【梅川リポート33】創業180年の君の井酒造(妙高市)、山廃仕込みを軸に海外開拓 食中酒で新市場へ

君の井酒造株式会社(新潟県妙高市)の田中智弘代表取締役社長
日本酒の国内市場が縮小を続ける中、君の井酒造株式会社(新潟県妙高市)は、昔ながらの山廃仕込みによる個性豊かな食中酒を軸に、首都圏や海外市場の開拓を進めている。2005年に米国への輸出を始め、現在はシンガポールや台湾などにも販路を広げた。海外向けの出荷量は全体の約5%にとどまるが、国内人口の減少を見据え、将来的な比率拡大を目指す。一方、地元で飲まれてこそ「地酒」であるとの考えから、地域に根差した販売も維持する方針だ。
同社が市場開拓の武器と位置付けるのが、蔵に息づく天然の乳酸菌を活用する山廃仕込みである。百有余年にわたって磨いてきた技術を生かし、香りの強さだけを追わず、料理と調和する味わいを打ち出す。国内の日本酒市場が厳しさを増す中、伝統を守りながら、新たな飲み手との接点をどう築くか。老舗酒蔵の挑戦が続いている。
国内出荷量は長期的な減少傾向
全国の日本酒出荷量は昭和末期ごろにピークを迎え、その後は長期的な減少傾向にある。新潟県では吟醸酒ブームを背景に、全国の出荷量が頭打ちとなった後も一時的に伸びたが、平成に入ってから減少に転じた。
同社の田中智弘代表取締役社長は「全国も新潟も出荷量が落ち続けており、今も厳しい状況にある」と話す。その背景には少子高齢化や人口減少のほか、飲酒運転や未成年者飲酒に対する規制強化、消費者の生活様式の変化などがあるとみている。
かつては、地域の集まりや農家を訪ねた際に酒が振る舞われるなど、日本酒は暮らしに身近な存在だった。しかし現在は、消費者がお金を使う対象が多様化した。携帯電話やインターネット関連の支出が増える一方、酒類に向けられる支出は相対的に減っている。
需要を喚起するため、新潟県内では酒をテーマにした催しも開かれている。「越後・謙信SAKEまつり」もその一つだ。田中社長は「イベントの賑わいをきっかけに、いかに日々の食卓での日常的な楽しみに繋げていただくかが今後の鍵になる」と熱を込める。
新潟県は酒蔵の多さや酒どころとしての知名度を持ち、日本酒は観光資源の一つとしても取り上げられてきた。それでも、業界全体の出荷量を反転させるまでには至っていない。
2005年から輸出、アジアにも販路
国内市場が縮小する中、同社は2005年に米国への輸出を始めた。現在はシンガポール、台湾などにも出荷している。海外向けは出荷量全体の約5%で、国内販売が中心である。
同社社長は「国内の人口は確実に減っていく。海外向けの割合は増やさなければならない」と語る。ただし、海外だけに軸足を移すのではなく、「地元も大事にしながら、人口の多い都市部と海外で売り上げをつくりたい」とする。
海外では、大手酒造会社が先行して日本酒市場を切り開いてきた。日本食レストランなどを通じて日本酒が知られるようになり、その後、中小酒蔵が冷蔵輸送した商品を展開する流れが生まれたという。
一方、日本酒は世界の酒類市場では依然として小さな存在である。田中社長は、米国の酒類関係者が日本酒をどのカテゴリーに分類するか迷った例を挙げ、「世界全体で見れば、日本酒の存在はまだ非常に小さい。まずは存在を知ってもらうところから始めなければならない」と話す。
海外で販売を継続する上では、現地の輸入業者との関係も重要になる。シンガポールなどでは、日本の映画やアニメを入り口に日本文化へ関心を持ち、日本酒を扱う現地事業者もいるという。
「日本が好きで、日本文化に関心を持っている人に出会えると、取引が長続きし、商品も広げてもらえる」と同社社長。単に商品を輸出するだけでなく、日本酒を生み出した文化や酒蔵の背景も伝える必要があるとみている。
山廃仕込みで食事との調和を追求

同社の酒造りを特徴付けるのが山廃仕込み
同社の酒造りを特徴付けるのが山廃仕込みである。山廃仕込みは、蔵や自然に存在する乳酸菌を取り込みながら酒母を育てる伝統的な醸造法だ。米や麹、水をすりつぶす「山卸」の作業を廃止し、人の手を加える工程を抑えながら、麹の酵素の力で米を溶かしていく。
時間をかけて酒母を育てることで、厚みのあるうまみを引き出す。同社は、山廃仕込みによって生まれるコクと個性を「食中酒」として提案している。
田中社長は「香りが強過ぎる酒は、料理とぶつかる場合がある。香りを抑え、酸味があり、口の中の油を流してくれる酒は、食べ物と合わせやすい」と説明する。
和食との相性に加え、洋食にも合わせやすい点が海外市場で評価される可能性がある。同社の日本酒は、イタリアで開かれた日本酒品評会「ミラノ酒チャレンジ」に初出品し、ダブルゴールドを受賞した。また、過去にフランスの日本酒コンクール「Kura Master」でも金賞を受賞している。
両品評会では、現地のソムリエらが審査に当たった。田中社長は「イタリア料理に合う日本酒、フランス料理に合う日本酒という視点で選ばれた。日本国内の品評会とは評価の切り口が異なる」と話す。
海外で日本酒を広げるには、和食店だけでなく、ステーキ店やフランス料理店、各国の食文化を組み合わせたフュージョン料理店などへの提案が欠かせない。同社社長は「世界の酒類市場で大半を占めるビールやワインの一部を、少しでも日本酒に置き換えていきたい」と意欲を示す。
地元を守り、都市部と海外へ
同社は首都圏で、スーパーや専門店、新潟県のアンテナショップなどを通じて商品を販売している。東京をはじめとする大都市圏は人口が多く、所得水準の高い消費者や訪日外国人との接点も期待できる。一方、売り場や消費者層によって購買力に差があり、地域や店舗の特性を見極めた販売が必要になる。
今後は海外比率を高めるとともに、東京や大阪など大都市圏での販売も増やす考えだ。ただ、為替相場や輸入規制、各国の経済情勢による影響を踏まえ、一つの市場に依存しない構成を目指す。
同時に、地元市場は引き続き事業の土台とする。同社社長は「地元で飲まれていないのに、地酒とは言えない。海外や東京が9割で、地元が1割という形にはしたくない」と強調する。
日本酒は、祝い事や祈願、年末年始など、日本人の生活文化や神事と深く結び付いてきた。同社社長は「酒は、ただ酔うためだけの存在ではない。神様に酒を供え、その酒を人がいただき、健康などを願ってきた。日本と共に歩んできた文化も海外へ伝えたい」と話す。
伝統を守るだけでは市場の縮小を止められない。一方で、規模の拡大だけを追えば、地酒としての足元が揺らぐ。同社は、山廃仕込みという独自性を磨き、地域文化を背負いながら、新たな市場に挑む。
「厳しい事業環境ではあるが、丁寧な酒造りを心掛け、お客様に寄り添った商品を造っていく。昔から続く山廃仕込みによる、個性豊かな味わいを楽しんでほしい」。田中社長はそう語り、伝統の一滴を次の時代へつないでいく。

創業180年の伝統ある蔵。見学や試飲も可能
(取材・文・撮影 梅川康輝)