【特集】竹山病院助産師、山並千恵さん「国内屈指の環境で学び、命の誕生を全力サポート」新潟青陵大学卒業生を追う
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初回掲載:2024年11月23日(再掲載:12月8日)
奇跡の連続ともいわれる「出産」。命懸けで挑むお母さんと赤ちゃんにとって、助産師は安全なお産へとサポートするキーパーソンであり、命を預かる確かな知識と技術が求められるプロフェッショナルだ。
約140年もの歴史を誇る竹山病院(新潟市中央区)の産婦人科で働くキャリア4年目の助産師・山並千恵さんは、新潟青陵大学(以下青陵大学)(新潟市中央区)看護学部で学んでいた学生時代に、実習で経験した同院のケアに感銘を受け、理想の助産婦像を描けたそう。
担当教員曰く「物静かだけどうちに秘めた情熱がすごい」と評される山並さん。新潟で育まれる命を支える若きプロフェッショナルの情熱とはーーー。
全国屈指の環境で助産を学び、感銘を受けた由緒ある病院へ
明治18年に開業した竹山病院は、産婦人科・内科・小児科・終末期医療からなる病院で、約140年にわたり新潟市内はもとより、広く新潟県内から訪れる妊産婦をケアし、赤ちゃんの誕生を支えてきた。
3代目院長は、世界で初めて排卵日を予測する方法「オギノ式」を提唱した荻野久作氏であり、その曾孫に当たる現在の竹山智院長は14代目になる。
この竹山病院に実習で訪れ、「ここに勤めたい!」と強く心を打たれたのが、当時大学生だった山並さん。命の誕生に携われる素晴らしい仕事として、高校時代に助産師に関心を持った彼女が進学先として選んだ青陵大学の看護学部看護学科は、豊富な実習のカリキュラムが大きな特徴の一つだった。2000年の大学開学時より開設されている同学科では、看護師の学びを基本とし、看護師の道を極めるプロフェッショナル、保健師、養護教諭、助産師の中から入学後にコース選択をすることができる。
助産師の枠は15枠あるが、これは県下ナンバーワンの数であり、全国的にもトップクラスであるため、県外からの進学希望者も多い。「人数が多い分、話し合いやグループワークも活発で、『あそこのチームが頑張っているから私たちも頑張ろう』と切磋琢磨し合っていました」と、山並さんは当時を振り返る。
竹山病院の実習では、助産師が活躍する現場を目の当たりにし、「大学で基礎をしっかり学べていたので、実習という実践的な場でも妊産婦さんにも説明をしやすかったです。竹山病院はとてもアットホームな雰囲気で、妊産婦さんがスタッフに気さくに相談する様子を見て、私もそんな『関わりやすい助産師』になりたいと思うようになりました」(山並さん)
就活を始めた時点では竹山病院からの求人はなく、諦めかけたこともあったが、募集が始まったことを大学の就活担当者から知らされてエントリーし、2021年春、山並さんは無事に竹山病院産婦人科の一員となった。
命の誕生に関わる緊張、喜び、そして成長も
助産師と一言でいっても、その業務内容は幅広い。分娩以外にも、産後のケアや産前のマタニティスクールなど、経験年数によって任されることは増えていく。「最近はオペ室に入って帝王切開の介助もしています。4年目ですが慣れるどころか新しく学ぶことが多く、命を預かる緊張感は変わりません」(山並さん)
日頃から山並さんの仕事ぶりを見ている同院の傳田亜紀看護部長は、「山並さんは言葉も表情もとても穏やかで、患者さんとのコミュニケーションが丁寧。職員同士のコミュニケーションも密に取れていて、予測して仕事ができる助産師です」と評価する。
実際、山並さん自身も就職後に一番成長したと思うことに、コミュニケーション力を挙げる。妊産婦への現状報告や見通しの説明が上手くなった実感があり、「説明してもらって安心できました」と言われることもあるそう。「最近嬉しいことがあって、お産を担当した方から『初めてのお産は想像していたよりも楽しいもので、ここでお産ができてよかったです』というお手紙をいただいたんです」と、心温まるエピソードに思わずこちらも顔がほころぶ。
妊産婦の出産に関わる仕事以外にも、山並さんには所属している院内の2つの委員会業務もある。医療安全委員会では、AED勉強会のリーダーとして講師を呼んでの実技練習会を企画し、広報活動の委員会では病院のInstagramやXを使った情報発信をしたりと大車輪の活躍に、病院内からの期待と信頼の高さも伺える。
学びも遊びもフルスイングの大学生活が今につながる
「山並さんは物静かだけど、内にとても情熱的なものを秘めている学生でした。授業の内容を聞き逃さないようにと受講する姿が印象に残っています」と回想するのは、山並さんが大学4年時の担当教員だった小林正子准教授だ。専門領域の指導だけに限らず、就職の面接や国家試験のサポートなども行ってきた。
小林准教授が取材のために用意してくれていたものがある。それが山並さんが4年生の時に書いた、経産婦が抱える不安やストレスをテーマにした看護研究だ。
20年以上助産師教育の現場に携わっている小林准教授の経験では、学生が取り組む看護研究は初産婦に関する研究は多いが、経産婦を対象としているものは少ないそう。山並さん自身、勉強する中で気づいた文献の少なさや、「経産婦は育児経験があるから、初産婦より支援は必要なくてもよいのではないか」という風潮に、これではいけないと思ったことが執筆のきっかけになったそう。ここにも小林准教授の言葉を借りると「山並さんの情熱」が見て取れる。
山並さんは看護師と助産師両方の国家資格取得を目指していたため勉強はハードだったが、助産師コースの仲間と情報を共有したり仲の良い学科の友達と一緒に勉強したりするなどして努力と工夫を重ね、無事両方の試験に合格。山並さんの代は、看護学科全員がそれぞれ希望する看護師・保健師・養護教諭・助産師の資格を取得することができたそう。
授業に実習に国家資格の試験勉強にと、学びで多忙な大学生活だったように見受けられるが、山並さんは勉強以外のことにも手を抜かなかった。看護学科内で仲のいい5人グループで空きコマに海に行ってご飯を食べたり遊んだり、軽音サークルでギターを担当して大学祭やライブハウスに出演もするなど、文字通りキャンパスライフを謳歌した。
「コロナ禍で大変な時期もありましたが、先生方も資格が取れるよう一生懸命カリキュラムを組んでくださって合格することができたし、大学生活自体も楽しめたなと思います。今も友達とは連絡を取り合っています」(山並さん)
妊産婦一人ひとりの状態に寄り添い、信頼される助産師に
実習先の竹山病院で感銘を受けた「相談しやすい、寄り添ってくれる助産師」は、今も変わらない山並さんの目標とする助産師像だが、仕事を通じてその解像度は高まったようだ。
「働く中で、助産師の仕事は本当にお産だけじゃないと気づきました。切迫流産や切迫早産で入院している方や産後ケアの方、授乳で悩んでいる方など、幅広く関わるので、さまざまな理由で来院される方々に寄り添い、専門的な知識や情報を提供できる助産師を目指しています」とのこと。さらに乳房マッサージや産後ケアなど、出産以外の分野の勉強も深めていきたいと言葉に、あくなき意欲が感じられる。
今では新潟青陵大学からの実習生を受け入れる立場になっている山並さん。実習生側だったこともある視点を意識しながら現場ならではのアドバイスを心がけ、助産師志望の学生の相談に乗ったりもしている。その様子を実習指導に行った際に目にした小林准教授は「あんなふうに学生たちに助産ケアを語れるようにまでなるなんて…学生たちも山並さんの凄さを感じて実習から帰ってきます。このままプロとして、後輩が憧れるような活躍をしていってくれたら」と期待を込める。
憧れていた側から、憧れられる側へ。
かつての山並さんがそうだったように、彼女の背中が新潟の未来の助産師たちの希望になっている。
(文・撮影 丸山智子)
【学校情報】
学校法人 新潟青陵学園 新潟青陵大学・新潟青陵大学短期大学部
新潟市中央区水道町1丁目5939番地
新潟青陵大学は2000年に開学し、新潟県初の看護、福祉、心理系の大学として1学部2学科を開設した。現在は看護学部看護学科と福祉心理子ども学部社会福祉学科・臨床心理学科・子ども発達学科の2学部4学科で構成されている。
【企業情報】
医療法人竹山病院
新潟市中央区上大川前通6番町1183番地
TEL 025-228-7171
ホームページ:http://www.takeyama-hsp.com/