【梅川リポート32】上越市本町に複合施設「町家守」 空き家活用で起業を後押し

新潟県上越市・妙高市で不動産業を手がける太田喜子氏
新潟県上越市・妙高市で不動産業を手がける太田喜子氏が、上越市本町6に複合施設「町家守」を開設した。元病院を改修した施設で、1階のテナントやコワーキング利用者、イベントの開催希望者を募る。カフェや定食店などの出店に加え、法人登記を希望する事業者の利用も想定する。今年10月以降、本格的に施設を動かしていく方針だ。太田氏は「皆さんのおかげでオープンできた。皆さんのために使いたい」と話す。
同社は、空き家を買い取り、賃貸する事業をはじめ、不動産売買の仲介、不動産管理、民泊など宿泊施設の管理を4本柱としている。不動産管理では、外国人オーナーの物件を主に扱う。本社を本町6に置き、妙高高原にも拠点を構える。町家守の開設は、不動産事業で培った空き家活用の知見を、自ら実践する取り組みでもある。
太田氏は、今後の目標に自社物件の拡大を挙げる。「上越市に人を呼び込みたい。賃貸物件を増やし、そこで商売をしたり、気軽に挑戦したりできる場所をつくりたい」と語る。物件情報は口コミによるものが多く、売り主から別の売り主を紹介されるケースもあるという。一方、売り主の利益を考え、自社で買い取るのではなく、仲介に回すことも多い。
「まだまだ道半ば。自分自身は失敗と挑戦の連続だ。それでも、止まらなければ失敗ではないと信じて進み続けている。一方で、お客様の大切な取引には、一切妥協せず、責任を持って向き合っている。」そう振り返る太田氏は、空き家や町家、マンション、妙高高原の物件など、今後の活用方法に悩む所有者からの相談にも応じる考えだ。
英語力生かし外国人取引
同社の事業を支えるのが、太田氏の不動産業界での経験と英語力である。新卒から不動産会社に勤務し、宅地建物取引士の資格を持つ。カナダへの留学経験があり、外国人との不動産取引では通訳を介さず、当事者と直接やりとりできる。太田氏は「外国人の方が話していることを理解できる。通訳費用を売買価格に反映することもできる」と説明する。
宿泊施設の管理にも携わっているため、購入した不動産を事業化した際に見込める収益を把握し、価格の検討に生かせる点も強みだ。売買価格が上昇し、取引額が大きくなる中では、単なる語学力だけでなく、法令や専門用語への理解も欠かせない。「以前は通訳に入ってもらう方法でもよかったが、売買価格が上がってくると、専門知識が必要となってくる」と指摘する。
太田氏は不動産の魅力について「一つとして同じ取引がない」と話す。「不動産は文字通り動かない資産で、それぞれが個性的だ。不動産会社によって高く売れるかどうかも変わる。自分次第でお客さまに利益をもたらせるところが面白い」と語り、相場観や価格設定、交渉力に加え、最終的には人間力が問われる仕事だとみる。
妙高高原に不動産「バブル」
足元では、妙高高原の開発を背景に不動産取引が活発になっているという。開発が着工段階に入り、行政も本腰を入れて動き始めたことで、地元の住民にも売却を検討する動きが出ている。条件の良い物件は市場に出ると早く売れる一方、今後さらに高く売れるとの期待から、売り主の希望価格が強気になるケースも増えた。
買い手にはオーストラリアやシンガポールをはじめ、各国の外国人がいる。購入対象は土地、戸建て、マンションなど幅広く、価格帯は数百万円から1億円超まである。目的も転売、宿泊事業、自ら使う別荘など多様だ。別荘として購入し、使わない期間に民泊として活用する例もある。妙高高原が将来、ニセコのような国際的なリゾート地になるとの期待が投資を呼び込んでいるとみる。
太田氏は現状を「もうバブルだ」と表現する。ただ、地価そのものではなく、住宅やマンション、土地などの不動産取引価格が上昇しているとの認識だ。売り主が希望価格を決め、取引事例が積み上がることで、次の価格も上がっていく。妙高高原はもともと商売の町であり、売り主側にも商売経験者が多いことから、値付けや交渉が強気になる傾向があるという。
開発による変化は価格面だけではない。妙高高原には若い働き手が入り、地域の高齢者との交流が生まれている。太田氏の周辺では開発への反対意見は聞かず、地域に活気が生まれたことや、所有する土地の価値が上がったことを前向きに受け止める人が多いという。一方、不動産の売却でまとまった資金を得た人に、投資話などが持ち込まれる可能性にも触れ、「危ない話には気を付けてほしい」と注意を促す。
妙高高原の動きは、隣接する上越市にも波及し始めていると太田氏はみる。外国人の姿は妙高高原ほど目立たないものの、上越市内でも少しずつ増えているという。上越はリゾート地が近く、思い立てば車で30分以内に出かけられる。温泉や自然の中での活動が日常生活と調和している点を、東京出身者ならではの視点で評価する。観光や不動産に加え、外国人住民や来訪者を地域で支える人材の重要性も増しそうだ。
子育て支援が起業を後押し
太田氏は2023年、夫の地元に移り住んだ後、第2子の出産と重なる時期に起業した。現在は3人の子どもを育てながら会社を経営する。起業直後は厳しかったが、夫と子育てを分担し、夫の父母からも協力を得て、子育て支援のNPO法人に家事を委託するなど、外部の力も活用している。高校生に夕方の2時間ほど子どもと遊んでもらい、その間に仕事を進めることもある。
東京で長男が2歳だったころは、子育ての負担が重く、再び出産することを考えられないほどだったという。上越への移住後は、自然の豊かさや、地域の人々が子どもを歓迎し、かわいがる環境に支えられた。病気の子どもを預かる施設や、保護者のリフレッシュにも使える保育サービスにも助けられている。「余裕を持って子どもを育てられる環境をくれた上越市には感謝している。上越は本当にいいところで、自信を持って薦められる」と話す。
仕事への意欲が高い母親同士のつながりも広がった。発信を続ける中で、これまでママ友の間では話しにくかった仕事の話ができる仲間が増えたという。飲み会や泊まりの会では「やる気を補充し、明日からの活力にする」など、あらかじめ目的を決めて語り合う。事業と子育ての双方を支える地域の関係性が、太田氏の挑戦を後押ししている。
起業のきっかけは、個人で始めた仕事の売り上げが伸びたことだった。事業として形にできた一方、「自分で経営するのは難しい」と実感したという。子育て支援や家族、仲間に頼りながら経営を続ける姿は、移住者が地域資源を活用し、新たな仕事を生み出す一つの事例でもある。
「町家守」から挑戦の循環を
町家守は、こうした太田氏の経験を形にした新たな拠点である。空き家を再生し、商売を始めたい人、法人の拠点を持ちたい人、イベントを開きたい人に場所を提供する。多額の改修費を投じたため、太田氏は「だから頑張って働かないといけない」と笑う。まずは本町の一角から、実践を始める。地域の遊休不動産を事業の舞台に変え、移住者や起業家を呼び込む循環を作れるかどうか。要注目である。

一枚板を使ったシェアキッチンを製作中。「子ども食堂等のイベントなど、地域のために活用してほしい」と太田さん

一階路面テナントの入居者を募集中。「国内外の交流が生まれる拠点を一緒につくっていただける事業者を歓迎」と太田さん。給排水設備あり。
(取材・文・撮影 梅川康輝)