大学内に「リアルな救急現場」再現、学生の判断力磨く 新潟薬科大学が没入体験型演習室を新設

新潟薬科大学の没入体験型実践教育演習室(IEL Room)
とある交通事故現場。車3台とバイク1台が衝突し、傍らには負傷者や警察官。車からはうっすらと煙が上がっている……。場所は新潟薬科大学(新潟市秋葉区)の室内。もちろん、キャンパス内で事故が起きたわけではなく、正面・左右・床の計4面スクリーンに映し出された模擬映像である。
新潟薬科大学はこのほど、救急救命士の育成を目的に没入体験型実践教育演習室(IEL Room)を整備した。事故や災害の現場では、負傷者の救命だけではなく周囲の危険を予測する必要がある。そうした「周りを見る力」を体験に近い形で身につけることを目指した設備だ。
IEL Roomは単に映像が流れているだけではない。例えば先ほどの事故現場、煙に気づかず避難が遅れると車が炎上するなど、学生たちの動きに合わせて展開を変えることができる。こうした演習システムを大学が取り入れるのは、国内では初めての事例だという。

新潟薬科大学の上尾善隆教授
2021年10月、救急救命士法が一部改正され、医師の具体的指示の元で救急救命士が病院内でできる処置の範囲が拡大された。救急救命士の活動の場は救急隊に加え、病院や災害現場などへ広がっている。
こうした中、新潟薬科大学は2027年4月、「新潟科学大学」に名称変更すると同時に「救急救命学科」を新設する。同大学を運営する学校法人新潟科学技術学園は従来、専門学校で救急救命士を育成していたが、医療の高度化や前述の理由などから、大学での4年制教育に移行することを決めた。そして、学生の対応力・実践力を育むために導入するのがIEL Roomだ。
授業では、IEL Roomで救命の演習を行う。教員が手元のタブレット端末を使い、学生の行動に応じて現場の状況を刻々と変化させていく。先ほどの交通事故の場面では、初めは車から僅かに煙が上がるだけだが、学生がその変化を見落とし、負傷者への処置を続けていると、やがて小さな炎が現れる。それでも避難しなければ、最後には車全体が炎に包まれ二次被害へと発展する。処置を続けるのか、現場から離れるのか。学生には、その時々の状況から危険性を判断し、次の行動を選ぶことが求められる。
新潟薬科大学の上尾善隆教授によると、従来の演習では実習室に傷病者役の人形を置き、教員が「近くに車が止まっている」「煙が出始めた」と口頭で状況を説明する形だった。しかし、実際の現場では自ら周囲を見渡し、五感で得た情報を基に判断しなければならない。IEL Roomは、視覚と聴覚を使って現場を把握する訓練を、大学内で繰り返し行えるようにした。

実際の現場の状況は多種多様で、いつ何が起こるかも分からない。上尾教授は「授業への導入までに100通りはシチュエーションを用意したい」と話す(画像は車が電柱に衝突したシチュエーション。垂れ下がった電線と水たまりからの感電の危険を見抜く必要がある)

IEL Roomは壁面へのタッチでも操作が可能。病院内でのシチュエーションでは、学生がX線検査やCT検査、採血などを選択すると検査画像などが表示される仕組みだ
用意されている状況は交通事故だけではない。地震被災地や、雪山での救命活動など再現できるシチュエーションは様々で、余震やクマの出現といったシナリオも多様だ。また、病院救命士の仕事を想定した病院内のシチュエーションも用意。普段の業務から、患者の容体が急変する緊迫した状況まで体験できる。
授業への本格的な導入は2年生からを想定する。他学科の学生とも連携し、救急現場から救急車内、病院到着後まで一連の流れを学ぶ構想や、演習の映像を記録して授業で振り返るような使い方も想定される。

新潟薬科大学医療技術学部副学部長の小山諭教授

新潟薬科大学は、演習用に最新型の救急車も保有している
2027年の新設へ向けて準備が進む救急救命学科。医療技術学部副学部長の小山諭教授は「当大学の特徴は、医師の教員が多い点」だと解説する。前述の通り、現代医学の高度化に伴い、救急救命士にもより高度な知識が求められるようになっている。また、高齢化が進んだ現代、怪我や事故よりも疾患や持病の悪化に対応する救急要請が増えているという。こうした中で、深い医学の知見を持つ講師陣の存在は大きな強みだ。
合わせて、同大学が重視するのは救急救命士の人間性だ。「具合が悪くてとても不安な時、本人や家族に一番最初に会うのが救急隊。救急救命士は、不安な状況にいる人に信頼され、どれだけ安心感を与えられるかが重要」と小山教授。IEL Roomに代表される新たな教育環境は知識と技術だけでなく、人命を預かるための判断力と対応力を育てる。そして本物の現場では、それが傷病者への安心感へ繋がっていくだろう。

地震により倒壊した建物を想定したシチュエーション

雪山など、新潟県らしいシチュエーションも用意する
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