新潟県阿賀野市が土橋遺跡(阿賀野市百津地内)の人骨の分析結果を公表


左右に2本の上腕骨()が並んで配置されている。また写真左側には、胸椎が上下に並んでいて、手前には下顎骨の一部と思われる骨も見える(阿賀野市報道資料より)

新潟県阿賀野市は6日、令和元年および2年度の調査で見つかった土橋遺跡(阿賀野市百津地内)の人骨について、新潟医療福祉大学の奈良貴史教授が分析した結果、焼けた人骨を1か所に集めていた可能性があるなどがわかったと発表した。

CTスキャンによる内部透視を行ったところ、上腕骨などの長骨を意図的に四角形に並べていた可能性があるという。

土橋遺跡の人骨について、昨年村上市上野遺跡で発見された国内最古の焼けた人骨と同時期のものであり、ほぼ原形のまま発見された。

また土橋遺跡は、一般県道新関水原停車場線道路改良工事に伴って見つかり、阿賀野市教育委員会が令和元年8月から令和2年3月、令和2年4月から9月にかけて調査した。

その結果、縄文時代後期前半(約4,000年前)の集落を発見するととともに、「マツリ・生活の場」、「モノ送りの場」、「葬送の場」など集落内での場の違いが明確な遺跡であることがわかった。

出土遺物は、1,600箱(保存34×34×54×15センチメートル)にのぼり、大量の土器・土製品、石器・石製品のほか、焼人骨、アスファルト、新潟県内で最大(8.5センチメートル)のハート形土偶の頭部が出土した。



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