【驚愕のビジネスモデル】日本式リユース文化を生んだハードオフコーポレーション「令和の羅針盤」 を山本太郎社長に聞く

ハードオフコーポレーション本社
景気変動とともに成長するリユース市場
「リユース」という言葉が日本で広く定着したのは、比較的最近のことである。今では「リユース」と「リサイクル」は明確に区別されているが、10年ほど前までは両者が混同して使われることも少なくなかった。
「ハードオフも『リユースショップ』と言われるようになったのは最近ですね。今でも『リサイクルショップ』という人は多いです」と話すのは、株式会社ハードオフコーポレーション(新発田市)の山本太郎代表取締役社長である。創業者である山本善政会長から、2019年に経営トップを引き継いだ。
ハードオフは2024年、ついに1,000店舗を達成した。その後も着実に新規出店を進めている。1993年に新潟市紫竹山で1号店をオープンした当時、日本ではまだ「リユース市場」は確立されていなかった。街にあったのは、古道具屋の延長線上にあるような「リサイクルショップ」が中心だった。
買い取った商品を修理・整備し、明るく清潔な売り場に整然と並べる。そうしたスタイルを築いてきたのがハードオフである。
バブル崩壊、リーマンショック、東日本大震災、コロナ禍、そして足元の物価高――。株価や景気が大きく変動する局面のたびに、国内のリユース市場は拡大してきた。そこには、景気変動のたびに「人」と「もの」の関わり方が見直されてきたことが表れている。その最前線を走ってきた企業の一つがハードオフである。

「あくまでハードオフの本質はリアル店舗」と話す山本太郎代表取締役社長
すそ野広がり、必要とされるリアル店舗
某日、ハードオフコーポレーション本社で山本社長を訪ねた。
――コロナ禍を経て、日本のリユース市場は再び拡大しました。近年はフリマアプリも定着していますが、リアル店舗を展開するハードオフは、事業領域をかなり侵食されたのではありませんか。
山本社長 フリマアプリが定着した7〜8年前には、ハードオフでも買取が減った時期がありました。ただ、1〜2年前からは再び伸びています。コロナ禍を経て、リアル店舗の価値が見直されたのだと思います。コロナ禍では人と人との直接的な接触が断たれましたが、それを経て、やはりリアルな接点が求められるようになったのでしょう。コロナ禍に流行した「オンライン飲み会」が、今ではすっかり下火になったこととも通じるものがあるように感じます。
もう一つは、比較的価格の低いものはフリマアプリで、オーディオ製品や楽器など高額なものはリアル店舗で、というように、お客様の側で使い分けが進んだことです。いずれにしても、リユース文化のすそ野が広がったことは確実にプラスです。
日本人の間に、より丁寧な暮らし方を志向する価値観が広がってきたのだと思います。「ものを大切にする」というサステナブルな価値観が定着してきたのだと感じます。
――とかく利便性が優先される時代ですが、リアル店舗にこだわって拡大している理由を教えてください。
山本社長 「不易流行」という言葉があります。変えていかなければならない部分と、変えずに守らなければならない部分です。リアル店舗へのこだわりは「不易」の部分です。店舗のクリーンネス、はきはきとした応対、丁寧な挨拶、スタッフの商品知識などは徹底しています。
お客様にとっては、それまで愛用してきたものを託すわけですから、「買い取ってもらえれば相手は誰でもよい」というわけではありません。専門知識があり、丁寧な接客ができるスタッフと直接コミュニケーションを取ったうえで売りたいと思うものです。
お客様の立場からすれば、引っ越しの際などに一括して大量に引き取ってもらえることにも利便性があります。家の近くにハードオフがあると便利ですよね。家も片づきますし(笑)。
一方で、リアル店舗と同時に、ECサイトやハードオフアプリによるオムニチャネル戦略も進めています。ネット販売は毎年130%の成長を続けており、大きな柱にもなっています。これが「流行」の部分です。

長年の愛用品を託す店には信頼を置きたい
――店舗づくりでのこだわりは、ほかにもありますか。
山本社長 一般的にチェーン展開する店舗は統一感を重視すると思いますが、弊社はむしろ個性を大事にしています。各店舗に独自の考え方があってよい。それが各店の品ぞろえや店づくりにも表れてきます。そうすると、お客様にとって「ハードオフ巡り」が楽しくなるのです。
「あの店にはこんな掘り出し物があった」「あの店はこのジャンルが充実している」といった具合に、ほかの店にも足を運びたくなる。熱心な方になると、休みの日に10店舗くらいはしごする方もいらっしゃるようです。
究極のファンマーケティング
――各店舗で個性を出しながら、複数の店舗を回遊する顧客層を生み出す。これは究極のファンマーケティングの成功例だと感じます。
山本社長 ハードオフのファンが多くいらっしゃるのは、本当にありがたいことです。ハードオフでは、そうした熱心なファンの方々を「ハードオフ公式アンバサダー」に任命しています。現在、約300人いらっしゃいます。アンバサダーの方々はそれぞれ発信力を持ったインフルエンサーで、SNSを通じてハードオフの魅力を発信していただいています。
年に1回「オフ会」を開き、それぞれが「〇〇店で見つけた掘り出し物」などを持参して、「戦利品自慢」をしたり情報交換をしたりしています。私も毎年参加しています。
――ファン獲得の効用は、さまざまな面で好影響をもたらしているのではありませんか。
山本社長 採用面でも大きなプラスです。昨今は学校教育でも、サステナブルやエシカルといった価値観を重視する傾向があるのかもしれませんが、ハードオフのように循環型社会に寄与する企業に就職して社会貢献したいという若い方は多いようです。
中でも、「子どものころからハードオフが好きで」という方が増えました。今はハードオフ関連の動画も多いので、それを見て志望してきた方もいます。

ジャンクコーナーは近年、人気が再燃している。YouTube動画の影響か
海外戦略も成功が続く
――2017年から海外にも進出しています。海外1号店はハワイでした。現在の海外出店状況を教えてください。
山本社長 海外では、現在24店舗になりました。直近では、2月に台湾・台北市に出店しました。開店前から500人が列をつくり、入場制限をかけたほどの人気でした。この後は、5〜6月にかけて米国カリフォルニア州で2店舗のオープンを予定しています。
――海外展開で難しかった点はどこですか。
山本社長 最初に海外進出した時には、肩に力が入って「アメリカナイズされた店にしよう」と考えたのです。ところが、そうではなかった。求められていたのは、日本で私たちが培ってきた「日本流リユース」だったのです。
キリスト教圏にはドネーション(寄付・寄贈)の文化があり、使い古したものが無償で譲られることも少なくありません。一方で、誰かが使ったものを修理し、メンテナンスして商品として店に並べるビジネスモデルは、ほとんどありませんでした。現在は、海外店舗の8〜9割で日本式の店づくりを採っています。まだまだ可能性はありますし、今後も積極的に拡大していきたいと考えています。

2月にオープンした台北市の店舗。開店前から行列が

日本式リユースは海外でも通用する
――ハードオフの今後は、どういう方向に向かうのでしょうか。
山本社長 今掲げているのが「深化」です。先ほど「個性」の話でも触れましたが、それぞれが専門性を持つ業態を増やしたい。現在でも、パソコン、オーディオ、工具、アウトドアなど、専門性の高い店舗を展開していますが、さらに専門性を高めていきたいと考えています。
そうすることで、これまでとは異なる層のお客様との出会いが生まれます。それを各店舗に落とし込むことができれば、また一段レベルが上がるはずです。
あとは、まだ構想段階ですが、「リペア専門店」を増やしたいですね。すでに新潟に1店舗ありますが、そこには、かつてメーカーでエンジニアとして勤務していた人が何人もいます。年配のスタッフが多いのですが、「直せないものはない」と言っていますよ。
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リアル店舗へのこだわりはなぜなのか。山本社長の話を聞いて、その理由が腑に落ちた。ハードオフのファン形成を支えているのは、近年伸びているネット販売だけではなく、むしろリアル店舗での体験価値なのだろう。
米アマゾンは2016年、無人店舗「Amazon Go」をスタートした。客はスマートフォンで決済し、レジに並ぶことなく店を後にする。多数のカメラやセンサーで購買行動を把握する仕組みが注目を集めたが、その後、米国内の全店舗を撤退させる方針が打ち出された。利便性を突き詰めた無人化が、必ずしも万能ではないことを示した事例ともいえる。
店舗で人と人が接点を持つことは、利便性が追求され、かえって社会との接点が少なくなった現代において、むしろ価値を増しているのかもしれない。
(編集部 伊藤 直樹)