【変化を楽しめ!】星野組(長岡市)の挑戦 ―「慣習の打破」が導く地方建設業の持続性

星野組の社内には、従来の建設業にはなかった柔らかで風通しの良い空気が流れている(真ん中が星野祐一郎社長)
殻を破ることで生まれる持続性
雪国の暮らしを支える道路、橋、河川。その維持を担う地方の中小建設業はいま、受注と人材の両面で曲がり角に立つ。全国の建設投資は1992年度の84兆円をピークに、2010年度には半分程度まで縮小。新潟県内でも2025年度の公共工事請負額は3003億円、前年度比2.5%減となった(東日本建設業保証新潟支店の前払金保証実績ベースの公共工事動向)。
担い手も細り、建設業就業者は1997年の685万人から2024年には477万人へ。55歳以上が約37%を占める一方、29歳以下は約12%にとどまる。さらに2025年の建設業倒産は2021件と、12年ぶりに2000件を超えた。
現状は極めて厳しい。地方の中小建設業が生き残りをかける時代に、座して手をこまねいていても経営が好転することない。
長岡市の株式会社星野組は、地域を支える建設業として110余年の歴史を有する。地域の土木建設事業に主に元請け業者として繁栄の時にあった。経営者親族から有力な県政関係者も輩出し、地域社会との結びつきは強かった。昭和から平成の前半は、公共工事を中心とする地域元請け企業が存在感を示した時代でもあった

創業110年以上の歴史を持つ株式会社星野組(長岡市)
かくして冒頭のように、平成の終わりから令和にかけ、地方建設業を取り巻く環境は変わり、業界構造そのものが変革を余儀なくされた。一方で長く続けてきた「建設業界のスタイル」を変えることは一朝一夕にできるものではなく、商慣行を変えることは容易ではなかった。。
現社長の星野祐一郎氏が星野組に入社した頃は、建設業を取り巻く環境が変化する前兆期だったかもしれない。大学を卒業後に大手の証券会社に入社。サブプライムローン問題とリーマン・ブラザーズの破綻に端を発した世界金融危機の直後である。その世界に行き詰まりを感じていた時に、父親が社長を務めていた星野組から誘いを受け、系列会社の現場仕事から始めた。
「当時から、地方建設業の持続性に関しては危機感を持っていました。公共工事依存の体質は、地方におけるパイの奪い合いに過ぎない。お山の大将で、果たして持続していけるのか、と。一方で、関東に行けば単価の高い民間の仕事、大手ゼネコンの下請け仕事も比較的潤沢にあったため、地元を飛び出す必要があると感じたのです」(星野社長)
当時はまだ社長に就任する前だった祐一郎氏が先頭に立って、関東で発注された大手ゼネコンの下請け仕事を積極的に受注し始めた。
当時の星野組には、首脳陣にも現場作業員にも「100年企業」「元請け企業」への安住する空気があった。「わざわざ関東に出る必要はあるのか」そう疑問を口にする幹部もおり、なかなか社内上層部の理解は得られなかったという。

確かな技術力を持つ中で、関東進出は星野組の転機となった
しかし、しばらくすると実績は着実に積みあがってきた。大手ゼネコンの信頼を勝ち取り「難しい現場、注力が必要な現場は星野組に一括して出す」という流れもできた。「もともと公共工事の元請けをやっていたし有力工事も取れていた。それなりの技術力は備わっていたのです。ただ関東の単価の高い民間工事と、それまで手掛けてきた公共工事では求められるスキルの方向性に違いがあったのだと気づきました」(星野社長)
2020年に星野組は神奈川県横浜市港北区に営業所を開設した。今では関東の仕事が、会社の利益の太い柱へと成長した。
抵抗があった中で、まとめてくれた社員がいた。そうした社員の尽力のおかげで「変化しなければ」というマインドは浸透していった。今その社員が、横浜営業所の所長を務めているという。

株式会社星野組の星野祐一郎代表と代表取締役社長
「見積もりの概念を変える」アイミツール
星野組は2024年から、主力の土木事業、解体事業に加えて新規事業である建設マッチングサービス「アイミツール」の運営をスタートした。これもまた、同社の関東進出がきっかけとなって開発に至ったシステムである。
これまでも元請けと下請け業者がつながるようなマッチングサービスはいくつもあった。しかし企業同士がマッチングしたところで、会って名刺交換をして「今度何かあったらよろしくお願いします」と言って別れるというパターンが多かった。企業同士のマッチングは即効性がないのだ。

画期的なマッチングツールの「アイミツール」(画像は星野組HPより)
アイミツールは、発生した案件と下請けをマッチングさせるという案件起点の実務型サービス。仕事を受注した元請け業者は「案件」ごとに施工業者を募集。これに関しては入札やコンペの前段階から「もし受注できた場合、施工してくれる業者はいますか」という募集もできる。施工業者は、案件ごとに示される「現場住所」「工事種別」「見積上限額」「予定工期」「図面」を見ながら「これならウチでやれる」「ウチはこの工事なら自信があるよ」と思った案件にエントリーすればよい。目の前に「案件」があるから即効性のあるマッチングにつながる。ありそうでなかった、画期的なマッチングプラットフォームだ。
昨今の建設業界では、人手不足と働き方改革の影響で見積を作成する人材自体が減っているのだという。施工業者も技術者も減っていく中で、元請けは見積を集めること自体が困難な時代になった。一方で先述したように地方の建設業界は公共工事の目減りが顕在化し、役所とのつながりよりも大手ゼネコンとの縁がカギになってくる。技術力はあっても地方ではなかなか仕事が出てこない、という業者は星野組のようにエリアを超えて営業の手を広げたいと思っているところも増えるだろう。

「構想は5~6年前から」と星野社長
アイミツール開発を中心となって進めた星野社長は「もともと構想自体は5~6年前くらいからありました。ただ実際に形にするにはいろいろと障壁が多かった。事業再構築補助金を活用して、念願のシステムが稼働にこぎつけました。まだまだ道半ばですが、ここまで1,400社の登録があり、アクティブ数もどんどん増えています」と手ごたえを語る。
建設業界に昔から横たわる慣習に挑戦し、他のエリアへ進出したことで見えてきた業界が直面するボトルネック。「持続可能な建設業」への想いが、星野社長を突き動かしたといえる。
建設業に求められるブランディング
星野社長が近年注力しているのは、星野組のブランディングだ。
昨今は、大手ゼネコンのテレビCMを目にする機会が多くなるなど、業界全体に「ブランド価値を高めよう」という意欲が明らかだ。当然その向こう側には「採用難」が横たわるのだが、「建設業=カッコいい」のイメージづくりに躍起だ。

星野組もSNS発信など対外的なイメージ戦略に力を注いでいる
星野社長は言う。「今まで長くあった建設業の常識を、ひとつひとつやめていくこと。これを始めたかった。私自身、他の業界から建設業に転身してとても閉塞感を感じていましたから。みなし残業が多い、年間休日が少ない、昇給しない、寡黙に働いている、などイメージよりも建設業の職場慣習に魅力が足りなかったのだと思います」
外側のイメージを整えるだけがブランディングではない。職場として魅力があるかどうかが重要。新しく入ってくる社員は、建設業に就職するのではなく星野組という企業に就職するのだ。
会社の収支および財務状況を社員にガラス張りにすることから始めた。意外だが、建設業界では会社の懐具合を社員に開示する会社はほとんどなく、会社の懐具合を理解している社員もほとんどいなかった。そこで年一回の決算発表会を、ステークホルダーだけでなく全社員参加のもとで開いた。販管費や工事原価、役員報酬などを見せた。予算を示し、それを充当する優先順位も示した。
「以前は数字に無頓着だった社員たちからも『社長、この工事はどのくらいの原価ですか』『この現場は、利益が出た?』など気軽に聞いてくることが多くなりました。社員ひとりひとりが数字への意識を高めるというのは、非常に大きな進歩です」(星野社長)
それまであった社長室も廃止した。「風通しの良い社内に、と。社員とフラットな場所に居ながら、みんなの顔を見ていたい。就業時間内でも『お茶会をやろうか』といってフロアに居る社員で集まることもありますね。雑談ベースで出てくるアイデアこそ、的を射るものが多かったりするので」(星野社長)
記者が星野組の社内風景に見たのは、漠然とした明るさもそうだが、上司・部下の隔たりなく会話する、密なコミュニケーション風景だった。それは従来の建設業界にあった空気とは一線を画すものに感じた。

働き方改革も積極的に進めた。どちらかと言えば建設業界は流れに乗り遅れていた感があった中で、星野組の進めた働き方改革は出色である。年間休日123日、土日祝休み、完全週休二日、育児休業取得率100%(2023年度達成)など。いずれも建設業界の中では破格だった。若手社員の定着率が格段に伸びた。
またDXへの積極的な取り組みから派生し、建設ディレクター制度の導入、異業種からの人材確保にも努めた。

建設ディレクター制度は、建設業界に女性活躍のステージを創出する
星野社長が就任するまで設けられていなかった「企業理念として」も掲げた。それが「モノを造り、ヒトをつくり、笑顔を創る」だ。社員が笑顔で働ける組織であることこそ、同社のブランド価値となる。
「5年後、10年後にも成長していたい。現状維持で良し、とは思いません。今の売り上げ、今の人が残っていることが価値とは思っていないので、いかにスケールしていくか。それには社員満足度を上げていかなければなりません」(星野社長)
「変化することを楽しむ」という組織文化は、同社の競争力の源泉になり得る。
(文・編集部 伊藤直樹)
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