【コラム第3回】「『このままじゃヤバい』と感じた日から、人生が動き始めました」 芳賀純一 人生を楽しむ学校(Life Producer Academy)校長

企業支援の現場で23年間、5,000社以上の経営者・事業者と関わってきました。創業の夢を語る人と向き合い、事業の壁を一緒に越え、誰かの人生に伴走し続けてきました。

そんな私に、ある時こんな問いが訪れました。「あなた自身は、120%満足して生きていますか」と。

大学にも入った。安定した仕事も経験した。子供にも恵まれた。客観的に見れば、何も不満はありません。でも——もっと楽しめるはず、という感覚が消えなかったのです。不満じゃない。不幸でもない。ただ、もっと楽しめるはず。この感覚、わかりますか?

振り返ると、私はそれなりにやってきた方だと思います。

若い頃はアメリカをバックパックで縦断しました。大好きなサーフィンで、種子島、奄美大島、神津島、カリフォルニア、モルディブ——世界中の海で波に乗りました。46歳の頃には、息子とブラジルへ渡り、プロ育成クラブで過ごしました。「俺次第で、どうにでもなる」と確信した旅でした。

これだけ聞くと、かなりチャレンジングに生きてきたように見えるかもしれません。

でも——肝心なところでは、ずっとチャレンジを避けてきました。

大学進学の時。就職の時。キャリアの分岐点。人生の本当の勝負どころで、いつも安全な方を選んできました。旅や趣味では大胆に動けるのに、人生の根っこに関わる選択になると、途端に萎縮していました。

前回書いた「恐れ」の話は、まさに私自身の話でもあります。

水槽の魚は、海があることを知りません。逃げているんじゃない。海の存在を、知らないんです。旅をしながらも、本当の意味での挑戦から目を背け続けていました。あの頃の私が、まさにそうでした。

そして47歳のある夜、転機が訪れました。

仕事で張り詰めていたものが、ある日弾けました。会社帰りに電気屋に駆け込んで、衝動的にMacBook Proを買いました。

「このままじゃヤバい」——その一言が、頭の中に響きました。

どこでも仕事できるようにしよう。世界中を自由に動ける自分になりたい。一つの場所に縛られない生き方をしたい。その一念でした。

そこから、少しずつ設計図を描き始めました。ヨーロッパも、アジアも、アフリカも——「ここに住む」ではなく、「世界全体を生きる場所にする」という発想です。感情で決めたんじゃありません。旅の経験が積み重なる中で、自然にたどり着いた結

論でした。夢ではなく、スケジュールにする。それが今の私の生き方です。
このプロセスを振り返ると、気づいたことがあります。「やりたいことが分からない」「変わりたいけど怖い」「このままでいいのか」——この問いを抱えているのは、特別な人だけではありません。むしろ、まじめに生きてきた人ほど、この問いを抱えていることが多いのです。

 

就職氷河期を生きてきた40代・50代の皆さんに、特にそれを感じます。挑戦したいけど、世の中の流れや、世間の期待や、親の意向で動いてきた。「人生そこそこ楽しい」でも、なんか違う。もっと楽しめるはず——。

その感覚は、正しいと思います。ただ、設計図がなかっただけなのです。

私が「人生を楽しむ学校(Life Producer Academy)」を立ち上げたのは、その設計図を一緒に描くためです。1度きりの人生を、本気で楽しむために。

次回からは、この学校でお伝えしている「1度きりの人生を120%満足して生きるための考え方」を、わかりやすく紹介していきたいと思います。

芳賀純一(はが じゅんいち) 人生を楽しむ学校(Life Producer Academy)校長
関東学院大学公開講座講師
著書:『自由な生き方をしたい人が最初に読む本』(Amazon Kindle)amzn.to/47zsWqe

 

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芳賀純一 人生を楽しむ学校(Life Producer Academy)
著書:『自由な生き方をしたい人が最初に読む本』(Amazon Kindle)amzn.to/47zsWqe

 

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