【梅川リポート36】消えた瞽女文化を落語で再生 25歳の桂枝之進、新潟県上越市で新作披露へ

落語家の桂枝之進さん(左)と、堀田滉樹さん(右)。新潟県上越市で梅川康輝が撮影

目の不自由な女性旅芸人「瞽女(ごぜ)」の文化を、創作落語として現代に伝える取り組みが新潟県上越市で進んでいる。担い手は、六代桂文枝一門の若手落語家、桂枝之進さん(25)だ。2026年2月から高田瞽女の歴史や暮らしを調べ、物語の骨組みを練ってきた。新作は11月15日に同市で披露する予定で、地域に残る文化資産と若手表現者を結び付け、新たな観客との接点をつくる試みとしても注目される。

プロジェクトは、上越市東本町の「たてよこ書店」、NPO法人高田瞽女の文化を保存・発信する会、高田文化協会などが連携して進めている。発起人の一人で、たてよこ書店を営む堀田滉樹さんは、東京と上越の2拠点で生活する。若者の起業支援に関わる仕事を通じて枝之進さんと知り合い、2025年9月、同市の小劇場「スズナリシックス」で落語会を企画した。

堀田さんは「長く受け継がれてきた瞽女の文化を違った形で発信できないかと考え、落語と組み合わせて、瞽女をテーマにした創作落語をつくることで何か新しい可能性が開けるのではないか」とプロジェクトの狙いを語る。落語というエンターテインメントとの組み合わせを通じ、これまで瞽女を知らなかった人にも関心を持ってもらう考えである。

上越市への旅で瞽女と出会う

終演後、堀田さんが枝之進さんを高田瞽女ミュージアムへ案内したことが構想の出発点となった。枝之進さんは、それまで瞽女の文化を知らなかったという。館内で文化を守ってきた人々の話や、瞽女に魅了され取材を重ねた画家、斎藤真一の仕事に触れた。案内した関係者が「瞽女の落語はどうか」と口にした一言が、枝之進さんの頭に残った。

枝之進さんは「旅はするものだと思った。各地へ落語会に出かけなければ、瞽女という文化にも出会えなかった」と振り返る。各地を巡って芸を届けた瞽女と、全国の高座を回る自身の姿を重ね、創作の可能性を感じた。

2026年2月には、高田瞽女ミュージアムなどで行われた門付けの再現を見学した。遠くから歌声が近づき、目の前に現れ、家の中で一曲を披露する。その過程を体験し、「瞽女が自分の村にやって来る時のわくわくした気持ちと、歌声に魅了される感覚があった。落語にも何らかの形で取り入れたい」と語る。

制作は資料を読むだけでなく、現地での聞き取りを重ねる方法を取る。関係者との食事会でプロジェクトを説明し、高田瞽女を知る住民の話に耳を傾けた。古書店などで関連書籍を集め、瞽女の歴史や土地の風土を学んだ。8月時点で物語の骨組みが見え始めているという。

「楽しい山道」も物語に

枝之進さんが描こうとしているのは、困難だけに焦点を当てた物語ではない。「瞽女には険しい山道もあっただろうが、楽しい山道もあったはずだ。道中の朗らかな様子や、春の野山を3人で歩く旅の風景も、落語らしさが生きるところだと思う」と話す。厳しい姉弟子との道行きは修行であり、優しい姉弟子と歩けば楽しい旅にもなる。悲しみとともにあった日常の明るさを、笑いを伴う話芸で立ち上げる考えだ。

瞽女が語った段物や門付け歌には、浪曲や講談、歌舞伎など他の芸能と題材を共有するものがある。かつては一つの物語が、それぞれの芸能の形に合わせて作り替えられてきた。枝之進さんは、瞽女文化の形式や徒弟制度が途絶えた後も、歌の継承や記録が続いていることに着目する。

「瞽女を題材にした落語を演じ、当時の空気や気配を情景として立ち上げられれば、瞽女は現代に生きていると言える。文化や芸能が行き来し、それぞれの世界で息づく魅力を発揮できるのではないか」。枝之進さんは、保存にとどまらず、別の芸能へ移し替えることで文化の生命をつなごうとしている。

変化の中で伝統を守る

背景には、伝統は変化の中で守られるという考えがある。古典落語も演者が時代に合わせて言葉を入れ替え、解釈を加えてきた。枝之進さんは「伝統芸能は時代に合わせて更新していくからこそ守られている。保存するだけではなく、新しい演目が生まれ、演者の解釈が加わり、その時代の客に受け入れられてきた」と強調する。今回の新作も、将来語り継がれれば新しい伝統になり得るとの見方である。

8月9日に高田まちかど交流館で開かれたプロジェクト第2弾「夏の夜の落語会」では、古典落語「死神」などを披露した。「死神」は欧州の物語を基に日本で翻案され、演者ごとの解釈が加えられてきた演目である。枝之進さんは上方落語として、夫婦や家族の情を意識した人物描写を盛り込む。「演者の解釈による可変要素が大きい。関西らしさをどう入れるかを考えた」と説明する。既にある演目を現代の客へ届く形に更新する姿勢は、瞽女文化を新たな話芸へ転換する今回の制作にも通じる。

枝之進さんは2001年、神戸市生まれ。5歳で近所の文化ホールの落語会に連れられ、話芸に出会った。小学生になると図書室で落語の速記本を読み、覚えた話を友人に聞かせた。9歳からアマチュアとして活動し、ちびっこ落語などのテレビなどにも出演。2017年1月、中学卒業後に15歳で三代目桂枝三郎に入門。同年12月に天満天神繁昌亭で初舞台を踏んだ。

若者へ開く「落語の入り口」

若い世代に落語への入り口を開く活動にも力を入れる。2020年、同世代のデザイナーやエンジニア、映像制作者らと「Z落語」を立ち上げた。クラブカルチャーと落語を組み合わせた催し、大型LEDスクリーンを使った公演、人工知能(AI)を活用した創作などを展開してきた。観客の7割以上が20代以下となる公演もあるという。

枝之進さんは、若者が落語を日常的に聞かないのは「落語が面白くないからではない」とみる。課題は、落語を知り、興味を持ち、誰とどこで見るかという「導入設計」にあるとの分析だ。若者が普段接する交流サイト(SNS)やライブハウスなどに落語が現れる仕組みをつくれば、古典も届くと考える。実際、クラブで寄席と同じ演目を披露した際には、通常の寄席とは異なる箇所でも笑いが起き、新たな反応を得た。

落語を伝える場所を広げる狙いには、メディア環境の変化もある。枝之進さんは、テレビではカメラの切り替えによって速度感を生む一方、一人で複数の登場人物を演じ分ける落語は、演者自身が視線と声で場面を切り替えると説明する。動画やSNS、ライブなど接点が多様になる中、それぞれに適した見せ方で落語を届けることが、自らの世代の役割だと捉えている。

企業との協業にも取り組む。2024年にはスターバックスコーヒージャパンと連携し、コーヒーを題材にした新作落語「喫茶みどり」を制作した。従業員やコーヒーの専門家と半年間対話し、東京都内の店舗で公演した。物語を伝えながら観客と直接やり取りできる落語を、企業と顧客を結ぶメディアとして生かした事例である。2025年には「Forbes JAPAN 30 UNDER 30」に選ばれた。

枝之進さんは、扇子と手拭いを使い、一人の語りから観客が情景を想像する落語の性質を「箱庭の交換」と表現する。舞台装置で一つの景色を示すのではなく、演者の頭にある景色を言葉で渡し、観客がそれぞれの頭の中に異なる景色をつくる。情報があふれる時代だからこそ、余白のある伝達方法に価値があるとみる。

地域と外の若者をつなぐ

「日本には教科書に載らない民俗、風土、歴史が数多くある。地方を訪ね、少数の人々が伝えてきた歴史をたどると、知らなかった文化が見えてくる。それを落語で伝えたい」。枝之進さんは、東京などの同世代にも上越へ足を運ぶよう呼び掛ける考えだ。地域で文化を守る人々と、外から訪れる若者が出会う場になれば、新作落語の波及効果は高座の外にも広がる。

瞽女文化を資料館の中に保存するだけでなく、笑いと想像力を介して現代の観客へ手渡す。上越市で始まった試みは、地域文化の継承と新たな交流を同時に生み出せるか。11月の初演が、その答えを示す最初の高座となる。

2025年、Forbes JAPANが選ぶ「世界を変える30歳未満の30人」に選出された桂枝之進さん

 

桂枝之進プロフィール

2001年6月20日生まれ。2017年1月 六代文枝一門三代目桂枝三郎に入門。2017年12月 天満天神繁昌亭「枝三郎六百席」にて初舞台。全国の落語会やイベント、メディア等で活動するほか、2020年、落語のミクスチャーを実践するコレクティブ「Z落語」を立ち上げ、LEDスクリーンを使った落語のビジュアライズ公演や、落語とテクノのリズム・ユニットなど、他ジャンルのクリエイターと越境的に活動を展開。現代語/現代設定の新作落語を数多く手掛け、2024年にはスターバックスジャパンとコラボしたコーヒーを扱う新作落語の公演を制作・出演するなど、若い世代へ向けた落語の企画を積極的に発表している。2025年、Forbes JAPANが選ぶ「世界を変える30歳未満の30人」に選出。

 

(取材・文 梅川康輝)

 

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