【特集】「人に寄り添い地域も変えていく」五泉市役所保健師の伊藤百恵さん・新潟青陵大学卒業生

五泉市役所で働く保健師の伊藤百恵さん

ゆりかごから墓場まで──保健師は、地域の人々が健康に暮らせるよう予防や相談支援を行う専門職だ。行政の健康・福祉分野の政策を地域に届ける役割を担い、市民一人ひとりの健康を支えている。

「保健師は、人の人生に寄り添える唯一無二の仕事だと思います」

そう話してくれたのは、地元である五泉市役所(新潟県五泉市)の健康福祉課に勤務する保健師の伊藤百恵さん。新潟青陵大学(新潟市中央区)の看護学科を2022年に卒業後、入庁して4年目を迎える。

実は、保健師の仕事は幅広く、奥深い。今回は、地域を支える保健師の仕事とその魅力に迫る。

 

人の人生に寄り添い、地域を変えることのできる保健師の仕事

五泉市役所。健康福祉課には、健康づくり係、医療対策係、障がい係、援護係と4つの係があり、保健師は健康づくり係と医療対策係に所属する

伊藤さんは入庁後、国民健康保険加入者の健康診査や、がん検診の実施、自殺対策やさまざまな生活習慣病予防などを通して、市民と関わってきた。

「自分が育った五泉市の力になりたいと思って、市民全体と関われる市役所を選びました。産業保健師なども魅力的でしたが、市役所の保健師は、市民全体を見ることができるのが決め手になりました」(伊藤さん)

中には一筋縄ではいかないケースもある。個々の抱える問題や課題は、すぐに解決できることばかりではないからだ。

「市民総合健診では特定保健指導も担当しています。でも、例えば『痩せる』指導に関しても、長年同じことを言われ続けて『もう聞きたくない』という気持ちになっている人もいます。そういう方と無理のない目標を一緒に考えて、『頑張ろう』と前向きに取り組んでもらえるような会話ができる関係づくりも大事なんです。少しでも改善できたり、目標達成できたり、『頑張ってよかった』という声を聞けたりすると、やってよかったなと思います」(伊藤さん)

情報を伝えるだけではなく、実際の行動につながる支援を目指し、保健師と共に考えていくことを「行動変容」という

また、担当する自殺対策事業では、健診会場で「こころのアンケート」を実施している。結果を受けて相談希望を確認し、地区担当の保健師が電話や自宅訪問を行うこともある。そうやって個別支援に取り組むのはもちろんだが、保健師の仕事は、もう少し広いところにまで及ぶ。

「自殺のハイリスク者への支援について学ぶゲートキーパーを養成する研修や、支援者向けの研修も行っています。家族や友人、職場の方など、身近な人の変化に気づいてもらい、『最近眠れてる?』とか『何かあった?』と声をかけ、話を聞いてもらい、必要があれば支援につないでいただく流れを作ります」(伊藤さん)

自殺を考えている人が自ら相談窓口に来るとは限らない。支援が必要な人を見逃さないためには、多様な立場の人が関わることが重要になる。関わる人が多いほど、支援の網目が細かくなる。そういった環境をつくるのも、保健師の重要な仕事だ。

精神障がい者家族会「まつかぜ会」。事務局として会計を担当するなど、会員が集う場のサポートも行っている

時には、精神障がいのある方や、ひきこもり状態にある方の家族から相談を受けることもある。だが、家族は困っていても、本人には支援を求める意思がなく、すぐに状況を変えることが難しいケースも少なくない。

そうした時、保健師は行政だけで抱え込むのではなく、地域で活動する団体や相談先へとつないでいく。その一つが、精神障がい者家族会「まつかぜ会」だ。

同じ悩みを抱える家族同士が気持ちを共有し、情報交換や相談ができる場として活動しており、安心して悩みを話せるピア(仲間)サポートの場となっている。現在も会員が増え続けており、全国的にも珍しい活発な家族会として活動を続けている。

行政保健師は契約関係などがなくても家庭訪問できる数少ない専門職

「毎日が住民の方と関わって、先輩に相談して、また次に活かしていくという繰り返しです。その中で、望んでいる暮らしに少しずつ近づいていく姿を見たり、『ありがとう』『相談して良かった』と言っていただけたりするとやりがいを感じます」(伊藤さん)

経験を重ねる中で、自身の成長を実感する機会も増えた。そんな伊藤さんだが、大学の進学を決めたのは、実は、看護師になるためだった。

 

学びの中で視野が広がり、看護師志望から保健師への道へ

新潟市中央区の海辺近くにある新潟青陵大学。看護師資格に加え、保健師や助産師、養護教諭などの資格取得を目指すことができる

伊藤さんが看護師を志したのは、学生の頃。入院時に担当してくれた看護師に憧れたことがきっかけだった。看護師の資格取得を目指して、新潟青陵大学に入学を決めた。

新潟青陵大学は、2000年に新潟県で最初に開学した看護系大学だ。歴史の長さから、卒業生が実習先の指導者として活躍していたり、大学で当時の卒業生が教員になったりするケースもある。また、卒業後に県内で働く人が非常に多い。それを後押ししているのが、多数の県内主要医療機関や各行政での実習だ。

新潟青陵大学看護学部の学部長でもある坪川トモ子教授

「実習を通して進路が変わる学生もいます。良い実習経験をすると『ここで働きたい』という気持ちも強くなり、学生にも病院にも良い循環が生まれるんです」(坪川教授)

こうした大学の魅力を語ってくれたのは、同大学の看護学部看護学科の坪川トモ子教授だ。自身も行政保健師を経験してきたキャリアを持ち、保健師の魅力をこう語る。

「個人と個人が繋がり、そしてだんだん組織と組織がつながると、地域全体で『このことをみんなで考えていこう』という新しいネットワークが生まれる流れができます。目に見えるサービスが増えるというより、ネットワークの網の目が細かくなって、支援から漏れる人が少なくなる。誰かが困った時に、『それならこの人が詳しいよ』『ここへ相談してみたら』という形で、相談先が見つかる。相談を受けた人も、別の支援機関へつなげられる。地域につながりのウェーブが起こるんです。保健師の仕事のそういうダイナミックなところが私は好きです」

同大学の保健師の実習先のひとつでもある五泉市役所は、保健師の担当地域への同行実習が行われ、保健師と住民の信頼関係や、地域づくりを行う現場の保健師の姿を知ることができる。

畳やベッド、キッチンが設置され、実際の家庭を再現した訪問看護や在宅看護の実習も行われる

「現代は看護師も活躍の場は広がっていますが、保健師はさらに地域や企業などにもフィールドがあります。でも、入学時から保健師になりたいという学生は少ないんです。だからこそ、授業や実習を通して保健師という仕事の魅力を伝えることを大切にしています。伊藤さんは当初は看護師を目指していました。でも、実習が終わった後のカンファレンスで、『保健師になりたい』と話してくれたんです」(坪川教授)

伊藤さんは、国家資格でもある看護師と保健師の資格を取得し、地元である五泉市での就職を決めた。

「採用試験を受ける際、私が一番大事にして欲しいと伝えているのは『実際にその地域に行って、歩いてみる』ということです。まちの雰囲気や土地柄を肌で感じて、『ここで働きたい』という気持ちを持って試験に臨んでほしい。また、実習でお世話になる指導者の皆さんには仕事だけでなく『保健師の魅力やどんなところが好きなのか』を学生に語ってくださいとお願いしています」(坪川教授)

図書館にはさまざまな事例に合わせた専門書も豊富。保健師は専門分野が広く、相談内容に応じて学び続けることも多い

学生たちと現場を繋ぎ、自信を持って社会へ出ていけるよう、日々後押しし続けている坪川教授。そのおかげで今、保健師となっている伊藤さんの姿がある。

 

一番大事なのは、悩んでいる相手が求めている事を聞くこと

困りごとを抱えた方の最初の窓口でもある健康福祉課

保健師の仕事は、教科書通りにことが進む仕事ではない。同じ悩みでも人によって家族との状況や地域との関わりも違う。伊藤さんも入庁したばかりの頃は、想像を超えたケースをみて、戸惑うこともあったという。

「最初は話を聞くことしかできなくて、自分も苦しくなっていました。『なんとかしてあげたい』という気持ちが強かったんです」(伊藤さん)

そんな悩みに寄り添ってきたのが、上司であり保健師の宇野礼子さんだ。

「保健師は、自立を目指し、その人自身が前に進めるように支援していきます。時には、手を差し伸べ続ける方が簡単なこともありますが、それだと依存になってしまう可能性も捨てきれません。保健師がいなくても大丈夫な状態になることが一番いいことだと思っています」(宇野さん)

五泉市で、月に一回行われる保健師の研修会では各々の事例のディスカッションがあり、学びも多い。

五泉市は総合計画の中でも『協働と信頼による自立したまち』を掲げる

伊藤さんが特に印象に残っているのは「自分が良いと思うことと、その方が望んでいることは違う場合もある」ということだ。問題を解決するだけでなく、家族会に繋げたり、利用できる制度を紹介したり、選択肢が増えたのは、先輩たちの助言のおかげだと伊藤さんは話す。

「伊藤さんは本当に相談者の方からの信頼が厚い保健師ですね。毎日のように電話や来所で相談がありますし、とても根気強く話を聞いています。相談される方も、単に相談というより『伊藤さんに会うと安心する』という気持ちがあるのかもしれません」(宇野さん)

大学での学びが今につながるのはもちろん、現在も実習の受け入れやまつかぜ会、自殺対策協議会を通して坪川教授と会う機会は多い。大学の同期の保健師たちと情報交換も続いているという

「卒業する時に坪川先生から言われた『住民の方々から学ばせていただくということを忘れないでほしい』という言葉が今でも残っています。保健師は、何かを教える仕事だと思われることもありますが、実際は、住民の方から教えていただくことの方が多いんです。その方がどんな生活をしていて、何を大事にしているのか。自分が何とかしてあげるじゃなくて、一緒に考えるということを大事にしています」(伊藤さん)

平日の日中になかなか会うことができない方がいれば、担当地区の土日の祭りなど接点を持てそうな所に行くこともある

保健師の仕事には、一人ひとりに向き合う個別支援と、地域全体をより良くしていく地域づくりの側面がある。伊藤さんが目指すのは、その両者をつなげられる保健師だ。

「今後は、一人の方の支援から見えてきた課題を地域の施策に活かしたり、個別の支援だけじゃなくて地域全体として何が必要なのか考えられたりするようになりたいです。そうして私も、後輩が入ってきたら、先輩がそうしてくれたように、相談しやすい存在になれたらいいなと思っています」(伊藤さん)

伊藤さんは、人と人、人と地域の橋渡し役として、今日も五泉市で奔走している。

 

(文・取材:坂本実紀)

 

【学校情報】

学校法人 新潟青陵学園 新潟青陵大学・新潟青陵大学短期大学部

学校法人 新潟青陵学園 新潟青陵大学・新潟青陵大学短期大学部
住所:新潟市中央区水道町1丁目5939番地
新潟青陵大学・新潟青陵大学短期大学部 Webサイト

新潟青陵大学は2000年に開学し、新潟県初の看護、福祉、心理系の大学として1学部2学科を開設した。現在は看護学部看護学科と福祉心理子ども学部社会福祉学科・臨床心理学科・子ども発達学科の2学部4学科で構成されている。
毎年、卒業生の約80%が新潟県内に就職しており、新潟県の医療、福祉業界を支えている。
また、新潟青陵大学短期大学部も併設している。現在は人間総合学科と幼児教育学科の2分野を有し、新潟県の企業、保育業界への人材供給を担い続けている伝統校。

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