店舗を経験したのち、20254月から現在の分水店に勤務している。

長年、現場で患者と向き合ってきた板谷さんは「薬剤師は、患者さんにとってその日に会う最後の医療職になる」と説く。「一番最後に健康についての話をできるのが薬剤師です。そこで患者さんが納得し、前向きに治療に取り組もうと思っていただかないと、治療も上手くいきません」。重要なのは患者とのコミュニケーション。医師や看護師に言い忘れたことでも、最後に聞き出すことができれば処方箋にも反映できる。

また、病気の治療に必要なのは薬だけではない。空気の加湿、水分の摂取季節や患者の様態なども見ながら、生活面でのアドバイスもできるよう心がけている。

薬を準備する板谷さん。薬の棚は薬局ごとに並べ方が異なるという

患者に薬を渡す板谷さん。病を治すには患者自身が前向きに治療へ取り組むことが欠かせないからこそ、丁寧な説明を心がける

分水という地域柄、高齢の患者も多い。高齢者は処方薬の種類が増え、治療や飲み合わせも複雑化する傾向にある。近年は飲み合わせの良し悪しをチェックするシステムがあるものの、やはり長年の知識と経験が活きる場面でもある。

「絶対に飲んではいけない組み合わせだけでなく、『できれば避けた方がいい』、『一緒に飲むときは注意してほしい』という組み合わせもあり、その線引きは薬剤師の経験によります」(板谷さん)。培った知識と経験でそうしたリスクを感知しながら、患者や医師へ確認することもあるという。

 

薬剤師たちを陰から支える立場に

エヌ・エム・アイの桑原正幸常務取締役

現場に立つ一方で、板谷さんはエヌ・エム・アイの店舗支援部「能力開発室」の室長でもある。

「医師や薬剤師、患者さんから様々な問い合わせが来るのですが、板谷室長は薬剤師としての知識も豊富で、スピード感をもってすぐに答えてくれるので、現場はかなり助かっています」と語るのは、同社の桑原正幸常務取締役だ。

能力開発室では、日々現場で働く薬剤師からの薬や請求関係の問い合わせに答えているほか、最新の薬剤情報や仕事に関わるニュース・行政発表の収集・提供も行っている。さらに、新人教育を含む薬剤師教育の計画や社員の学会発表のサポートなども担う。室長である板谷さんはこうした能力開発室の仕事を取りまとめる立場。分水店に勤務しつつ日々送られてくる問い合わせに答え、また情報収集にも余念がない。

板谷さんは「薬剤師が一人しかいない店舗もあるので、キャリアが長い薬剤師からも『いざというときに相談できる場所があるのはありがたい』と言われます」とPCで各店舗からの情報に目を配りながらそう語る。医学・薬学は常に技術が進歩し、新しい治療法や薬が登場する世界。専門家である薬剤師だが、常に知識はアップデートしなければならない。そうした薬剤師たちを、板谷さんは陰から支えている。

ALPHAS薬局分水店での朝礼の様子。朝礼では、各スタッフの予定やその日に来る患者の予測、前日からの引き継ぎ事項などの共有を行う

 

薬は一歩間違えば「リスク」

自らも接客対応をしつつ、さらに能力開発室の仕事もこなす板谷さんは多忙だ

板谷さんは燕市の出身。幼いころから医療へ携わることに憧れた。「子供の頃は医者か看護師しかイメージがなかったのですが、とにかく病院で働きたいという思いが強くありました。でも高校生の頃はどちらかというと、あまり成績はよくなくて」と苦笑い。しかし高校3年生の秋、偶然入った書店で新潟薬科大学の願書を見つけ、その時に薬剤師という道を知った。

板谷さんは「勉強もサークルも、とにかく必死でしたね」と当時を懐かしむ。特に印象に残っているのは、毒性学の講義での一場面。「先生から一番最初の講義で『薬は反対から読むと何になる?』と問いかけられました。クスリの反対は『リスク』です。どこかを間違えれば毒になるという反面を、どんな薬も持っています」。板谷さんは現在、新潟薬科大学で講義する機会もあり、薬剤師を目指す若者たちにこの言葉を使っているという。

調剤薬局への就職を決めた際にも紆余曲折があった。

元々は大学院への進学を目指していたが、病院での実習を経て患者とのコミュニケーションにやりがいを見出した。しかし当時、多くの病院では新人は調剤室などで研鑽を積む必要があり、患者に接する業務は少なくとも2年目から。より患者とのコミュニケーションがとれる職場を目指し、選んだのは調剤薬局の薬剤師という道だった。

大学の思い出について、ラットの解剖も印象に残ったという。「薬学部の場合、解剖学がどう役立つのかピンとこない人も多いかもしれません。しかし、薬を飲むとどこを通り、どのように効くのかというのは重要で、そのイメージをしながら患者さんに話をすると伝わりやすいと思っています」(板谷さん)

 

薬学教育はより「実践」重視に──新潟薬科大学

新潟市秋葉区にある新潟薬科大学。現在は薬学部、応用生命科学部、医療技術学部、看護学部の4学部5学科で構成されている

2004年の法改正により、薬学教育は4年制から6年制へと変更。より高度な専門知識を身につけるとともに、従来のカリキュラムでは不足していた現場での実習経験をより重視する形となった。板谷さんが卒業して約20年、母校である新潟薬科大学も、薬学教育の高度化に伴い大きく変わった。

新潟薬科大学薬学部は県内唯一の薬学部として48年の歴史を持ち、5,500名以上の卒業生を輩出している。段階的に専門性を高めていくカリキュラムで、1年生から3年生では基礎薬学を中心に学び、4年生以降は実践的な実習へと進む。

薬学部臨床薬学教育研究センターの竹野孝慶助教。「臨床薬学教育研究センター」は、薬局や病院などの臨床の現場での勤務経験がある講師陣で構成され、各分野の専門家が揃っている点が特徴。なお、竹野助教も同大学の卒業生だ

ICTを活用した教育システムや地域医療への貢献も強みだが、なかでも「本学の特長は臨床薬学、特に私が所属している臨床薬学教育研究センターではないかと思っています」と解説するのは、同大学薬学部の竹野孝慶助教だ。臨床薬学は、薬の理論だけではなく実際に現場で生きるような知識のこと。調剤学の実習といった薬学に直結するものだけでなく、患者やほかの医療従事者とのコミュニケーションの実習なども含まれる。

「たとえば、ドアをノックして患者さんに入室の了承を得るなど、患者さんの病室に入る際のマナーなども指導しています。最初は『(実習なんて)やらなくてもできる』と思う学生も多いと思いますが、やはり実際に取り組むと、『こういうことを聞かなければいけないのか』とまなざしが変わります」(竹野助教)。そのため、5年生以降の実習で患者や医療従事者とのコミュニケーションをとり、薬剤師という仕事の実感を持つ学生も多いという。

新潟薬科大学内の臨床大講義室では、患者とのコミュニケーションを練習するために病棟・病室を再現。患者役のボランティアを相手に学生が応対し、ロールプレイを実践する形で、学生同士が応対に問題がなかったかをチェックし合う。主体的に学ぶ環境を整えている

診察時の質問や薬の説明のしかただけでなく、部屋に入るときのマナーや説明時の声量の配慮など、座学ではわからない点も多い。竹野助教は「勉強した通りではなく、自分の言葉で伝えられるようになってほしいと指導しています」と話す

日々大きく変化する教育と医療の現場。竹野助教も板谷さんと同じく「コミュニケーションの重要性」を力説する。

昨今、あらゆる業種が「AIに代替できる」と囁かれている。しかし、「私の経験からすれば、コミュニケーションという部分はAIや機械にはできないと思います。患者さんだけでなく医師や看護師など多くの医療スタッフがおり、円滑に仕事をするためには機械的なコミュニケーションだけでは難しい」と竹野助教。

「逆に言えば、薬剤師はそこにやりがいがあります。ただ薬を取るのではなく、『この患者さんのため、どうしたら薬物治療の中で最もよいものを選べるか』となったときに、やはり医師や看護師とたくさん協議して、ベストを提供したいと考えています」(竹野助教)

医療機関や薬局の調剤室を再現した調剤実習室(注射剤)。このほかにも、薬局内を再現した教室なども用意し、実習へ出る前の学生たちへ練習の場を提供している

調剤実習室(水剤)を解説する竹野助教。錠剤は似たような見た目のものも多く、誤って調剤しないように取り扱う必要がある。こうした点も、実習を通して身につけるべきポイントだ

2027年、新潟薬科大学は「新潟科学大学」に名称変更し、新たにグリーン・デジタル学科と救命救急学科(いずれも仮称)を新設予定。これまでその名称通り薬学のイメージが強かったが、食品・バイオ分野からビジネス分野まで揃えた4学部7学科の総合大学へ生まれ変わる。

母校で講義をする機会がある板谷さんは「多角的な面からスペシャリストの講義が聞けるようになるのでは」と期待する。薬学だけでなく、健康を支える栄養や食の観点、また、将来のキャリアを見据えれば経営的な知見を養うことも重要だ。「それぞれ専門の先生方の講義が受けられるようになるのは、薬剤師にとっても素晴らしいことだと思います」(板谷さん)。

 

進歩し続ける医療へついていくために

後進の薬剤師と情報共有をする板谷さん(写真右)

長年現場で経験を積み、能力開発室長や大学の講師として指導する立場でもある板谷さんは、後進の薬剤師や学生たちにとって目指すべきキャリアを歩むうちの一人だろう。そんな後輩たちへ板谷さんは「薬剤師は生涯勉強」であることを心得てほしいと話す。

「薬学部の実習生をお預かりするとき、『薬剤師は生涯勉強だよ』という話をしています。卒業から20年経つと、在学していた当時とは全く違う治療法が出てきます。今まで当たり前だった治療が、当たり前ではなくなっていることもあります」。薬学は日々進歩を続けている。能力開発室で日々情報を集める板谷さんだからこそ、その実感は大きい。

「だから日々、情報収集のアンテナを張って勉強を続けてほしい。大学生のときからその習慣があると、卒業して薬剤師になってからも、苦労しないと思います」。板谷さんは後輩たちへ、そう言葉を贈った。

「自分との対話が患者さんの薬になれば」。冒頭の言葉の通り、板谷さんは患者一人ひとりに向き合い、仲間を陰から支え、地域医療の最前線を支えてきた。学び続ける姿勢を貫きながら、薬局が果たすべき役割を体現するその背中は、これからの薬剤師が目指すべき姿を示している。

【学校情報】

住所:新潟市秋葉区東島265番地1

新潟薬科大学 Webサイト

新潟薬科大学は、1977年に新潟県で最初の4年制私立大学として、薬学部を開学した。現在は、薬学部、応用生命科学部、医療技術学部、看護学部の4学部5学科で構成される「医療・健康系総合大学」として発展を続けている。

特に、県内で唯一の薬学部を有する大学として、地域医療に貢献できる薬剤師を育成しているほか、2023年には医療技術学部、看護学部を開設し、多職種連携教育を推進。健康社会の実現に向け、医療・健康・科学技術分野で活躍する人材を地域に送り出している。

さらに、2027年には4学部7学科体制の総合大学への移行を目指し、教育・研究・社会貢献を推進していく予定である。

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